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第三章
記憶
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「おはようカレ……あら、もう変わってたのね」
「……」
母親を無視してリビングに向かった。
『もう変わっていた』という発言の意味を考えながら。
「おはよう姉ちゃん。今日は早いな」
「早い……。そうなのか」
いつもの私の基準というものが分からない。それ故、どう応えるべきかも分からなかった。
「ああ、変わったのか」
そう言うと、弟(?)は母親が居る場所に駆けていった。
「……?」
❋ ❋ ❋
「なんか、最近あっちの期間が長い気がするんだけど」
大樹が私に耳打ちしてきた。慎むつもりはあるようだ。
「そうね。普通の性格だったの、三日くらいだったし」
私も不安だった。
殺人をするまでの期間自体は大して以前と変化はないのだが、またいつ暴走するか判らないというのは恐ろしい。
今までも暴走しだすタイミングは判らなかったのだが、今回は特殊なケースだ。
「何かの前ぶれかしら。ほら、前もこんな事があったでしょ?」
大樹は唇を震わせた。
「え、それって……。姉ちゃんが人を殺し始めた時じゃあ」
「……」
あえて何も言わなかった。沈黙というのは、時に言葉よりも全てを悟らせる。
「これ以上、姉ちゃんが何をするっていうんだ!? ただでさえ、人を殺し始めてから、怖くてたまらないのに……」
姉を恐れ涙を流しそうになっている息子に、なんと声を掛けたら良いか分からない。
だから、そっと頭を撫でた。
(頭を撫でるだけでも解るくらい怯えてる……。仕方の無いことだけど、ただ耐えているだけでも辛い)
だからといって、カレンをどうにやしてやろう。という気にはなれない。
(一番苦しんでいるのは、きっとカレンだもの……)
もどかしい。
すぐそばで子供が辛い思いをしているのに、母親である私は何もできないなんて。
「どうして姉ちゃんなんだろう……。姉ちゃんが何に選ばれて、あんな風になったんだろう」
「大樹……」
たった一人の兄弟が、頻繁に自分のことを忘れてしまうのだ。
当然、嫌になるだろう。
私だってそうだ。
カレンはたった一人の娘なのだから。
「何してるんだ?」
部屋でテレビを観ているカレンが問いかけてきた。
「えっと、今日大樹が図工の授業で使うペットボトルの話してたのよ。昨日用意するの忘れちゃって」
「そ、そうなんだ」
慌てて声に出した話に、大樹は同調してくれた。
「そうか。まあそれなら良いんだが。ただ、朝食が遅れたら困る」
「ああ、ごめんなさい」
すぐに朝食作りを再開した。といっても、もう盛り付けるだけで終了だが。
(『遅れたら困る』ってことは、学校に行こうとしてるのね)
交渉すらしようとせずに登校するつもりなのだろう。いやまあ、普通の家庭ではそうであるのだが。
(ただ、駄目駄目言って変に怒らせたら、どうなるか解らないのも事実。なら、大人しく行かせるしかないのね)
✔ ✔ ✔
学校内は平和だ。
多くの生徒達で賑わい、各々が自由に休み時間を楽しんでいる。
私は教室内の全員の、顔も名前も知らない。
だが、それでも知ったように振る舞う。それが、普通の生徒だからだ。
「うわっ! ……クッソ~」
「へへーんっ。 じゃあ、次はお前が鬼な!」
「三十秒で捕まえてやるよぉ」
「やれるモンならやってみなっ」
「うおぉぉぉおお!」
数名の男子が教室内で鬼ごっこをしている。
机や椅子があって危険なだけでなく、人も大勢居るというのに。
というか何故先生は止めない?
(幸いこっちには来てないから良いがな……)
私はというと、教室の片隅で読書にふけっていた。
友達もいない(いても分からない)し、他にやる事がないのだ。
「ギャッ!! 危ないっ」
「え」
席に座っていた私を、逃げるのに必死な男子が押してきた。
走ってきたのもあって体重がモロにかかり、私は椅子から転げ落ちた。
「痛ぇ……。あ、巡谷。ごめんな」
「……」
自分から凄い勢いでぶつかってきておいて謝罪がそれか? という苛立ちからなのか。
(殺したい殺したい殺したい!)
私は殺人衝動に駆られた。
「?? 聞いてるか、巡谷」
暗い表情をして俯く私を不審に思ったようで、その男子は顔を覗き込んできた。
そんな彼の顔を認めると、ゆっくりと私は腕を伸ばす。
──彼の首に向かって。
「え? な、何だよ巡谷。もしかしてお前……」
私の腕が近づくにつれ、男子の頬が赤く染まっていく。
なんだ? 変態か?
「俺の事、好きなのか?」
は?
……ああ、そういう事か。
私が、彼のことを抱きしめようとしていると勘違いしていたみたいだ。
「違う。戯けが」
「えっ……あ!」
私の手が彼の首を包み込んだ時にようやく、殺そうとしている事に気付いたようだ。
「死ね──」
手に力を込めようとした瞬間、聞こえてきた。
『ダメっ!!』
その声に思わず手を離した。
「……何だよ、お前」
男子は私と目を合わせずに囁いた。
殺しにかかってきた相手が急にそれをやめたのだ。仕方ない。
──ただ、私にも分からない。自分が何なのか、なんて。
「ちょ! 巡谷さん!? 何してるの! ……大丈夫? 酒井君」
今まで見て見ぬフリしてきた先生だが、生徒があまりにも騒ぐのでやってきたようだ。
「はい。……特に何も、されてないので」
男子は首を押さえながら先生に答えた。
「そう? なら良いけど……。巡谷さん、お願いだから他の子に手を──」
先生が前方に視線を向けるも、私はもうその場に居なかった。
「あら?」
何だったのだ、あの声は。
確かに私ものだった。けれど、口から出たのではない。
ただ心の中で響いていた。
しかし、心の声と言うにも違う気がする。あれは私の考えていることでは無かった。
あの時の私は奴を殺す一心で、手を伸ばしていただけ。その欲求を抑える余裕なんて正直なかった。
──『私』だけど、『私』じゃない。
そんな存在が、この体の中に蠢いているのかもしれない。
(記憶が無いのも、それに関係しているのか……?)
そんな疑問が、頭をもたげた。
(……そういえば、あいつ──酒井はもしかすると、殺さなかった事で私が奴を好きだと思い込んだままになっているかもな。やれやれ)
そうだとすれば、勘違い甚だしい。
「……」
母親を無視してリビングに向かった。
『もう変わっていた』という発言の意味を考えながら。
「おはよう姉ちゃん。今日は早いな」
「早い……。そうなのか」
いつもの私の基準というものが分からない。それ故、どう応えるべきかも分からなかった。
「ああ、変わったのか」
そう言うと、弟(?)は母親が居る場所に駆けていった。
「……?」
❋ ❋ ❋
「なんか、最近あっちの期間が長い気がするんだけど」
大樹が私に耳打ちしてきた。慎むつもりはあるようだ。
「そうね。普通の性格だったの、三日くらいだったし」
私も不安だった。
殺人をするまでの期間自体は大して以前と変化はないのだが、またいつ暴走するか判らないというのは恐ろしい。
今までも暴走しだすタイミングは判らなかったのだが、今回は特殊なケースだ。
「何かの前ぶれかしら。ほら、前もこんな事があったでしょ?」
大樹は唇を震わせた。
「え、それって……。姉ちゃんが人を殺し始めた時じゃあ」
「……」
あえて何も言わなかった。沈黙というのは、時に言葉よりも全てを悟らせる。
「これ以上、姉ちゃんが何をするっていうんだ!? ただでさえ、人を殺し始めてから、怖くてたまらないのに……」
姉を恐れ涙を流しそうになっている息子に、なんと声を掛けたら良いか分からない。
だから、そっと頭を撫でた。
(頭を撫でるだけでも解るくらい怯えてる……。仕方の無いことだけど、ただ耐えているだけでも辛い)
だからといって、カレンをどうにやしてやろう。という気にはなれない。
(一番苦しんでいるのは、きっとカレンだもの……)
もどかしい。
すぐそばで子供が辛い思いをしているのに、母親である私は何もできないなんて。
「どうして姉ちゃんなんだろう……。姉ちゃんが何に選ばれて、あんな風になったんだろう」
「大樹……」
たった一人の兄弟が、頻繁に自分のことを忘れてしまうのだ。
当然、嫌になるだろう。
私だってそうだ。
カレンはたった一人の娘なのだから。
「何してるんだ?」
部屋でテレビを観ているカレンが問いかけてきた。
「えっと、今日大樹が図工の授業で使うペットボトルの話してたのよ。昨日用意するの忘れちゃって」
「そ、そうなんだ」
慌てて声に出した話に、大樹は同調してくれた。
「そうか。まあそれなら良いんだが。ただ、朝食が遅れたら困る」
「ああ、ごめんなさい」
すぐに朝食作りを再開した。といっても、もう盛り付けるだけで終了だが。
(『遅れたら困る』ってことは、学校に行こうとしてるのね)
交渉すらしようとせずに登校するつもりなのだろう。いやまあ、普通の家庭ではそうであるのだが。
(ただ、駄目駄目言って変に怒らせたら、どうなるか解らないのも事実。なら、大人しく行かせるしかないのね)
✔ ✔ ✔
学校内は平和だ。
多くの生徒達で賑わい、各々が自由に休み時間を楽しんでいる。
私は教室内の全員の、顔も名前も知らない。
だが、それでも知ったように振る舞う。それが、普通の生徒だからだ。
「うわっ! ……クッソ~」
「へへーんっ。 じゃあ、次はお前が鬼な!」
「三十秒で捕まえてやるよぉ」
「やれるモンならやってみなっ」
「うおぉぉぉおお!」
数名の男子が教室内で鬼ごっこをしている。
机や椅子があって危険なだけでなく、人も大勢居るというのに。
というか何故先生は止めない?
(幸いこっちには来てないから良いがな……)
私はというと、教室の片隅で読書にふけっていた。
友達もいない(いても分からない)し、他にやる事がないのだ。
「ギャッ!! 危ないっ」
「え」
席に座っていた私を、逃げるのに必死な男子が押してきた。
走ってきたのもあって体重がモロにかかり、私は椅子から転げ落ちた。
「痛ぇ……。あ、巡谷。ごめんな」
「……」
自分から凄い勢いでぶつかってきておいて謝罪がそれか? という苛立ちからなのか。
(殺したい殺したい殺したい!)
私は殺人衝動に駆られた。
「?? 聞いてるか、巡谷」
暗い表情をして俯く私を不審に思ったようで、その男子は顔を覗き込んできた。
そんな彼の顔を認めると、ゆっくりと私は腕を伸ばす。
──彼の首に向かって。
「え? な、何だよ巡谷。もしかしてお前……」
私の腕が近づくにつれ、男子の頬が赤く染まっていく。
なんだ? 変態か?
「俺の事、好きなのか?」
は?
……ああ、そういう事か。
私が、彼のことを抱きしめようとしていると勘違いしていたみたいだ。
「違う。戯けが」
「えっ……あ!」
私の手が彼の首を包み込んだ時にようやく、殺そうとしている事に気付いたようだ。
「死ね──」
手に力を込めようとした瞬間、聞こえてきた。
『ダメっ!!』
その声に思わず手を離した。
「……何だよ、お前」
男子は私と目を合わせずに囁いた。
殺しにかかってきた相手が急にそれをやめたのだ。仕方ない。
──ただ、私にも分からない。自分が何なのか、なんて。
「ちょ! 巡谷さん!? 何してるの! ……大丈夫? 酒井君」
今まで見て見ぬフリしてきた先生だが、生徒があまりにも騒ぐのでやってきたようだ。
「はい。……特に何も、されてないので」
男子は首を押さえながら先生に答えた。
「そう? なら良いけど……。巡谷さん、お願いだから他の子に手を──」
先生が前方に視線を向けるも、私はもうその場に居なかった。
「あら?」
何だったのだ、あの声は。
確かに私ものだった。けれど、口から出たのではない。
ただ心の中で響いていた。
しかし、心の声と言うにも違う気がする。あれは私の考えていることでは無かった。
あの時の私は奴を殺す一心で、手を伸ばしていただけ。その欲求を抑える余裕なんて正直なかった。
──『私』だけど、『私』じゃない。
そんな存在が、この体の中に蠢いているのかもしれない。
(記憶が無いのも、それに関係しているのか……?)
そんな疑問が、頭をもたげた。
(……そういえば、あいつ──酒井はもしかすると、殺さなかった事で私が奴を好きだと思い込んだままになっているかもな。やれやれ)
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