怪獣特殊処理班ミナモト

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第1章 神獣協会

強大な捕食者

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今回現れた怪獣は、爬虫類が素体だった。その生物はチャクワラ。岩砂漠に生息するトカゲで怪獣となった今は、その巨体で仙台駅を線路を跨いで押しつぶしている。そして、過程変異により獲得したワニのような固いうろこはめくれ上がり、露わになった皮下組織にはいまだ煙がくすぶっていた。

基礎処理班の班長は、白い制服に身を包んだ赤本たちを見て、何事か部下に話したうえで走り寄ってきた。

「…赤本、大変だったな」

「気にかけていただいてありがとうございます。予定より一日遅れてしまって申し訳ありません」

「それも今となっては些末な問題だ。この仕事が終わったら一旦休養を取った方がいい。何も、無理をする必要はないんだ」

班長は赤本の肩に優しく手を置いた。

「……はい。検討しておきます」

「そうしてくれ。それで、今回の怪獣だが、この通り焼夷弾でどこも重度のやけどだ。それに水分も飛んでるから体組織が固い。ただ俺たちが頭蓋に穴を開けて、ある程度の処理をしてある。そこだけ気を付けてくれ」

「ありがとうございます。では」

赤本たちは班長に礼を言うと、高所作業車で怪獣の頭頂部に上がった。そしてロープを伝ってその中に入った。班長の言う通り、すでにコアは神経の束から切り離され、クッションの上に置かれている。

『源、頼む』

赤本はエアライフルをコアの前に跪く源に向けた。そして源は手袋を外し、両手をコアに当てて目をつぶった。

今度はちゃんと手ごたえがあった。白い空間に行くのにもそれなりに時間がかかったし、目の前に漂う黒い球も真っ黒で、向こうが透けて見えることは無かった。やはり東京の怪人は異端だった。そしてあの男も…。

『これで私とは、情けない』

不意に声が聞こえた。初めて浄化した時に聞こえたあの声だった。

(情けない?どういう意味だ?)

源は考えながら、浄化を完了させた。源が目を開けると、目の前にはひびの入った透明な球があった。変わったところと言えば、あの声だけだった。

浄化が終わると、本部に呼ばれた。

「…失礼します」

赤本たちは先ほどの会話を思い浮かべながらテントに入った。

「浄化ご苦労。先刻は済まなかったな、少し感情的になりすぎたようだ」

「そんなことはありません。全く一佐のご指摘の通りでした。申し訳ありません」

「謝罪は要らんよ。それで、本題に入りたいのだが、まずはこれを見てくれ。ついさっき届いたものだが…」

高雄一佐はそう言って、そばに置いてあったアタッシュケースから六角形の板を組み合わせたような手のひらサイズの器具を取り出した。

「これは一体…」

「脳波制御装置だ。これを首の後ろに取り付けることで対象者の脳波の強度を調整できる」

確かにそれは、ちょうど首の後ろに取り付けられる形をしていた。その内側には4本の針が伸びている。「中央からの通達だ。これを源班員の首に取り付け、使用してほしい」

「これを、源に?」

「そうだ、この制御装置を付ければそこの彼は移動式電波灯台となる。そうすれば怪人も半径1キロは寄ってこないはずだ。それに怪人の居場所も探知できる。東京までの道のりで使え」

高雄一佐はそう言ってその器具をケースごと赤本に手渡した。

「中央は君たちの帰りを待っている。すぐに帰投してくれ」

「了解しました。ですがその前に一つだけ」

「……何かね?」

「護衛隊の隊員たちは無事に東京まで到着できましたか?」

「ああ、出来たとも。やはり彼らは運に恵まれている」

そう言う高雄一佐はどこか安堵したような表情をしていた。

新たに貸し出された装甲車の中で、源は例の制御装置を取り付けてもらっていた。

「いいか、源。動くなよ?」

「……はい」

正直、装置から伸びる1センチほどの針が気になっていた。

「安心しろ源、消毒はしてある」

「そうですか…」

源は無理やり納得すると、おとなしく首を差し出した。一瞬チクっと痛みがした後に、ひんやりとした金属の冷たさが、うなじに伝わってきた。少し首を曲げてみたが、その可動域が阻害されることは無かった。割といい付け心地だ。

「どうだ、源。何か変わったところはあるか?」

緑屋が興味津々に聞いてきた。

「いえ、特には……」

源は装置に触ってみた。

「ッ…!」

すると突然、頭が割れるような頭痛がした。思わず源は床に前のめりになり、頭を抱えた。

「おい!源!大丈夫か!」

赤本はそう呼びかけたが、それに答える余裕は源にはなかった。すると、

『制御プログラム起動、自動調整に入ります。事前の鎮静剤の服用を忘れないでください』

と声がした。それは恐らく、制御装置本体から聞こえていた。

「鎮痛剤って、そんなこと聞いてないぞ?」

赤本はとりあえず、タオルで猿ぐつわを作り、源に噛ませた。

「何で薬品が無いんだよ!この車両は」

「赤本、間に合うか分からないけど他のとこから取ってくる」

緑屋はそう言って車を降りた。結局、それは間に合わなかった。緑屋が下りてすぐ、今度は頭痛に加えて激しい吐き気に襲われた。

『調整中、基準軸を設定』

そして源は意識を失った。

(ここは…あの白い空間か?)

気付くと源は浄化の時に現れる白い空間に立っていた。あたりを見回してみたが、やはり何もなかった。

『調整中、マーカー指定』

あの機械音声がした。すると源は、何かの気配を感じ取った。それは言葉では言い表せない、本能的なものだった。気配は後ろからした。源が振り返ると、遠くに黒い塊が見えた。

(何だあれ…人か?)

よく見ると確かにそれはうずくまった人だった。源は声をかけることにした。

「あ、あの!」

源は出来るだけ大きな声で呼びかけた。すると、それはゆっくりと起き上がり、こちらを見た。

『調整中、遠近概念追加』

その声がした瞬間、源とこちらを見ていた人の距離が一気に縮まり、その間は10メートル程になった。

「お前は……!」

源は思わずそう言った。その男は、赤と黒の血に染まった患者衣を着ていた。

「お前、赤本さんの言っていた…」

「お前こそ!いや、貴方こそ!何故、ここに…!」

その男はひどく取り乱していた。その顔は恐怖にゆがみ、体は小刻みに震えていた。まるで強大な捕食者を前にした小動物の様で、哀れにも感じてきた。

(以前より言葉遣いの違和感が無くなっている…。いや、それは今はいい)

「それは僕のセリフだ。何故お前がこの空間にいる?」

「そんな…!あ、貴方がここに私を招いたのでは?」

「どういう事だ?」

(招く?どうやって僕がこいつをここに招待するんだ。それに…)

「お前、僕を他の誰かと勘違いしていないか?」

「そ、そんなことは御座いません!私が貴方様を忘れることなど、あの日より一度も…!」

「あの日?」

源がそう尋ねたところであの機械音声が聞こえた。

『調整終了、脳波感応値をリセットします』

そう言い終わると、白い空間が急速に崩壊し始めた。

「こ、これは!」

「ああ、お許しください…」

男は源の前に這いつくばり、しきりにそう呟いている。そしてすぐに、源たちはその崩壊に飲み込まれた。

「う、ここは…」

「大丈夫か?源」

源が目を開けると、源の顔を覗き込む赤本と医者の姿があった。医師は赤本に言った。

「恐らく急激な痛みによる失神でしょうな。薬品の積み込みに不備があり、本当に申し訳ない」

「いえ、あなたのせいではありません。あなたのせいでは」

赤本は何か言いたげな様子だったが、源に目線を移した。

「源、体の調子はどうだ?」

源は少し体を動かしてみたが、特に痛みは無かった。ただ、大量の汗をかいていた。

「大丈夫です。頭痛も何もかもすっかり消えてます。それよりも、僕が失神している間に…」

「機械音声が流れていたな。確か『調整中』と」

「その時に白い空間に意識が移って、そこでその、あの怪人に会ったんです」

「あの怪人って、黒澤のツラをしてた奴か?」

「そうです。でもなぜか、僕を見て怯えていたんです。場所は確かこのあたりの…」

源はそこでハッとした。

(僕はなぜ覚えているんだ?あの怪人の居場所を!)

「おい、源。お前もしかして奴の居場所が分かるのか?」

「……はい、多分」

「多分その装置の影響だろうな。それよりも、源、お前怪人の居場所を説明するとき、『このあたりの』って言ってたよな」

緑屋は慎重にそう尋ねた。

「まさか!」

赤本はすぐに運転席に乗り込んだ。

『至急本部へ!至急本部へ!』

『こちら本部。無断の回線使用は禁止されているはずだが?』

『緊急時だ!手の空いている監督者と話がしたい!』

しばらくして回線が切り替わった。

『球磨三佐だ。何の用か?』

『現場近辺に例の怪人が潜伏している可能性がある!』

『何だと?それは本当か?』

『そちらから貰った制御装置を使った結果だ』

『…了解した。至急各員に伝える』

そこで無線は切れた。するとすぐに市の中心部は騒がしくなり、戦車と装甲車の移動する振動がかすかに伝わってきた。

「源、緑屋。お前たちは待機しろ。俺は…外に加勢してくる」

「赤本さん!今度こそ死にますよ?」

「引き際は心得ている。ただ被害を最小限にしたいだけだ」

赤本は拳銃と、怪獣解体用の大型メス、術刀をベルトに差し込み、車外に出た。

「緑屋さん、止めなくていいんですか?」

「出来ないな。あいつは源の思う以上に頑固なんだ…」

「……」

(なら、僕が助太刀に入ればいい)

源は上半身を起こすと、はだけた襟元を正し、床下に収納されていたエアライフルを手に取ろうとした。

「あれ?ライフルが無い」

「源、何をするつもりだ!」

緑屋は源に呼びかけたが、源はそれには答えなかった。

「これでいいか」

源は収納されていた術槍を取り出した。それは皮下組織をまとめて切除するときに使われる、刃の形がメスの尖刃刀になっている薙刀だった。

「よせ!源!お前じゃ怪人には…!」

「大丈夫です、勝機はあります」

そう言って制止する緑屋を振り切ると、固く施錠されたドアを開けて外に出た。
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