【R18】禁忌の主従契約 ~転生令嬢は弟の執愛に翻弄される~

彼岸花

文字の大きさ
45 / 65
本編

39 遠い空の下のあなたへ

しおりを挟む
 リヒトの元から逃げ出して数日が経過した。
 今のところ、私とネイトはリヒトに見つかることなく逃亡生活を続けられている。
 きっと、リヒトは今頃血眼になって行方を追っているはずだ。もし見つかれば、彼は何としても私を連れ戻そうとするだろう。
 そうなる前に、私はどうにかして別のマスターを見つけなければならない。

 先行き不安だけれど、実は全く当てがないわけでもない。
 というのも……リーヴェの町から旅立つ直前、見送りに来てくれたネイトのマスターにある女性を紹介してもらったからだ。
 なんでもその人は地方の元女領主で、一年ほど前に自分に長いこと仕えていた使用人が定年を迎え退職したらしい。彼女はそれを機に息子に爵位を譲り、当初は隠居するためにのんびりと田舎で一人暮らしをして老後を送る予定だったそうだ。
 けれども、高齢のためやはりこの先一人で生活していくのは難しいと判断したそうで、新しく身の回りの世話をしてくれる働き手を募集することにしたのだと聞いた。

「ねえ、ネイトくん」

 ゴトゴトと馬車に揺られながら、私は隣に座っているネイトに話しかけた。
 前述の通り今、私達はネイトのマスターから紹介された女性を頼って辺境の村『フォーサイス』に向かっている。国内とはいえリーヴェの町とは正反対の位置にある村なので、少なくともすぐにリヒトに見つかることはないだろう。

「どうしたの?」
「その……女将さんの知人のことなんだけれど……本当に大丈夫かな? もし、追い返されたりしたら……」
「それはないと思うよ。とてもいい人だと聞いているし、事情を話せばきっとわかってくれるはずだ」

 ネイトはそう言うと、不安げに尋ねた私に向かって優しく微笑み返した。
 この数日間で、ネイトにはこれまでの経緯は全て話した。
 自分とリヒトが現世でも双子の姉弟として生まれ変わったこと。実の姉弟であるにもかかわらず、リヒトは前世からずっと私を愛し続けていたこと。私がその想いに気づけなかったせいでリヒトが病んでしまったこと。そして、私達姉弟が禁忌を犯してしまったこと──何もかも包み隠さず話したけれど、ネイトは薄々感づいていたらしい。

「大丈夫。もし駄目だったら、その時は他を当たればいいさ」
「う、うん……そうだね。受け入れてもらえるといいけれど……」

 気弱な返事をすると、ネイトは私の手を強く握り「きっと上手くいくよ」と励ましてくれた。

「そろそろ着きますよ、お客さん」

 御者の声に気づき顔を上げると、前方に緑豊かな農村が見えてきた。周辺には一面のネモフィラの花が咲き誇っており、まるで青い絨毯が敷かれているかのように錯覚してしまうほどだ。
 この村で働き手として雇ってもらえれば、暫くの間は身を隠していられる。本当はリヒトの手が及び難い国外にでも逃亡したほうがいいのだろうけれど……リアンの場合マスターを持つ者でないと国境を越えることすらままならないし、この際贅沢は言っていられない。





 村に到着すると、やわらかな風とともにふわっと花のいい香りが漂ってきた。
 周囲を見渡すと、到る所に色彩豊かな花々が確認できた。どうやら、この村は面積のほとんどが花畑になっているらしい。

「おひとついかがですか? お姉さん」

 背後から声をかけられ振り向くと、ブルネットの髪をひとつ結びの三つ編みにした素朴な少女がにこにこと微笑みながら一輪の青薔薇を差し出していた。
 少女が持っているバスケットには、沢山の青薔薇が詰め込まれている。風貌から察するに、この少女は花売りだろう。

「青い薔薇……ですか」
「綺麗でしょう? うちで育てている薔薇なんです。お姉さん美人だから、きっと髪飾りにしたら似合いますよ」

 そう言われ、薔薇を受け取った瞬間思い出したのはやはりリヒトのことだった。リヒトが青い薔薇を好んでいた──ただそれだけのことなのに、どうしても彼を連想してしまう。

「……」
「お姉さん……?」

 無言のままでいる私を怪訝に思ったのか、少女は顔を覗き込んできた。

「あ、ごめんなさい。つい、弟のことを思い出してしまって……」
「弟……?」

 不思議そうに聞き返され、慌てて口を噤む。今の私は逃亡中の身で、極力自分のことを隠さなければいけない状況だ。それなのに、うっかり怪しまれそうなことを口走ってしまった。
 一応、以前と同じように魔道具で髪の色を変え眼鏡をかけて変装しているけれど、正体がばれる可能性は無きにしも非ずだ。

「いえ、なんでもないです。この薔薇、一輪頂いてもよろしいですか?」
「ええ、勿論ですよ。お買い上げありがとうございます!」

 嬉しそうにそう返した少女に、私は硬貨を一枚手渡す。
 軽く会釈をして向こうへ歩いていった少女の背中を見送っていると、村を探索していたネイトが戻ってきた。

「意外と早かったね」
「そんなに大きい村ではないからね。一応、それらしき屋敷は見つかったよ。たぶん、あの屋敷にマスターが言っていたご婦人が住んでいるんだと思う」

 ネイトが指さした方向を見ると、少し離れた所にこじんまりとした邸宅が見えた。私がつい先日までいたローズブレイド家の別荘よりも幾分か小さく見える。

「それじゃあ、早速訪ねてみましょう」
「ああ、そうしようか。ところで、その薔薇は……?」

 ネイトは私が先ほど買った青い薔薇を見るなり、そう尋ねてきた。

「さっき、ちょうどここを花売りさんが通りかかってね。綺麗だったから、つい買ってしまったの」

 そう答えた私は、手に持っている青薔薇をじっと見つめた。

「……リヒトはね、青薔薇が好きなの。だから、私に買ってくれる服も青薔薇をあしらったものが多くて──」

 そう言いかけた途端、私の言葉はネイトの不意打ちのキスによって遮られた。
 僅かに唇同士が触れるだけの軽いキスだったが、彼とは前世でも手を繋ぐ以上のことはしたことがなかったせいか酷く動揺してしまう。

「んぅっ!?」

 ネイトは私から離れると、一呼吸置き口を開いた。

「──そうやって、僕といてもすぐ弟の話をするところ。前世からの君の悪い癖だ」
「ネ、ネイトくん……?」
「前世でも現世でも、彼は君にとってかけがえのないたった一人の弟なんだろう? たとえどんな酷い仕打ちを受けたとしても、それは揺るがない。だからこそ、君はリヒトを憎みきれずにいるんだ。けれど──」

 そこまで言うと、ネイトはキッと眉を吊り上げた。

「彼が君に対してしたことは、決して許されることではない。法が許しても僕が許さないよ。弟を放っておけない気持ちはよくわかる。あんな酷いことをされても尚、心配なんだろう? でも、今はとにかく彼から逃げることだけを考えないと。だから、辛いかもしれないけれど……これからはなるべくリヒトのことを考えないようにするんだ。いいね?」

 私はいつになく気迫に満ちたネイトに驚きつつも頷く。すると、彼はさらに言葉を続けた。

「それと……僕は君を心から愛してる。この気持ちは前世からずっと変わらない。だから、これから先僕は命に代えてもセレスを守るよ」
「ネイトくん……ありがとう」

 ネイトの真摯な態度に心を打たれた私は、精一杯感謝の気持ちを伝えた。その途端、私達の間を一陣の風が吹き抜け、晴天の空に彩り鮮やかな花びらが舞い散った。

 ……ねえ、リヒト。あなたは今頃、必死になって私を捜しているのかな。でも、こうするしかなかった。きっとこれが最善の方法だったんだよ。
 たとえ遠く離れていても、私はあなたの幸せを一番に願っているから。だから、あなたには一日も早く私という呪縛から解き放たれてほしい。
 後ろ髪を引かれる思いでそう願うと、私はゆっくりと空を仰いだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...