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1 運命の出会い?
しおりを挟む「ユリア……貴女が好きです。僕と結婚してください」
今、目の前で跪き、指輪を持っている美形キャラは、私の所属しているギルド『星彩の騎士団』のマスター。
そして、初心者の私に色々と教えてくれた師匠でもある。当然、ギルドメンバーからの人望も厚い。
その上、性格は優しく紳士的。ゲームのプレイ歴も長く、とても強い。
さらさらとした彼の金髪、そしてマントが風に靡いている。
その様子は、このドラマチックなシチュエーションを一層引き立てていた。
美形の視線が眩しい。アバターが着ている白い貴族風の衣装も相まって、まるで王子様みたいに思えた。
「……私でいいんですか?」
「ユリアだからこそ……だよ。ユリアは、僕の理想のお姫様なんだ」
「……私も、ずっと貴方が好きでした。プロポーズ、お受けします」
「ありがとう、ユリア……! ああ、今日はなんて素晴らしい日なんだ」
そう言って彼は立ち上がり、私を優しく抱き締める。
こうして、私たちはゲーム内で仮想結婚をした。
──私と彼が出会ったのは、今から一ヶ月程前のことだった。
◇ ◇ ◇
それは、高校二年生の秋の出来事。夏休みが明けてすぐのことだった。
私は学校で所属している漫画研究部の先輩に誘われて『ブレイブ・レッド・オンライン(通称BRO)』というフルダイブ型VRMMORPGを始めることになった。
今日は私が初ログインをする日ということで、先輩が色々教えてくれるという話になっていたのだけど……困ったことが起きた。肝心の先輩が来ないのだ。
「先輩、遅いなぁ」
私、咲本夏陽はユリアという名前でこの世界に降り立った。
使用アバターは、長いストレートの銀髪に空色の瞳を持つ美少女キャラクター。ジョブはフェンサー。
適当に作ったわりには、結構可愛くキャラメイクできたと思う。
そんな私は初心者服を身に纏い、初心者用のショートソードを手に持ちながら広い草原に佇んでいた。
チュートリアルが終わっても先輩が来ないので、初心者クエストでも進めようと思ったのだ。
「えっと……とりあえずこの『黒狐退治』ってやつをやればいいのかな」
周りを見渡すと、自分と同じような初心者プレイヤーがちらほら見えた。
初心者なだけあって皆、見た目はそんなに強くなさそうな黒い毛色の狐型モンスター相手に苦戦している。
「一人じゃちょっと不安だけど、頑張ってみますか」
私はそう呟くと、黒狐に向かって剣を振り下ろしてみた。
すると、ひょいっと避けられてしまう。……空振りした。うーん、なかなか難しい。
そう思って再び黒狐の方に振り返ると、こちらを睨みながら走り寄ってきた。
「あ、やばい。こっちに来る! ガードってどうやるんだっけ!?」
私がもたついていると、黒狐はここぞとばかりに連続攻撃してきた。
慌てて反撃しようとするも、上手くいかない。私は、体当たりをされて勢い良く草の上に倒れ込んだ。
うーん……これはまずいよね。このままだと、死んで始まりの街に戻ってしまう。せっかくここまで歩いてきたのになぁ……。
そんな時だった。誰かの素早い攻撃によって、黒狐は一撃で倒された。
「大丈夫かい?」
私が顔を上げると、目の前で美形の男性キャラが手を差し伸べていた。私は彼の手を取り、立ち上がる。
「あの……ありがとうございます!」
「き、君は……」
私がお礼を言うと、その人は驚いたように目を見開いて私を見ていた。
あれ? どこかで会ったっけ? いや、そんなはずはないよね。今日、このゲームを始めたばかりなんだから。
「はい?」
「いや……ごめん、何でもないんだ。それより君、初心者だよね?」
「えっと……はい。実は、知り合いと待ち合わせをしていたんですけど、遅れているみたいで。本当は、その人に初心者講座をしてもらう予定だったんですけど……」
「そういうことなら、僕たちと一緒にクエストをやるのはどうだろう? ちょうど今、うちのギルドに入ったばかりの初心者さんに色々教えていたところなんだ」
彼がそう言うと、同じギルドのメンバーらしき初心者プレイヤーが駆け寄ってきた。
「僕が二人まとめて教えるから。君も、それで構わないよね?」
「ええ、構いませんよ。一緒に頑張りましょう!」
隣にいた初心者プレイヤーはそう言って、笑顔で頷いた。
うわぁ、有り難い。一人で心細かったところに救いの手を差し伸べてくれるなんて、すごく良い人たちだなぁ……。
私はその好意に甘えて、彼らについていくことにする。
そのまま草原で初心者クエストを進めていると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
私が振り返ると、眼鏡を掛けた長髪緑髪の青年キャラがこちらに向かって走ってきた。
キャラクター情報を見ると『リュート』という名前が表示されている。たぶん、先輩のキャラだ。
「良かった、ここにいたんですか……」
「先輩! もう、遅いですよ」
「すみません。用事が長引いて、遅れてしまったんですよ。それで、フレンド申請をしてさっきからゲーム内で連絡を取ろうとしていたのですが、気付かなかったようなので……」
「え、何ですか? それ」
「メニューウィンドウを開いてみて下さい」
私は半透明のメニューウィンドウを呼び出し、確認してみた。
彼の言う通り、何か通知が来ていた。そう言えば、クエスト中にピコピコ音が鳴っているような気がしたけどそれだったのかな。
「あ、本当だ……通知が来てました! すみません、夢中になってて気付かなかったみたいです」
「なるほど。ああ、気にしなくても大丈夫ですよ。ただ、ウィスパーチャットの方も気付いてもらえなかったので、途方に暮れてましたけどね……まあ、見つからなかったらリアルで連絡取ればいいだけですから」
この人はリュート。本名は音田龍太郎で、一学年上の先輩だ。
私が学校で所属している部の部長でもある。ジョブはミンストレル(吟遊詩人)。
「そこにいるのは……ルディアスじゃないですか。何で、貴方がユリアと一緒にいるんですか?」
リュートは先程助けてくれた人を見て、驚いた様子で言った。
「それは、こっちの台詞だよ。あ……もしかして、彼女が言ってた知り合いってリュートのことだったのかな?」
私たち三人は、交互に顔を見合わせる。
どうやら、私を助けてくれた美形キャラは、偶然にも先輩が所属しているギルドのマスターのだったようだ。
ルディアスという名前で、ジョブはアークナイトらしい。
「なるほど……そういうことだったんですか。うちの後輩がお世話になったようで、ありがとうございます」
リュートはそう言うと、深々とお辞儀をした。それに合わせるように、私も頭を下げる。
「いや、そんな。礼を言われるほどのことはしてないよ。そうだ、ユリアさん。もし良ければ、うちのギルドに入らないかい?」
「え……いいんですか?」
「もちろんだよ。うちは、初心者教育にも力を入れているからね」
「じゃあ……そうさせてもらいます。よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしく。ユリアさん」
ルディアスはそう言いながら、にっこりと微笑む。
私は、その笑顔に心を射抜かれた。恋に落ちる音がするって、こういうことを言うんだと思った。
しかし、この時の私は……美しい出会いの思い出が、淡い恋心が、まさかあんな形で粉砕されることになるなんて露ほども思わなかったのだ。
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