堕ちる犬

四ノ瀬 了

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気持ち悪いなぁ~。これじゃ罰にならないじゃないか。

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美里は事務所の敷地の外まで林山たちを見送っていた。森の香りを含んだ爽やかな風が吹いていた。淀んだ地下室にいた後だと一層外の空気が気持ちがいい。このまましばらく風に当たり、ノアの散歩でもしてこようかと思ったところに、血生臭い嫌な臭いが漂ってきた。

「霧野さんは元気?」

すぐ後ろから耳障りな明るい声がして、間宮だとわかる。無視して足早に歩いた。すぐに後ろから乱暴に肩を掴まれ、彼の長い指のの先が、猛禽が獲物を捕らえるように肉に喰い込んだ。指の先は的確に腫れた痣を抉るように押し込んでいた。
自然と美里の眉間にはしわが寄り、長いため息でていった。一瞬だけ手が離れたかと思うと、彼が目の前に回り込んできてまた同じ個所を強い力で掴み上げた。振りほどこうとしても、余計に爪が深く食い込むだけだった。間宮の手首を掴んで顔を見上げた。
彼の背後から太陽がさして、暗くなった顔の中に嬉々とした瞳が二つ並んでいた。

「いきなりなんだ……離せよ、痛い。」
「そりゃあそうだろう。痛くしてるんだからね。」

彼を睨んだが、動じずにじっとりとした病んだ瞳でこちらを見下ろしている。手を剥がそうとすればするほど指は肉にくい込んでいく。全身に脂汗が流れ始めた。

「やめてくださいくらい言ってみれば。」
「絶対に嫌だな。……、」
身体を釘で打たれたような激痛が走り、息が荒くなっていく。間宮はそれを面白そうに見守っていた。
「立場をわきまえろよ……てめぇ。」
身をよじって離れようとすると今度は彼の空いていた左手が美里の顔面を平手で叩いた。
「いい加減にしろよ……」
「いつもお前をフォローしてくれる霧野さんも組長もいないんだ。俺に立場だとかそんな脅し聞くと思ってるの。別に俺は死ななければ何されたってかまわないんだよ。」

間宮はしゃべりながら徐々にゴミを見るような目つきにかわっていき、しばらく美里の方を見ていたが、急に全てに冷めたような飽き飽きした表情をして手を離した。それから彼はわざとらしい笑みを浮かべてしばらく黙っていた。次に口を開いた時は妙に優しげな口調になっていた。

「お前みたいな無能はね、はやくここを辞めて何処へでも好きな所へ行くべきだよ。アイツは俺のようにもうどうにもならない。考えてもみろ、どこに逃げるっていうんだ。アイツは死んだと思って無能で使えないお前だけ外へ逃げたらいいんだよ。」

「逃げる?何を言ってる、意味がわからない。まるで俺がいやいやここに居るみたいな物言いじゃねぇか。何も知らねぇくせに、俺に対して適当抜かすな三下野郎。」

「……。親切心で言ってあげているのに、どうしてお前も霧野さんも俺の言うことがわからないんだ?馬鹿だな。まぁ、お前らが馬鹿だからこんなことになったんだけど……。霧野さんは特に馬鹿だよな。はぁ、まあいいよ。次に奴を逃がすような真似や勝手に殺したりしてみろ、お前のそのムカつく顔を焼いてやる。」

「やれるもんならやれ、ブス。ブスの僻みを聞いてるのって最高な気分だな。もっと言っていいぞ。俺の気分をあげろ。」

間宮は口の中で「しね」と呟いているようだった。間宮はどちらかといえば悪い顔ではなかったが、コンプレックスや僻みの塊のような男には単純な煽りだけできいたようで、ついには目を向こうから逸らした。美里は自分の顔を見るたびに母親のことを思い出し、あまり自分の顔面を好んではいなかった。ずば抜けて良いかと言えばそうも思えず、昔の職場にはもっといい顔をした人間がいくらでもいた。いくら少しいい顔をしていたからといってこんなに瞳が濁った人間に、マトモな人間は継続して魅力を感じない、一瞬なら楽しいだろうが。それなりの顔つきというのはそれなりの武器になる。弱点にもなるが。間宮はバツが悪くなったような顔をして言った。

「……。で?、霧野さんは元気なのか?どうせ今回のせいでキツイことされてんだろ。お前のせいだぞ。お前がちゃんと見てないから霧野さんが余計な仕置きを受けることになる。俺が遊んでやる分が無くなるじゃないか。」
「はぁ?俺のせい?ふざけたこと言うな。アイツがわりいんじゃねぇか、今回のこともすべて。元気かだって?お前に教える義理は無いし、触らせたくないね。指一本。」

間宮を振り切るように足早に事務所の中に駆けこんだ。後ろから追ってくる様子は無いが、刺すような視線をいつまでも背中に感じていた。



携帯の画面は暗くなり、誰かの下半身が映っていた。誰かではなく自分の物であり、証明するように下半身は緩く、出された液体を感じ、以前よりずっと、意識して使ったことのなかった下半身の筋肉が動く感覚がした。
「……」
言葉が出なかった。治るんだろうか、これは。治るか治らないかでいえば、肉の拡張より刺青やピアスのことを心配すべきだが考えたり意識するほどに、二条と川名が己の身体を触り弄んだ記憶が蘇ってきて、激しい怒りとは反対に患部が反応し甘い痛みを与えてくるのだった。
「はぁ…はぁ…」
無音の地下室の中に霧野の息遣いと身体を動かす音だけが響いていた。胃のあたりが気持ちが悪く軽く姿勢を整えると嫌な音がして身体の奥からぬるくなった液体が零れ落ちていった。彼が戻ってくる音がした。

「しばらく休憩させてやろう。まだ患部も痛むんだろ。」

ノアを引き連れた美里が戻ってきた。彼はノアを入口の方に待たせ、霧野の方にゆっくり歩み寄ってくる。足取りは軽く、機嫌がよくなってきていることがわかった。
マスクが外されて、前に置かれたままになっていた携帯電話が回収された。彼は携帯を手に取ったと同時に「ははは」と感情のない声で笑った。

「お前、俺の携帯を触った上に舐めたな。指紋と唾液でぐちゃぐちゃだぞ。拘束されたままじゃろくに操作もできなかったろ。しまいには舌で指紋を消そうとし、いやもしくは舌で操作しようとしたのか?ご苦労なことだな。」
「……。」

美里が霧野の視界から消え、後ろからヒュンッ、ヒュンッと嫌な音がし始め、鳥肌が立ち身体がゾクゾクと身体の奥底から湧きたつような感覚を覚えた。

「だめじゃないか、そんなことしたら。陰部鞭打ちがまだ残ってんだろ。いい機会だからここで消化して川名さんに報告しておいてやる。動くなよ。出来立ての刺青やピアスに当たると酷いことになる。」

肉を弾くいい音がして、吐息とあきらめに近い嗚咽の混じった声が上がった。

「お前にしては一発目から情けない声を出すな。さっきのがそんなにきいた?」

鞭の先端が霧野の尻から性器のあたりを、つ、つ、と撫で「次はここだ」と言ってまた鞭が振り下ろされた。焼け、痺れるような痛みが下半身に直接与えられ、しびれは脳天をついて一部分が快楽となって、また吐息交じりの悲鳴が出る。意識しない間に、また下半身の緩やかな勃起、求めるような後孔の中の顫動が始まっていた。

「ん゛っ……ぁぁ…」
「余韻で喘いでんのか?、気持ち悪いなぁ~。これじゃ罰にならないじゃないか。」

そう言いながらも美里の声は高揚しており、鞭は同じ調子できっかり回数分つづけられ、すっかり赤く腫れあがった性器は勃起し、後孔は顫動によって先ほど出された大量の精液を一部吐き出し厭らしく濡れていた。耐えられた達成感で、霧野は無言のままさらに高まり、頭を伏せたまま震え、最悪な快楽に身を浸していた。傷跡を鞭の先端が優しく撫でていた。撫で上げられた性器は痛めつけられた直後にも拘らず、震えながら勃起していた。

「黙ってすっかり感じいってんのか?本当にお前は気持ちが悪いよ。何で今までこんなマゾを隠していたんだ?最初から分かってればもっと前からお前と遊んでやれたのに。まあ、動かず減らず口一つ叩かず、黙って耐えられたことは褒めてやるよ。どうだ、痛めつけられて良かったんだろ?」
「……べつに」
ヒュッと音がして、無言のまま再び衝撃が股間に打ち付けられ、悲鳴が上がった。

「『わん』だろ。わかってないようだから、同じ回数くれてやる。お前には身体で覚えさせるのが一番効くからな。俺の言うことくらいまともに聞けるようになれ。そうすればここから出せるんだ。出たいだろ?また、外の空気を吸いたいだろ。」

勃起しきったペニス、挟み上げられた陰嚢にさらに赤い線が何重にもはしり、腫れて最後の方は感覚がなくなったペニスは勃起する力を失って縮み上がり、霧野の身体の震えにあわせて惨めに震えていた。

「良かったか?」
「はぁ…‥っ、はぁ、わん゛、っ、!わん゛…ん…」
「泣くほどよかったか。そう。二回目もうまく耐えられ返事もできたから、ご褒美をやろう。腹が減っただろ?飯にしてやるから待ってろ。」

美里が視界の外で何かをしている間、霧野は蹲った姿勢のまま時に身体を震わせ、おかしくなってしまった性感帯の感覚の恐怖と、何も考えず気持ちよくなれば楽だという堕落した気持ち、屈辱的な気持ちが入交になって混乱の中で息を荒げていた。顔を軽く上げてみるとノアと目があった。彼は霧野と同じ視点で床に這って遊びたそうな目つきで舌を出して何も理解せずにこちらを無邪気に見据えていた。嫌な気分になった。

再び頭を下げると汚れた床に自分が顔面から垂らした液体が散っている。目に映る物すべてが不快だ。軽く目を閉じて呼吸を整えていく。鼻先を正常な食べ物の香りがくすぐり始めた。美里が作った前と同じメニューだとすぐにわかる。ドロドロして見た目は食べ物に見えないが、固形物を食べる余裕もない中では意外にも良い食事だった。強烈に腹が減ってくる。しかし悦んでいるところを見せるわけにもいかず、ひたすら黙って頭を下げていた。

「ほら、食っていいよ。」

目の前に出された物はやはり食べ物の見た目をしていなかったが、そのまま口に入れるとここ最近口の中に入ったものの中で最もまともな味がした。舌で皿を舐めとっていると彼が近づいてくる音がした。

「それだけじゃお前の無駄に大きい身体には足りないだろうから他にも栄養をやろう。お前のためにさっき作っておいた。これで倍栄養がとれるぞ、良かったな。」

嫌な予感がした。予感通り穢れた体内の中に管を挿入され点滴のようなどろどろした液体を流し込まれ、そのままプラグで栓をされ、また尻尾が下半身から伸びる羽目になった。自分が唸ってる声が聞こえはするが、離人感があり、自分から出た声だと思えない。

何も言う気が起きないし、今何か言ったところで余計に彼を刺激するだけだ。身体の中きゅるきゅると痛み、嫌なうずき方をする。患部に塗られた薬の効果も切れたわけでなく、性の余韻でむしろ悪化して、熱く痒いままで、もどかしく、何かを考えていられる余裕がもう無い。もう、わんわん吠えて、性的に自分を満足させてくれるように目の前の男に媚びてみようか。俯いているとすぐそばに屈んだ彼に顔を掴み上げられじっと見据えらえた。

「ああ、酷い顔だな。まるで恋人が死んだかのような顔をしている。」
「……。」
「……どうした?元気がないな、そうだ、お前が元気が出るようにゲームをして遊んでやろう。」

彼は手を離して、ポケットに手を入れた。

どうした?じゃねぇだろ…。誰のせいだと思ってるんだと思うと怒りのせいで少しだけ元気が出て、我ながら嫌な性格だと思った。またゲームだ。
彼は目の前の床に何かを置いた。軽く視線をあげるとガラケーが開かれて置かれていた。
 
「2分やるから好きなところに電話していいぞ。助けを呼んでみろよ。これならスマホと違って舌でうまくやれば操作できるだろ。」
「……。」
「やらないのか?別にお前に不利なことは何もない。俺はお前が無駄に必死こいてるところを見たいだけだからな。win-winじゃないか?じゃ、今から2分だから、好きにしろよ。」  

彼が携帯を軽く蹴ったせいで顔のすぐ下に携帯がやってきた。躊躇したが、せっかくのチャンスを無駄にする訳にもいかず、舌を出して携帯を操作した。舌は複数のボタンを同時に押したり、おそうと思ったボタンの隣を押したりとままならない。そうして時間を消化していく。

「あと1分だな。今のお前は物凄い惨めでいいぞ。見てて楽しい。」
  
唾液でヌメったキーをゆっくりと舌先で押し込んでいく。最初の1分である程度容量は掴んだ。ひとつでも間違えている時間はない、そうして10桁目の数字を打ち込んだ。

「終わりだ。」

取り上げられた携帯にはあと1桁で完成する電話番号が表示されていた。美里はそれを愉快そうにじっと見ていた。
 
「最後の1桁は?」
「………。」
「言えよ。人の言葉をしゃべっていいから。」 
「5だよ……。かけてみな。」
「は?何言ってんだよ、俺がかけたって意味ねぇだろ。」
「……好きにしろよ。俺はもう、休みたい……。休むと言ったってお前が俺の身体をおかしくしたせいで、ろくに休めないんだ、もういいだろ……。」

美里の許可を得る前に蹲るようにして体を横たえて天井を見ながら彼の顔を見た。彼は携帯の画面をじっと見ていたが、そのまま携帯を閉じてポケットにしまい込んだ。
 
「休みたがってるお前を休ませるのは、癪に障るが、お前の体調管理も俺の仕事だからな。いいよ、休ませてやる。お前の言う通り、今のお前は休息の間もずっと調教されているようなもんだからな。身体を疼かせ、いつでも誰にでも身体を差し出せるように準備でもしてろ。そうして役に立て。」

壁の方にひきづられていき、首から延びたリードと後ろ手にされた手枷から延びた鎖が壁に据え付けられた留め金に固定された。全身から酷い雄の臭いがし、身体がうずうずとし、肉が身体の中に刺し込まれたものをきゅうきゅうと締め付けてその形を感じていた。痛めつけられた傷さえ、余韻で温かく、妙な気持ちよさ、まどろみの中に落ちかけていた。

「風邪で熱でも出したような顔だな。」
「……。」
「なんだ、もう眠いのか?俺に身体をこんなにされて眠いとは。」

美里が何か言い続けていたが、意識がもたずそのまま、また深い眠りの中に落ちていく感じがした。
ここに来てから、よく眠れる。
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