ネトゲの旦那は私のアバターにしか興味がない!

彼岸花

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4 伝わらない想い

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 次の日の夜、突然ルディアスに呼び出された私は急いで待ち合わせ場所に向かった。
 すると、何やら大きな家の前でルディアスが機嫌良さそうに立っている。

「というわけで、家を買ったぞ」
「何が、というわけで……ですか! しかも、この家かなり高くないですか!?」
「二人の愛の巣だからな。これくらいの出費は当然だ」
「……ええ。貴方と『ユリア』の愛の巣ですよね」

 このゲームには、自分の家が持てる『ハウジングシステム』がある。
 但し、家を購入するためにはそれなりの費用がかかる。
 購入自体はゲーム内マネーで出来るのだけど、それなりに稼いでいる人じゃないとまず買えない値段だ。
 内装も自分の好きなようにできるので、凝り性の人にはもってこいのシステムだとは思う。

 中に入ると、やたらと豪華な家具類が置かれていた。内装のほとんどは課金アイテムだ。
 前々からこの人の金の出所が不思議だったのだが、シオンの話によると最近はバイト代をほとんどゲームの課金に注ぎ込んでいるらしい。
 とにかく時間の使い方が上手いのだ。わりと廃プレイの部類に入るくせに、学業もバイトも完璧にこなす。その上、顔も良い。
 これで、二次元コンプレックスさえ無ければ最高なのに……。

「相変わらず、廃課金ですね……」
「ゲームと課金と二次元嫁に貢ぐことは、俺の生き甲斐だ」

 まだ高校生なのに、悟りきったような様子でそう答えるルディアス。
 もっと他のことに使いなよ……とは言えず、そっと胸の内にしまった。
 一通り内装を見せてもらうと、ルディアスは何かを思い出したように口を開いた。

「もうこんな時間か……さて……」

 ルディアスはそう呟くと、いきなり私を横抱きし、そのまま歩き出した。
 所謂、お姫様抱っこというやつだ。突然のことに驚き、取り乱す私。

「あ、あの……一体、何を……!?」
「何って……新婚、新居、と来れば次は初夜だろ?」
「は……!?」

 そう言うと、ルディアスは私をベッドに組み敷いた。

「ま、待って下さい! いくらゲームと言えども、こういうのはちょっと……」

 このゲームに限らず、最近のVRMMOはプレイヤー同士で擬似性行為ができるようになっているらしい。
 一昔前は十八歳以上だった年齢制限が引き下げられて、今は十六歳以上からになっている。
 なので、お互い年齢はギリギリクリアしてて問題はないはず……なんだけど。自分がその対象にされるなんて思ってもいなかったから、当然心の準備なんてできていない。
 しかも運の悪いことに、今日の私のアバターはかなり脱がされやすい服を着ている。
 何故かと言うと、ルディアスがこの服を着てこいと言っていたからだ。
 今になって、やっとその理由がわかった。この時のためだったんだ……。

「今更、何を恥ずかしがっている? VRだぞ。何も、実際にするわけじゃあるまいし。それに、から安心しろ」
「ちょっと! その傷つく言い方、やめてもらえません!? 失礼にも程があるでしょう!?」
「まずは、よく喋る煩い口を黙らせないとな」

 そう言いながらルディアスは、私の口をキスで塞ぐ。両腕はしっかりと掴まれていて、抵抗できない。

「……!?」

 え……何これ? 聞いてないよ。ネトゲの相方ってこんなことまでするの?
 とりあえず、ログアウトして逃げようかなと思ったけど、それも無理そうだ……完全に両手の自由を奪われた。

 彼は私が大人しくなったのを確認すると、片腕だけ解放した。そして、胸元に手を伸ばし服のボタンに手を掛ける。
 ……そう、これはVR。仮想現実。ここで彼を受け入れたからと言って、現実の私の体がどうにかなるわけじゃない。
 でも、それを見た途端、一気に悲しみが押し寄せてきて涙が溢れ出てしまった。
 この時ばかりは、プレイヤーの感情がアバターにそのまま表現されるようになっていることに感謝した。

「……泣いているのか?」

 ルディアスは泣いている私を見ると、ハッとして手を止め、不思議そうに尋ねた。
 たかがゲーム、されどゲーム。現実の体が傷つくわけじゃないのに、彼を受け入れることができないのは私の心が傷つくから。
 仮にルディアスがちゃんと『私』を見てくれていたら、喜んで受け入れたと思う。
 でも、彼が見ているのは、あくまでもアバターの『ユリア』であって『私』ではないのだ。
 その事実が、どうしようもなく悲しかった。

「……すまない。そんな風に泣かれると困る」

 三次元の女性に興味がないルディアスでも、流石に何かを察したらしく私の上から退いた。

「ごめんなさい……これだけは無理なんです」
「わかった……」

 二言、三言、言葉を交わすと、私たちは気まずい空気の中で沈黙した。
 私と彼の決定的な違いが露呈した瞬間だった。ルディアスは「VRだから」と軽く考えている。
 これは彼だけに限ったことじゃなく、皆が思っていることかも知れない。
 でも、私はそういう風に考えられなかったのだ。

 他のプレイヤーとの過度な性的接触はデフォルトで防止できるようにチェックが入っているはずなのだが、ゲームを始めたばかりの頃にわけもわからず設定を弄っていたら、いつのまにか解除されていたらしい。
 こんなことになるなら、後回しにしないでちゃんと見直しておけばよかったな……。

「……えっと。今日は、この辺で落ちますね」
「あ……」

 私がその沈黙を破り、ログアウトしようとするとルディアスは何かを言いかけた。

「明日も……来るよな?」
「大丈夫、ちゃんと来ますよ。来なくなると思っちゃいました?」
「……少し、不安になった」
「珍しいですね……いつもは強気な態度なのに」
「そうだな……。その、上手く言えないんだが……仲間ギルメンとしても、相方としても、大事に思っているのは本当だ。傷付けるような真似をして悪かった。それと……確かに、お前のアバターを手放すのは惜しかった。嘘はつけない。でも……」
「でも……?」
「ただ、一緒に夫婦としてロールプレイを楽しみたかったという気持ちもあるんだ。せっかく結婚したのに、すぐ離婚なんて悲しいだろ?」

 そう言って、ルディアスはバツが悪そうに頭を掻いた。
 私はそれを聞いて、沈んでいた気持ちが大分楽になった。何だ、少しは可愛いところもあるじゃないか。
 それに、一応『仲間意識』的なものは感じてくれてるってことだよね。
 単純すぎると、馬鹿にされるかも知れない。でも、彼の言葉で一喜一憂する自分がいた。

「はい……その言葉を聞けただけで、嬉しいです!」

 私はそう言うと、指で涙を拭って微笑んでみせた。

「今のは……」
「はい?」
「可愛すぎるぞ!」

 そう言うと、ルディアスは透かさず私を抱き締めにくる。
 苦しい……。いや、実際に苦しいわけじゃないけど、そう錯覚するくらい強く抱き締められた。

「は、はぁ……そうですか? ルディアスの萌えどころがわかりませんね。……でも、ありがとう」
「勘違いするなよ。お前のアバターに萌えているだけだからな?」
「はいはい。言われなくても、わかってますって……」

 そんなやり取りをしていたら、頭の中にある疑問が浮かんできた。

「……ふと思ったんですけど。やっぱり、ネカマとイチャラブした経験もお有りなんですか?」

 理想の嫁を追求するルディアスは、今までに何度かゲーム内で結婚をしているらしい。
 中身を一切気にしない彼の場合、当然そういうことも有り得るわけだ。
 もう面倒だから、自分で理想の女キャラを作ってネカマでもすればいいのにと思うけど、それでは駄目らしい。
 あくまでも自分は『愛でる側』なんだとか。

「それは、まあ……自己申告してないだけで、中には男もいただろうな」
「うわ……よく平気ですね。応じる相手も相手っていうか……」
「そんなことはない。『しょうがないにゃあ……』と言いつつも、快く応じてくれる良い人ばかりだぞ」
「それ、絶対ネカマじゃないですか! 何かこう……虚しくならないんですか? 中身男同士でって考えると……」
「全く気にならん。重要なのはキャラの可愛さだからな!」
「そ、そうですか……いや、なんかもうハイレベルすぎて未知の領域です……」

 よく考えたら精神的BLだよなぁ……なんてことを考えつつ、私は嫉妬を覚える。
 恐らくはほとんどがネカマだろうし、そもそも仮想結婚なんだけど。
 私の前にも何人か嫁がいたんだなぁって考えると結構辛い。
 例えロールプレイだとしても、どんな風にルディアスに愛されたんだろうって気になってしまう。
 そんなことを思いながら、私はルディアスの背中に手を回し、強く抱き締め返した。

「どうした? 急に積極的になったな。さては、ようやくロールプレイの楽しさに目覚めたか」
「はい……もう、そういうことにしておいていいです……」

 そもそも、彼は自分が好かれているなんて微塵も思っていない。
 私が本性を現す前のルディアスに好きだと伝えたことも、全部ロールプレイの一貫だと思ってる。
 本気で好きだって伝えたら、どう思われるんだろう。気持ち悪いって思われるのかな。
 切ない想いを内に秘めながら、私はルディアスの胸に寄りかかる。
 どうしたら、この人を振り向かせられるんだろう……そんなことを延々と考えているうちに、夜は更けていった。
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