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あと、三日
今を見つめたい
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脱衣所へと向かって、汚れた服を洗濯かごに放り込んだりして。
部屋の隅に置いてある密閉された箱の中から、火の魔法石を取り出す。
湯気が立ち込める、風呂場へと足を踏み入れ湯船にそれを投げ入れた。
魔法石の溶ける音が聞こえ始め、それは熱気となりこちらまで伝わってくる。
石鹸で汚れた体と髪を念入りにゴシゴシし、熱い湯でそれを洗い流した。
歩き、湯船に手を突っ込みパシャパシャして湯加減を確認。
「……まぁ。……うん」
ちょっと熱いくらいだった。
ゆっくりと片足を入れ、やがて肩の下まで身体を湯に沈めた。
「はぁーーーー」
今日一日の疲れが、溜息として一気に放出される。
凄く忙しい一日だったと、改めて認識する。
いや。本当に、忙しかった。
やっと。ゆっくりできた感じ。お風呂最高。
……でも、明日からも忙しくなりそうだ。
そう思うけど、不思議と嫌な気持ちは無かった。今日のことも。
楽しかったんだなって思う。死にかけたことは本当に怖かったけど!
このことに関しては、リリィがいてくれてよかった。何度でもそう思える。
……ちょい気まずい感じになっちゃったけどね。
まぁ。成るように成るだろう、と思っておく。
とりあえずは、今までと変わらない感じで接することに心がける。
無理かもだけど。……頑張る。
私が、この気まずい感じは修正しないといけないから。
……キスのことも、私がリリィにかけた恥ずい言葉も。
私がした事なんだから、逃げちゃダメだもんね。
お風呂に入ったお陰か、頭がすっきりして良さげな結論に辿り着く。
やはりお風呂最高。そして頑張れ私。
……あ、そうだ。リリィといえば。
ここに来る前に言っていた『後で話したいことがある』って。なんだろう。
何だか凄く意味深な感じだったけど……。
……分からないな。何を言おうとしているのか。
何を言われても大丈夫なように、一応心の準備だけはしておこう。
「──うっ」
不意に頭が揺れる。
ちょっと浸かりすぎたかな。
と、私は湯船から身体を現した。
というか、これ。さっきまでリリィが浸かっていたお風呂なんだよね。
勿論だけど全裸で──って、別にその姿を妄想しているわけではない。断じて。
お風呂最高。
思いながら、私は風呂を上がり。
リリィが待つ私の部屋へと、緊張を抱きつつも向かう。
※
……だが。
「ごめん。さっきのことだけど。やっぱり……なんでもない」
ベッドに腰をかけていたリリィは、私の顔を見るなり開口一番にそう言ってきた。
思ってもいなかったリリィのその発言に、私の反応は二拍ほど遅れる。
「え! なんで!」
驚き口調でそう言うと。
リリィは少しだけ申し訳なさそうにしながら答えた。
「なんででも。……なんか、これを言うのは良くないなって」
「気になるのですけれども」
「……言わない。私、ミリアと楽しく過ごすって決めてる。……こんなこと言ったら、楽しく過ごせるかも分からない気がしてきたから……」
「そう言われると尚更気になる」
「……言わない。言わないったら言わない」
強情だ。
けど。楽しく過ごせるか分からないって、かなりヤバめなことに感じる。
それ程までのことって……。
「……えっと、『結婚して?』みたいな、そんなお願い?」
「…………」
「あ、違いますよね。そうですよね」
「いや。……確かに、そのお願いはアリだと思う」
不意打ちを喰らわされる。
「……そう、ですか」
「ミリアが受け入れてくれたらの話だけどね」
リリィはそう微笑みながら付け足した。
思えば、リリィには。私が風呂に入る前に見せてきた恥ずかしがる様子はもう無い。
そんな状態になる暇もないくらい、リリィが言おうとしていたことの重み?
それは大きいものだったのかも知れない。
……対する私は、まだ恥ずかしい気持ちを捨てきれてないけど。
リリィがこんな様子なら、私が照れるのも何だか馬鹿馬鹿しく思えてくる。
思えてくるだけで、照れるなって言われてもそれは不可能ですごめんなさい。
「ねぇ。ミリア」
「は、はい! 何でしょうか?」
「話したいことあるから、近くに寄って」
「え、えぇ⁉︎ ここでも話せるよ?」
「距離あるの、何だか嫌だから」
「……言われてみれば」
私が部屋のドアの前。
リリィがベッドの上。
凄く距離があるって訳でもないけど、なんか気になる距離感ではある。
無意識に肩に力を入れながら、リリィの横に向かい、腰を掛け、彼女を見る。
その視線に引き付けられたかのようにリリィも私を見てくる。
リリィの口は、直ぐに開かれた。
「ミリア。私のこと、好き?」
放たれた唐突なその言葉。
朝とは打って変わりズシンと心に響く。
キスしちゃった後だから、かな。
顔が更に熱を上げていくのが、しっかりと伝わってくる。
もう定番になりつつある顔の熱上げ芸。もうやだ。
「答えてね」
リリィは言いながら、私の両頬を両手で押さえてきた。
街の中でもされたけど、リリィの手のひらは今度はひんやりと冷たかった。
リリィは私から聞き出したいことがある時、決まってこうするらしい。
本人はこんなことをして恥ずかしくないのだろうか。
こんなに真っ直ぐと私のことを刺してきて。
痛い。視線が痛い。
その痛みを緩和させようと、私は眼球を移動させる。
けれど、視界のどこかには必ずリリィが映り込み私の心を掻き混ぜる。
この私を押さえ込む手法は、一番私に効果的なのかも知れない。
リリィのことしか意識できなくなるから。
「……え、っと。その……」
私はもう。言うことを固めていた。
しかし、それを深く考えることはしなかった。
頭がぐっちゃぐちゃになりそうだったから。
そしていざ、言葉にしようとすると難しい。
と言うよりも、それは不可能に近かった。
「やっぱり答えられない?」
優しくかけられたその言葉に、私はただ頷くことしか出来ない。
それに。その聞き方は、なんかズルい。
何がって言われても、よく分からない。
私の弱部を責められる様な、嫌悪とも違う何かを抱いてしまう。みたいな。
「……大丈夫。気持ちの整理もミリアには必要だろうから」
『あなたが私のことを好きと、理解している』とでも言いたげだった。
……というか。もう完璧に表情にそれが出ちゃってるんだと思う。
ひんやりとした感触だったリリィの手が、私の体温に近付いてきているし。
「返答は、明日か。明後日か。……別にくれなくたっていい」
リリィは両手を私の顎に滑らせた後に、私から取り外した。
明日か明後日しか選択肢を提示してくれない事に、ズキリと心が痛んだ。
「あ、あのさ。本当に、明後日までしか居られないの?」
私は閉ざされていた唇を開き、悲しげに言う。
最初は、その未来を、嫌なものだと感じつつも受け入れていたのに。
リリィに深入りすればするにつれて、嫌なものだと感じた後の進展が無い。
つまり。リリィとの別れが、非現実的な物に思えてならない。
「ごめん。……明後日までしか居られないの。だから、思い出を沢山つくろ」
「……そっか。えっと、理由を聞いてもいい? 明後日までしかここに居られない理由を」
「……。ミリアがお風呂に行く前に『話したいことがある』って私、言ったじゃん。それの内容が、明後日にミリアとお別れしてしまう、その理由なの」
「…………」
リリィが言った『これを言うと、これから楽しく過ごせるか分からない』という、その意味が、何となく腑に落ちた気がした。
お別れの話をして、嫌な雰囲気にさせたくなかったんだなと。
「……ごめん、ミリア。これは、やっぱり言えない。幸せなあなたの顔が傷付いてしまうのを、見たく無いから」
「……そっか」
少し自意識過剰なこと言ってるなって思ったけど、図星だった。
お別れの話なんてされたら、きっと悲しんじゃう。
ぶっちゃけ今もかなり悲しんでる。
胸が苦しくて、締め付けられるように痛い。
確実なお別れの未来があるって、分かってしまったから。
リリィとこれからも一緒にいることを望んでいても、それは叶わないと分かったから。
明後日は確実にやってくる。お別れの時は確実にやってくる。
時間を操れる魔法でもあれば良いのにって。思ってしまう。
けれど、神様でも無いんだから。そんなことは出来るわけもなく。
今も、その日に向かって時間は進んでいる。止まることを知らずに。
「……リリィ。明後日の、いつまで? リリィがここに居られるのは」
「…………それは。陽が沈むまで──いや、日を跨ぐ少し前くらいまで、かな」
と言うことは、明後日のギリギリまで。
……四十八時間ほど。
「短い、ね」
「ほんとにね。私も、もっと居たい。ミリアと一緒に」
「でも。無理なんだよね」
「うん」
「……今日は、もう寝よっか」
「うん」
リリィが頷いた事を確認して、私は部屋の灯りを消そうと立ち上がった。
天井から吊るされたその灯りに対し、私は蓋を被して消してあげた。
当たり前だが、部屋は真っ暗になり、感覚的にベッドの元へと向かう。
今更感あるけど、リリィのお布団は用意できなかった。
というよりも、なぜか最初から一緒に寝るものだと思い込んでいた。
まぁ。いいか。リリィの様子を見る限り、同じ考えだったのだろうから。
「リリィ、ちょっと奥に詰めて貰って大丈夫?」
私は半身をベッドに滑り込ませ、少し狭さを感じ、そう伝える。
リリィはモゾモゾと、その身体を動かしてスペースをあけてくれた。
「ありがと」
だが。リリィは反応をくれない。私に背中を向けて寝ていた。
やはりというべきか、リリィもお別れするのが嫌なんだよね。
寧ろリリィの方が、断然私よりも悲しい気持ちを多く持っているのだろう。
私にはるばる会いに来て、けど直ぐにお別れをするのだから。
だけど──。
「リリィ」
悲しい想いをするのは、別れ際だけでいい。
今だけを見たい。今ある幸せを存分に味わいたい。
お互いに、お互いだけを見ていたい。
「私、今ね。凄く幸せだよ。ありがとう、リリィ」
だから私はリリィの背中にそう言った。
「……私もよ」
言いながら、リリィはこちらに寝返った。
顔が合う。
やっぱり恥ずかしさは拭え無いけど、目は逸らさなかった。
リリィの熱い息が、私に吹く。逆もまた同様に。
暫く互いの吐息交換が続き。
リリィが痺れを切らしたかのように、私の頬に手を添えてきた。
「ミリア。……良い?」
リリィの小声。
意味は聞き返さず、ただ「いいよ」と答えた。
すかさず、私の唇にリリィが唇を重ねてきた。
暖かくて柔らかいその唇の感触。
二度目だけど、凄く新鮮だった。
「──んっ」
声が漏れる。私の声だった。
呼吸のために開かれた口に、狙いを定めて別の感触が侵入してくる。
それがリリィの舌だと気付いて、戸惑い、ただ委ねた。
リリィの唾液が流れ、私の唾液と混同し、それをゴクリと飲み込む。
こうしたことを、私は後悔なんてしない。
恥ずかしがりはすると思うけど。
朝になったら、また悶々としちゃうかもだけど。
けれど後悔は、万一にも有り得ない。
私は思っていた。
一日で人を好きになるのはおかしいって。
だけど、その考え自体がおかしかった。
一日で好きになるなって、誰が決めたのか。
私が勝手におかしいって、そう思い込んでいた。
私を否定していたのは、結局は私だったのだ。
それに気付けて良かったと思う。
それに気付かせてくれて、ありがとうって思う。
私は、想う。リリィを想う。
心の中でしか言えないのは臆病だと思う。自己中だと思う。
でも、お別れする前には絶対伝えるから、許してね。
──リリィが好き。
部屋の隅に置いてある密閉された箱の中から、火の魔法石を取り出す。
湯気が立ち込める、風呂場へと足を踏み入れ湯船にそれを投げ入れた。
魔法石の溶ける音が聞こえ始め、それは熱気となりこちらまで伝わってくる。
石鹸で汚れた体と髪を念入りにゴシゴシし、熱い湯でそれを洗い流した。
歩き、湯船に手を突っ込みパシャパシャして湯加減を確認。
「……まぁ。……うん」
ちょっと熱いくらいだった。
ゆっくりと片足を入れ、やがて肩の下まで身体を湯に沈めた。
「はぁーーーー」
今日一日の疲れが、溜息として一気に放出される。
凄く忙しい一日だったと、改めて認識する。
いや。本当に、忙しかった。
やっと。ゆっくりできた感じ。お風呂最高。
……でも、明日からも忙しくなりそうだ。
そう思うけど、不思議と嫌な気持ちは無かった。今日のことも。
楽しかったんだなって思う。死にかけたことは本当に怖かったけど!
このことに関しては、リリィがいてくれてよかった。何度でもそう思える。
……ちょい気まずい感じになっちゃったけどね。
まぁ。成るように成るだろう、と思っておく。
とりあえずは、今までと変わらない感じで接することに心がける。
無理かもだけど。……頑張る。
私が、この気まずい感じは修正しないといけないから。
……キスのことも、私がリリィにかけた恥ずい言葉も。
私がした事なんだから、逃げちゃダメだもんね。
お風呂に入ったお陰か、頭がすっきりして良さげな結論に辿り着く。
やはりお風呂最高。そして頑張れ私。
……あ、そうだ。リリィといえば。
ここに来る前に言っていた『後で話したいことがある』って。なんだろう。
何だか凄く意味深な感じだったけど……。
……分からないな。何を言おうとしているのか。
何を言われても大丈夫なように、一応心の準備だけはしておこう。
「──うっ」
不意に頭が揺れる。
ちょっと浸かりすぎたかな。
と、私は湯船から身体を現した。
というか、これ。さっきまでリリィが浸かっていたお風呂なんだよね。
勿論だけど全裸で──って、別にその姿を妄想しているわけではない。断じて。
お風呂最高。
思いながら、私は風呂を上がり。
リリィが待つ私の部屋へと、緊張を抱きつつも向かう。
※
……だが。
「ごめん。さっきのことだけど。やっぱり……なんでもない」
ベッドに腰をかけていたリリィは、私の顔を見るなり開口一番にそう言ってきた。
思ってもいなかったリリィのその発言に、私の反応は二拍ほど遅れる。
「え! なんで!」
驚き口調でそう言うと。
リリィは少しだけ申し訳なさそうにしながら答えた。
「なんででも。……なんか、これを言うのは良くないなって」
「気になるのですけれども」
「……言わない。私、ミリアと楽しく過ごすって決めてる。……こんなこと言ったら、楽しく過ごせるかも分からない気がしてきたから……」
「そう言われると尚更気になる」
「……言わない。言わないったら言わない」
強情だ。
けど。楽しく過ごせるか分からないって、かなりヤバめなことに感じる。
それ程までのことって……。
「……えっと、『結婚して?』みたいな、そんなお願い?」
「…………」
「あ、違いますよね。そうですよね」
「いや。……確かに、そのお願いはアリだと思う」
不意打ちを喰らわされる。
「……そう、ですか」
「ミリアが受け入れてくれたらの話だけどね」
リリィはそう微笑みながら付け足した。
思えば、リリィには。私が風呂に入る前に見せてきた恥ずかしがる様子はもう無い。
そんな状態になる暇もないくらい、リリィが言おうとしていたことの重み?
それは大きいものだったのかも知れない。
……対する私は、まだ恥ずかしい気持ちを捨てきれてないけど。
リリィがこんな様子なら、私が照れるのも何だか馬鹿馬鹿しく思えてくる。
思えてくるだけで、照れるなって言われてもそれは不可能ですごめんなさい。
「ねぇ。ミリア」
「は、はい! 何でしょうか?」
「話したいことあるから、近くに寄って」
「え、えぇ⁉︎ ここでも話せるよ?」
「距離あるの、何だか嫌だから」
「……言われてみれば」
私が部屋のドアの前。
リリィがベッドの上。
凄く距離があるって訳でもないけど、なんか気になる距離感ではある。
無意識に肩に力を入れながら、リリィの横に向かい、腰を掛け、彼女を見る。
その視線に引き付けられたかのようにリリィも私を見てくる。
リリィの口は、直ぐに開かれた。
「ミリア。私のこと、好き?」
放たれた唐突なその言葉。
朝とは打って変わりズシンと心に響く。
キスしちゃった後だから、かな。
顔が更に熱を上げていくのが、しっかりと伝わってくる。
もう定番になりつつある顔の熱上げ芸。もうやだ。
「答えてね」
リリィは言いながら、私の両頬を両手で押さえてきた。
街の中でもされたけど、リリィの手のひらは今度はひんやりと冷たかった。
リリィは私から聞き出したいことがある時、決まってこうするらしい。
本人はこんなことをして恥ずかしくないのだろうか。
こんなに真っ直ぐと私のことを刺してきて。
痛い。視線が痛い。
その痛みを緩和させようと、私は眼球を移動させる。
けれど、視界のどこかには必ずリリィが映り込み私の心を掻き混ぜる。
この私を押さえ込む手法は、一番私に効果的なのかも知れない。
リリィのことしか意識できなくなるから。
「……え、っと。その……」
私はもう。言うことを固めていた。
しかし、それを深く考えることはしなかった。
頭がぐっちゃぐちゃになりそうだったから。
そしていざ、言葉にしようとすると難しい。
と言うよりも、それは不可能に近かった。
「やっぱり答えられない?」
優しくかけられたその言葉に、私はただ頷くことしか出来ない。
それに。その聞き方は、なんかズルい。
何がって言われても、よく分からない。
私の弱部を責められる様な、嫌悪とも違う何かを抱いてしまう。みたいな。
「……大丈夫。気持ちの整理もミリアには必要だろうから」
『あなたが私のことを好きと、理解している』とでも言いたげだった。
……というか。もう完璧に表情にそれが出ちゃってるんだと思う。
ひんやりとした感触だったリリィの手が、私の体温に近付いてきているし。
「返答は、明日か。明後日か。……別にくれなくたっていい」
リリィは両手を私の顎に滑らせた後に、私から取り外した。
明日か明後日しか選択肢を提示してくれない事に、ズキリと心が痛んだ。
「あ、あのさ。本当に、明後日までしか居られないの?」
私は閉ざされていた唇を開き、悲しげに言う。
最初は、その未来を、嫌なものだと感じつつも受け入れていたのに。
リリィに深入りすればするにつれて、嫌なものだと感じた後の進展が無い。
つまり。リリィとの別れが、非現実的な物に思えてならない。
「ごめん。……明後日までしか居られないの。だから、思い出を沢山つくろ」
「……そっか。えっと、理由を聞いてもいい? 明後日までしかここに居られない理由を」
「……。ミリアがお風呂に行く前に『話したいことがある』って私、言ったじゃん。それの内容が、明後日にミリアとお別れしてしまう、その理由なの」
「…………」
リリィが言った『これを言うと、これから楽しく過ごせるか分からない』という、その意味が、何となく腑に落ちた気がした。
お別れの話をして、嫌な雰囲気にさせたくなかったんだなと。
「……ごめん、ミリア。これは、やっぱり言えない。幸せなあなたの顔が傷付いてしまうのを、見たく無いから」
「……そっか」
少し自意識過剰なこと言ってるなって思ったけど、図星だった。
お別れの話なんてされたら、きっと悲しんじゃう。
ぶっちゃけ今もかなり悲しんでる。
胸が苦しくて、締め付けられるように痛い。
確実なお別れの未来があるって、分かってしまったから。
リリィとこれからも一緒にいることを望んでいても、それは叶わないと分かったから。
明後日は確実にやってくる。お別れの時は確実にやってくる。
時間を操れる魔法でもあれば良いのにって。思ってしまう。
けれど、神様でも無いんだから。そんなことは出来るわけもなく。
今も、その日に向かって時間は進んでいる。止まることを知らずに。
「……リリィ。明後日の、いつまで? リリィがここに居られるのは」
「…………それは。陽が沈むまで──いや、日を跨ぐ少し前くらいまで、かな」
と言うことは、明後日のギリギリまで。
……四十八時間ほど。
「短い、ね」
「ほんとにね。私も、もっと居たい。ミリアと一緒に」
「でも。無理なんだよね」
「うん」
「……今日は、もう寝よっか」
「うん」
リリィが頷いた事を確認して、私は部屋の灯りを消そうと立ち上がった。
天井から吊るされたその灯りに対し、私は蓋を被して消してあげた。
当たり前だが、部屋は真っ暗になり、感覚的にベッドの元へと向かう。
今更感あるけど、リリィのお布団は用意できなかった。
というよりも、なぜか最初から一緒に寝るものだと思い込んでいた。
まぁ。いいか。リリィの様子を見る限り、同じ考えだったのだろうから。
「リリィ、ちょっと奥に詰めて貰って大丈夫?」
私は半身をベッドに滑り込ませ、少し狭さを感じ、そう伝える。
リリィはモゾモゾと、その身体を動かしてスペースをあけてくれた。
「ありがと」
だが。リリィは反応をくれない。私に背中を向けて寝ていた。
やはりというべきか、リリィもお別れするのが嫌なんだよね。
寧ろリリィの方が、断然私よりも悲しい気持ちを多く持っているのだろう。
私にはるばる会いに来て、けど直ぐにお別れをするのだから。
だけど──。
「リリィ」
悲しい想いをするのは、別れ際だけでいい。
今だけを見たい。今ある幸せを存分に味わいたい。
お互いに、お互いだけを見ていたい。
「私、今ね。凄く幸せだよ。ありがとう、リリィ」
だから私はリリィの背中にそう言った。
「……私もよ」
言いながら、リリィはこちらに寝返った。
顔が合う。
やっぱり恥ずかしさは拭え無いけど、目は逸らさなかった。
リリィの熱い息が、私に吹く。逆もまた同様に。
暫く互いの吐息交換が続き。
リリィが痺れを切らしたかのように、私の頬に手を添えてきた。
「ミリア。……良い?」
リリィの小声。
意味は聞き返さず、ただ「いいよ」と答えた。
すかさず、私の唇にリリィが唇を重ねてきた。
暖かくて柔らかいその唇の感触。
二度目だけど、凄く新鮮だった。
「──んっ」
声が漏れる。私の声だった。
呼吸のために開かれた口に、狙いを定めて別の感触が侵入してくる。
それがリリィの舌だと気付いて、戸惑い、ただ委ねた。
リリィの唾液が流れ、私の唾液と混同し、それをゴクリと飲み込む。
こうしたことを、私は後悔なんてしない。
恥ずかしがりはすると思うけど。
朝になったら、また悶々としちゃうかもだけど。
けれど後悔は、万一にも有り得ない。
私は思っていた。
一日で人を好きになるのはおかしいって。
だけど、その考え自体がおかしかった。
一日で好きになるなって、誰が決めたのか。
私が勝手におかしいって、そう思い込んでいた。
私を否定していたのは、結局は私だったのだ。
それに気付けて良かったと思う。
それに気付かせてくれて、ありがとうって思う。
私は、想う。リリィを想う。
心の中でしか言えないのは臆病だと思う。自己中だと思う。
でも、お別れする前には絶対伝えるから、許してね。
──リリィが好き。
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