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1章 最強の零術使
1話 バケモノ
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――神暦305年、夏。
「下がっていろ。」
一人の戦士と一人の少女は、そこで出会った。
戦場にはかつて少女であった私と、その戦士様の二人きり。
辺りには戦いの影響で閑散とした村と人の死体が鬱蒼と広がっている。草は茂り、死人を軽く包み込んでいる様だった。
そこが私の故郷だった。
否、その時にはすでに、跡形もなくバケモノによって壊されてしまったが。
「……あり、がとう、ございます。」
この時、私は目の前の悲惨な光景恐怖と混乱していた。
『零術使』と呼ばれているらしき黒髪の男性は立ったまま軽く私に会釈すると、その灰色の戦闘服の胸ポケットからトランシーバーと思しき通信機を出して連絡を取り始める。
――――連絡先、司令棟
『おい203!そこは421隊の担当だろ?勝手なことは……!』
「死にそうな人間を誰一人として救おうとしない無能でありながら、何が作戦だと思いますがね。」
『ちっ、貴様!このバケモノめ!帰ったら十分な処分を用意するからな。おい、聞いてい……』
プツリ、とトランシーバーが切れる音がした。
「すまない、嬢ちゃん。お前はあっちの方向に思いっきり走り抜けろ。ここは俺がなんとかする。」
「私、見たんです……その……青い燃えたような目をした怪物が……」
そう、私は確かに見たのだ。
あのミイラのような得体の知れぬ“生き物”が歩む姿を。
あの噂に映した「あの」存在を。
「お前、まさか見たのか……?」
「はい、あれって一体……」
――シャァァァァァァァァ!キュルルルルルルルルルルルル!
突如背後から叫び声を感じた。
その声は、普通の人には聞こえないという。今後ろで唸ったあの「謎のバケモノの声」が。
「零式剣、アクティベート。」
戦士の男の人は狙われそうだった私を後ろへ突き飛ばすと、黒いマントを向かい風に吹かせ、ゆっくりと鞘から剣を抜く。
彼は風を蹴り飛ばす勢いで突進し、微かに剣を動かす。
時が止まったかのように怪物が動きを止め、次の瞬間、彼は怪物を貫いていた。
血飛沫が一コンマ遅れて唸る怪物の声と共に近くに降り注ぎ、世界が再び動き出すかのごとくとその黒マントを返り血で真紅に染めていた。
彼のその一連の姿はあまりに俊敏で、私の肉眼では到底処理しきれない程だ。
私にとってその戦う姿はなんというか、とても美しく、そして切なく感じられたのだ。
正しくは、私が勝手にそう感じとってしまっただけなのかも知れないが――
「あなたは一体――」
私のささやかな質問をすると、彼はそっと私を振り返る。
その、悲しみとも憎悪とも離れた
――あるいはそれらを超越した表情で
「俺の……ことか?俺のことは……」
彼は何かを言おうとしていた気がした。
もっとも、直前で口を噤んでしまったが。
「203とでも呼んでくれ。またいつか会えるかは分からないが。」
彼は私に、その「203」という名前だけを教えてくれた。
コードネームのような、その言葉だけを。
私がその時のことについて思い出せるのはこれだけ。これ以上でもこれ以下でもない。ただ今でも――
もう一度あの人に会うことができたら――
◇◇◇◇◇◇◇◇
――神暦318年
私は、20歳になった。そしてこの歳で対策軍事大学院に入学したのである。
この国では幼稚園、国学校、そして大学院と上がって行くのだが、対策軍事大学院という学校はどうやら、バケモノの姿が見える人達だけしか入ることの許されないところらしい。
「水無月詩音さん。ようこそ!対策軍事大学院へ。」
「ありがとうございます!大学院の一員として、微力ながら、私も黄泉使から人類を守る力になれたらと思います。」
白髪の還暦くらいに見える執事は私を快く迎えてくれた。ここが前線の対策基地なのか。
なんというか、思っていたより、派手だ。まるで新築のオフィスの中にいるみたいなのに、ここで人類存続の戦いを指揮する重要な人物が揃っているとは。
入ってすぐのところには吹き抜けの天井があり、30階建てくらいに見えるその巨大な建物に圧倒されてしまいそうだ。
見渡すと、そこには若い司令官から老いた司令官までが沢山いた。
「おや、君が噂のミナヅキちゃんかい?かわいいね~。よ・ろ・し・くゥ~。」
――噂?なんのことだろう。
オフィスの玄関口から司令室へ向かおうとした時、突然声をかけられた。
振り返ってみるとなんとまぁ金髪のチャラそうな男だ。入ってきてすぐにナンパとか……あまり関わりを持つのは得策じゃないだろう。
「バカ、変に絡むんじゃないわよ。ほら、困ってるでしょ?」
銀髪の可愛らしい女性だ。彼女はセーラー服姿だが、服の第一ボタンには十字架が刻まれている。これは、司令官の葬儀屋たる証だ。
「ごめんね!このバカが迷惑かけちゃって。」
チャラ男はニヤニヤしながら頭を掻いていたが、彼も見たところ私と同じくらいの歳に見える。
今年は私含めた新人の司令官志望者が例年に比べて多くいるという。ちなみに私はその中でも特待で合格を勝ち取った為、第一ボタンの十字架は銀色ではなく金色になっている。
「あ、そういえば君も新入生だよね?」
「えっと、うん。」
「あたしの名前は椎奈三葉(シイナミツハ)、んでこっちのバカが入路太名(イリジタナ)あなたは?」
「こっちのバカは酷いだろう」
――まさかここで友達が作れる?!
控えでいつも友達がいない私についに友達ができるなんて……!
新入生になって早々に友達ができるチャンス!(このチャラ男に絡まれるのはちょっと御免だけど)
「えっと!私は水無月詩音。三葉ちゃんにタナくんよ、よろしく!」
「りょーかい!シ・オ・ンちゃ~ん!」
――うわぁ……
「アゥァァァ!?」
友達ができる嬉しさに少し気持ちが昂ってところどころ噛んでしまった私にニヤニヤしながら挨拶してきたチャラ男、タナは三葉に思いっきり頭チョップを喰らう。
――ミツハさんナイス!
それから、私達は新年開会の儀が始まるまで、しばらく食堂で時間を潰すことにした。
――――――――
――食堂
「親子丼、卵多めで!」
「じゃあ私はオムライス!」
「えっと、うどん普通サイズで!」
食堂もまた立派なものだ。
天井は一、二、三階合わせたくらいの高さだし、メニューは豪華。テーブル数も普通のレストラン2、3個分はあるだろう。
「すげえよなぁ、ここ。」
「綺麗!」
「あそこの窓際の席にしましょ!」
私達は今日は一気に新入生が増えることもあって空いている席も限られていたので、窓際の席を急いで取った。
「えっと、そういえばわ、私に関する噂って……」
「詩音ちゃんって特待なんでしょ……?例の、全種9割越えっていう!」
そのことか!確かに私は特待生として選ばれた。でも新入生代表に選ばれなかったってことは、もっと上がいるということだ。
「えへへ……よ、よく知ってるね。」
「うわ、やっぱり!お前っ、特待ってことは勝ち組ルートじゃん!今のうちにコネ作っといて正解だな、なっ!ミツハ!って痛ぇ」
無言のチョップのツッコミ。初めて会ってからこれで12回目だ。
「そういえば、三葉さんと太名さんってどういう関係なんですか?」
「俺のカノ……ブッ」
「なわけないでしょバカ。」
私が見た感じでは友達というより仲のいいカップルにしか見えないけれども。
「腐れ縁なんだよ。あたし達は捨てられた子供達の住む孤児院出身でね、私の親はどっちも零術使だったから親とは会えなくて。でもね、きっとこの仕事に就けば、いつか会えるんじゃないかって。」
「俺は物心ついた時には親が死んでた。それも行方不明だとよ。死体が発見されなくてきっともう生きちゃいないだろうって。だから俺は孤児院に居たけど、親とか覚えちゃいねぇから寂しくもなかったんだ。でもここの仕事すりゃ見つかるかもしれねぇってな。」
「そう、そしてそこであたし達は出会った。」
とても重たい話だった。
孤児院。この世界では昔と違い、幼稚園などの教育機関などはもう殆ど存在せず、孤児院で過ごした子供が9割を超えるという。
そこで親を探し求めるタナとミツハ。
二人ともそんなはっきりした目的を持っているのに対して私は……
「ごめん、なんか重い話題振っちゃった…」
「気にしないの!今は詩音と仲良くなれたらそれで十分よ!」
「それで、詩音はどうして軍師学校に?」
「それは……」
「ちょっとタナ!話題戻すつもりなの?」
「俺らは話したんだ。お互いを知っておくためには必要だろ。」
「空気読んで!」
私が少し顔色を悪くしたのを察して、ミツハはタナを責めていた。
ごめん、別に話すことは嫌じゃないんだ。
むしろ私にとっては忘れられない大切な思い出だから。
「私は元々、少し裕福な家の生まれだった。でも私が4歳の時、ヨミツカイの大規模な襲撃があった時、私はある零術使さんに出会ったの。」
「通称神暦305年の悲劇って言われてたあれか。」
「あたし覚えてないかも。」
「孤児院でおばばが言ってたんだ。」
「そうだったっけ」
「ああ、305年、元サファンギナ帝国にずっと止まっていたヨミツカイが100年ぶりに前進した時、その数は今までで最多だったってよ。奴らはそのまま何方向かに散らばって、俺たちの住む関東前線以西の国が滅んだって。ヨミツカイに知能があるんじゃねぇかって疑われた事態にまでなってたって話だぜ。」
あの年、私達人類は家族も普通の未来も希望も全て失った。いや、崩壊はもう神暦元年、ヨミツカイ誕生の年に全て始まったのだ。
人類は生きる気力を失った。ヨミツカイ発生からすぐに現れた謎の組織、葬儀屋に世界の全て管理されるまで。
「君たち、新入生君達かい?」
私達が昔話を語りながら食事を終えようとした頃、曇ったメガネをかけた先輩らしき人が声をかけてきた。
「えっと、そうです。」
「僕の名前は作倉翔(サクラショウ)通称……」
「メガネって呼ばれてるんじゃないすか?!」
(おい太名のバカ!)
「正解だ。そう呼んでくれて構わない」
(そうなんだ。ってかいいのかい!)
絶対優しいタイプの先輩だ。食堂にいると友達とか話しやすい先輩とかに会える可能性が高くなるのかも!
「先輩は何用でしょうか?」
「みんな赤良ラナさんには会ったかい?」
「赤良ラナさん……?誰?」
タナが首を傾げてミツハの方を振り向く。
「あたしが知るはずないでしょ?」
「そうだろうさ。彼女はこの大学の零術技術部門の教授なんだ。」
零術技術部……でも何故その人に会っておく必要があるのだろう。
「もし、零術使に会いたいという時、それから零術について知りたいって時は、彼女に頼るといい。」
零術使に……会える……?
ということは……
――――――
「これからはこの村に決して近づくな。」
「はい……」
「じゃあな。」
「えっと……あなたの名前は……?」
「………………203。そう呼ぶといい。」
――――――
「203…………」
私は13年前の会話の一部をチラリと思い出して、つい口に出してしまった。メガネ先輩はそんな私の言葉を聞いて顔を青ざめると、急に私をじっと見つめた。
「君、まさかとは思うが、あのバケモノと関係があるのか……?」
その瞬間、空気は凍りついた。
「下がっていろ。」
一人の戦士と一人の少女は、そこで出会った。
戦場にはかつて少女であった私と、その戦士様の二人きり。
辺りには戦いの影響で閑散とした村と人の死体が鬱蒼と広がっている。草は茂り、死人を軽く包み込んでいる様だった。
そこが私の故郷だった。
否、その時にはすでに、跡形もなくバケモノによって壊されてしまったが。
「……あり、がとう、ございます。」
この時、私は目の前の悲惨な光景恐怖と混乱していた。
『零術使』と呼ばれているらしき黒髪の男性は立ったまま軽く私に会釈すると、その灰色の戦闘服の胸ポケットからトランシーバーと思しき通信機を出して連絡を取り始める。
――――連絡先、司令棟
『おい203!そこは421隊の担当だろ?勝手なことは……!』
「死にそうな人間を誰一人として救おうとしない無能でありながら、何が作戦だと思いますがね。」
『ちっ、貴様!このバケモノめ!帰ったら十分な処分を用意するからな。おい、聞いてい……』
プツリ、とトランシーバーが切れる音がした。
「すまない、嬢ちゃん。お前はあっちの方向に思いっきり走り抜けろ。ここは俺がなんとかする。」
「私、見たんです……その……青い燃えたような目をした怪物が……」
そう、私は確かに見たのだ。
あのミイラのような得体の知れぬ“生き物”が歩む姿を。
あの噂に映した「あの」存在を。
「お前、まさか見たのか……?」
「はい、あれって一体……」
――シャァァァァァァァァ!キュルルルルルルルルルルルル!
突如背後から叫び声を感じた。
その声は、普通の人には聞こえないという。今後ろで唸ったあの「謎のバケモノの声」が。
「零式剣、アクティベート。」
戦士の男の人は狙われそうだった私を後ろへ突き飛ばすと、黒いマントを向かい風に吹かせ、ゆっくりと鞘から剣を抜く。
彼は風を蹴り飛ばす勢いで突進し、微かに剣を動かす。
時が止まったかのように怪物が動きを止め、次の瞬間、彼は怪物を貫いていた。
血飛沫が一コンマ遅れて唸る怪物の声と共に近くに降り注ぎ、世界が再び動き出すかのごとくとその黒マントを返り血で真紅に染めていた。
彼のその一連の姿はあまりに俊敏で、私の肉眼では到底処理しきれない程だ。
私にとってその戦う姿はなんというか、とても美しく、そして切なく感じられたのだ。
正しくは、私が勝手にそう感じとってしまっただけなのかも知れないが――
「あなたは一体――」
私のささやかな質問をすると、彼はそっと私を振り返る。
その、悲しみとも憎悪とも離れた
――あるいはそれらを超越した表情で
「俺の……ことか?俺のことは……」
彼は何かを言おうとしていた気がした。
もっとも、直前で口を噤んでしまったが。
「203とでも呼んでくれ。またいつか会えるかは分からないが。」
彼は私に、その「203」という名前だけを教えてくれた。
コードネームのような、その言葉だけを。
私がその時のことについて思い出せるのはこれだけ。これ以上でもこれ以下でもない。ただ今でも――
もう一度あの人に会うことができたら――
◇◇◇◇◇◇◇◇
――神暦318年
私は、20歳になった。そしてこの歳で対策軍事大学院に入学したのである。
この国では幼稚園、国学校、そして大学院と上がって行くのだが、対策軍事大学院という学校はどうやら、バケモノの姿が見える人達だけしか入ることの許されないところらしい。
「水無月詩音さん。ようこそ!対策軍事大学院へ。」
「ありがとうございます!大学院の一員として、微力ながら、私も黄泉使から人類を守る力になれたらと思います。」
白髪の還暦くらいに見える執事は私を快く迎えてくれた。ここが前線の対策基地なのか。
なんというか、思っていたより、派手だ。まるで新築のオフィスの中にいるみたいなのに、ここで人類存続の戦いを指揮する重要な人物が揃っているとは。
入ってすぐのところには吹き抜けの天井があり、30階建てくらいに見えるその巨大な建物に圧倒されてしまいそうだ。
見渡すと、そこには若い司令官から老いた司令官までが沢山いた。
「おや、君が噂のミナヅキちゃんかい?かわいいね~。よ・ろ・し・くゥ~。」
――噂?なんのことだろう。
オフィスの玄関口から司令室へ向かおうとした時、突然声をかけられた。
振り返ってみるとなんとまぁ金髪のチャラそうな男だ。入ってきてすぐにナンパとか……あまり関わりを持つのは得策じゃないだろう。
「バカ、変に絡むんじゃないわよ。ほら、困ってるでしょ?」
銀髪の可愛らしい女性だ。彼女はセーラー服姿だが、服の第一ボタンには十字架が刻まれている。これは、司令官の葬儀屋たる証だ。
「ごめんね!このバカが迷惑かけちゃって。」
チャラ男はニヤニヤしながら頭を掻いていたが、彼も見たところ私と同じくらいの歳に見える。
今年は私含めた新人の司令官志望者が例年に比べて多くいるという。ちなみに私はその中でも特待で合格を勝ち取った為、第一ボタンの十字架は銀色ではなく金色になっている。
「あ、そういえば君も新入生だよね?」
「えっと、うん。」
「あたしの名前は椎奈三葉(シイナミツハ)、んでこっちのバカが入路太名(イリジタナ)あなたは?」
「こっちのバカは酷いだろう」
――まさかここで友達が作れる?!
控えでいつも友達がいない私についに友達ができるなんて……!
新入生になって早々に友達ができるチャンス!(このチャラ男に絡まれるのはちょっと御免だけど)
「えっと!私は水無月詩音。三葉ちゃんにタナくんよ、よろしく!」
「りょーかい!シ・オ・ンちゃ~ん!」
――うわぁ……
「アゥァァァ!?」
友達ができる嬉しさに少し気持ちが昂ってところどころ噛んでしまった私にニヤニヤしながら挨拶してきたチャラ男、タナは三葉に思いっきり頭チョップを喰らう。
――ミツハさんナイス!
それから、私達は新年開会の儀が始まるまで、しばらく食堂で時間を潰すことにした。
――――――――
――食堂
「親子丼、卵多めで!」
「じゃあ私はオムライス!」
「えっと、うどん普通サイズで!」
食堂もまた立派なものだ。
天井は一、二、三階合わせたくらいの高さだし、メニューは豪華。テーブル数も普通のレストラン2、3個分はあるだろう。
「すげえよなぁ、ここ。」
「綺麗!」
「あそこの窓際の席にしましょ!」
私達は今日は一気に新入生が増えることもあって空いている席も限られていたので、窓際の席を急いで取った。
「えっと、そういえばわ、私に関する噂って……」
「詩音ちゃんって特待なんでしょ……?例の、全種9割越えっていう!」
そのことか!確かに私は特待生として選ばれた。でも新入生代表に選ばれなかったってことは、もっと上がいるということだ。
「えへへ……よ、よく知ってるね。」
「うわ、やっぱり!お前っ、特待ってことは勝ち組ルートじゃん!今のうちにコネ作っといて正解だな、なっ!ミツハ!って痛ぇ」
無言のチョップのツッコミ。初めて会ってからこれで12回目だ。
「そういえば、三葉さんと太名さんってどういう関係なんですか?」
「俺のカノ……ブッ」
「なわけないでしょバカ。」
私が見た感じでは友達というより仲のいいカップルにしか見えないけれども。
「腐れ縁なんだよ。あたし達は捨てられた子供達の住む孤児院出身でね、私の親はどっちも零術使だったから親とは会えなくて。でもね、きっとこの仕事に就けば、いつか会えるんじゃないかって。」
「俺は物心ついた時には親が死んでた。それも行方不明だとよ。死体が発見されなくてきっともう生きちゃいないだろうって。だから俺は孤児院に居たけど、親とか覚えちゃいねぇから寂しくもなかったんだ。でもここの仕事すりゃ見つかるかもしれねぇってな。」
「そう、そしてそこであたし達は出会った。」
とても重たい話だった。
孤児院。この世界では昔と違い、幼稚園などの教育機関などはもう殆ど存在せず、孤児院で過ごした子供が9割を超えるという。
そこで親を探し求めるタナとミツハ。
二人ともそんなはっきりした目的を持っているのに対して私は……
「ごめん、なんか重い話題振っちゃった…」
「気にしないの!今は詩音と仲良くなれたらそれで十分よ!」
「それで、詩音はどうして軍師学校に?」
「それは……」
「ちょっとタナ!話題戻すつもりなの?」
「俺らは話したんだ。お互いを知っておくためには必要だろ。」
「空気読んで!」
私が少し顔色を悪くしたのを察して、ミツハはタナを責めていた。
ごめん、別に話すことは嫌じゃないんだ。
むしろ私にとっては忘れられない大切な思い出だから。
「私は元々、少し裕福な家の生まれだった。でも私が4歳の時、ヨミツカイの大規模な襲撃があった時、私はある零術使さんに出会ったの。」
「通称神暦305年の悲劇って言われてたあれか。」
「あたし覚えてないかも。」
「孤児院でおばばが言ってたんだ。」
「そうだったっけ」
「ああ、305年、元サファンギナ帝国にずっと止まっていたヨミツカイが100年ぶりに前進した時、その数は今までで最多だったってよ。奴らはそのまま何方向かに散らばって、俺たちの住む関東前線以西の国が滅んだって。ヨミツカイに知能があるんじゃねぇかって疑われた事態にまでなってたって話だぜ。」
あの年、私達人類は家族も普通の未来も希望も全て失った。いや、崩壊はもう神暦元年、ヨミツカイ誕生の年に全て始まったのだ。
人類は生きる気力を失った。ヨミツカイ発生からすぐに現れた謎の組織、葬儀屋に世界の全て管理されるまで。
「君たち、新入生君達かい?」
私達が昔話を語りながら食事を終えようとした頃、曇ったメガネをかけた先輩らしき人が声をかけてきた。
「えっと、そうです。」
「僕の名前は作倉翔(サクラショウ)通称……」
「メガネって呼ばれてるんじゃないすか?!」
(おい太名のバカ!)
「正解だ。そう呼んでくれて構わない」
(そうなんだ。ってかいいのかい!)
絶対優しいタイプの先輩だ。食堂にいると友達とか話しやすい先輩とかに会える可能性が高くなるのかも!
「先輩は何用でしょうか?」
「みんな赤良ラナさんには会ったかい?」
「赤良ラナさん……?誰?」
タナが首を傾げてミツハの方を振り向く。
「あたしが知るはずないでしょ?」
「そうだろうさ。彼女はこの大学の零術技術部門の教授なんだ。」
零術技術部……でも何故その人に会っておく必要があるのだろう。
「もし、零術使に会いたいという時、それから零術について知りたいって時は、彼女に頼るといい。」
零術使に……会える……?
ということは……
――――――
「これからはこの村に決して近づくな。」
「はい……」
「じゃあな。」
「えっと……あなたの名前は……?」
「………………203。そう呼ぶといい。」
――――――
「203…………」
私は13年前の会話の一部をチラリと思い出して、つい口に出してしまった。メガネ先輩はそんな私の言葉を聞いて顔を青ざめると、急に私をじっと見つめた。
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