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29 二人の時間
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別邸での時間はひどく穏やかに流れていた。
夫人の体調は想定されていたいくつかの懸念はあったものの、避暑を楽しむという点ではまずまずで、もっぱらシャルやナターシャ達とのんびりと過ごしたり、時折、領地に住む領民の顔馴染み達を招いてお茶会を楽しんでいた。
サブリナは、夫人と使用人達の余計な気遣いから夫人の世話からはなんとはなしに外され、オーランドと過ごすことが増えていた。
夫人の午前と午後、就寝前のマッサージが終わると必ずオーランドが迎えに来る。
二人きりで散歩したり、ボート遊びをしたり、乗馬やピクニックをしたり、図書室で本を読んだりカードゲームをしたりと、ごく普通の恋人同士のような時間を過ごしていた。
今のサブリナはこの状況を、もはやダメだと戒めることが出来ない。罪深いことだと思っていても、ここにいる間は、気持ちを告げることは決してしないが、彼への想いに素直に浸ろうと決めていた。
夫人の心遣いとオーランドの優しさに甘えることにしたのだ。
「ここにもある」
彼が覗き込んで指差している場所をサブリナも背中越しに覗き込んだ。
「え?どこ?見えない・・・」
「ほら、ここだ」
オーランドが振り返ってサブリナの肩を前に引き寄せる。そうすると、低木にたわわに実ったクロスグリの実が視界に飛び込んでくる。
「本当に!こんなところにこんなにたくさん!!」
黒くツヤツヤとした食べ頃のクロスグリにサブリナは感嘆の声を上げた。
今日は湖畔から少し森に入った、夫人の言う「秘密の場所」に連れてきてもらっていた。
ウィテカー公爵領は広大な上に、豊かな自然に恵まれている。王都に連なって交通の便も優れている上、農産や牧畜が活発で市場などでの商業も盛んだ。
王都の公爵家からそれほど遠くないこの森と湖を中心とした別邸は元々はウィテカー公爵の母親、つまり先代王妃がこよなく愛した場所をそのまま大切に守り管理するためにウィテカー公爵が引き継いだ。
夫人が言っていた通り、オーランドや現王太子妃のナディアが幼い頃は、季節が変わるごとに、この別邸で過ごし社交もここで行っていたそうだ。国王陛下や王妃、王太子達も良く遊びに来ていたらしい。
そんな夫人のこの地に対する思い出や愛情を抜きにしても、この森はひどくサブリナの心を浮き足立たせる。
種類豊富な野草や花があちらこちらに生えているからだ。
オーランドが持ってくれている籠にクロスグリの実を摘んでいく。ほどなくいっぱいになったところで、今度はまぁ!と声をまた上げた。
「すごい!!ハッカやカンゾウ、ニッケイまで自生している!」
「君なら喜ぶと思った」
オーランドはサブリナが地べたにしゃがみ込み、様々な草花を手に取り匂いを嗅いでいる彼女の姿を優しい眼差しで見つめながら言う。
「ええ、本当に素晴らしいです」
ワクワクする気持ちでサブリナはそれらを夫人のために摘んでいく。
ハッカは水に入れてさっぱりした熱い時季の飲み物に、ニッケイは夫人の好きな焼き菓子に入れよう、とあれこれ考える。
久しぶりの自然の感触に我慢しきれず、大地に触れたくなって、サブリナは靴を脱ぎ捨てると地面に這いつくばりながら、野草達に触れていった。
「また靴を脱ぐのか」
苦笑しながら言うオーランドを肩越しに振り返るとサブリナはイタズラっぽい顔をして答えた。
「土や草の感触は心も身体も癒してくれます。オーランド様もその短靴を脱がれてはいかがですか?」
別邸に来て共に過ごす時間が増えるに連れ、二人の間は9ヶ月目にして、以前のような堅苦しさが抜け始めていた。サブリナが壁や距離を作ることをやめてしまったせいだ。接する距離はもう恋人のような近さだ。
それを夫人はもちろん微笑ましく見ていて、事情を知る使用人たちは静かに見守っている。
「俺は脱がない。こっちで癒される」
彼はそう言うと、サブリナの腕を掴み抱き起すと草むらに座らせる。籠を傍に置くとオーランドはゴロリとサブリナの膝に頭を乗せて寝転がった。
彼の頭の重みを膝に感じてサブリナは顔を赤らめる。初めて膝枕をしたあの日以来、彼は事あるごとに場所を選ばず、サブリナの膝枕を求めるようになった。
居間や図書室のソファーはもちろん、屋外の四阿や湖畔の辺りでも人目を憚らない。
拒否すれば良いのに、シャルにどんなに嫌味を言われても、サブリナはここにいる間は・・・とずるい理由を言い訳にして、彼の行為を許してしまっている。
・・・その言い方は正しくない、自分もオーランドの膝枕を喜んでいて、してあげたいのだから。
目を瞑ったオーランドの眉間やこめかみのあたりをサブリナは優しく揉み解す。
ここ数日、彼は王太子と父親の宰相から呼ばれて王都に戻っていた。いくらタフな二十歳の青年といえど疲労が滲んでいるように見える。
彼はサブリナのマッサージを心地良さそうに受けている。しばらくして呟いた。
「サブリナは良い香りがするな」
「匂いですか?ああ、草花の香りですね」
クロスグリを始めたくさんの草花に触れたからその匂いだろう、とうっすら笑うとオーランドは眼を開けた。
「それもあるが、いつも良い香りがする」
漆黒の瞳が木々の間から差し込む光で煌めく。その瞳に見つめられると胸がドキドキするのにはもう慣れた。
「どんな匂いでございますか?」
彼がサブリナの頬に手を伸ばす。すっかり馴染みとなったその感触にサブリナはただうっとりと身を任せる。
オーランドは半身を起こすと、そっとサプリかな首元に顔を埋めた。
「ぁっ!?」
ヒヤリと冷たいのに生暖かい感触が首筋を這って、サブリナは小さく声を上げた。
彼の腕が腰と背中に回りゆっくりとのしかかるように押し倒される。
草の感触が背中にあたるのにサブリナは彼を押し返すことが出来ず、戸惑ったままオーランドの胸にかたちばかりの抵抗の手を押し当てる。
彼はサブリナの襟元を乱して唇を押し当てることに耽溺していたが、やっと顔を上げると鬱蒼とした茂みのような暗い瞳でサブリナを見下ろして呟いた。
押し当てた手から彼の鼓動が伝わってくる。ドクドと少し速いその音にサブリナは首を傾げた。
「サブリナは甘くて・・・そして自由の香りがする・・・」
「え?」
自由の香り?
「それはどういう・・・?」
聞き返そうとした瞬間、オーランドの唇が額に触れて、すぐに鼻先を掠め唇に押し当てられる。二人の間ではもはや許してしまったその行為に束の間、サブリナは溺れた。
ひとしきりサブリナの口腔を堪能したーオーランドはサブリナの顔の両側に肘をついて、彼女の赤く染まった顔を見下ろすと、続きを言葉にした。
「君は揺るぎない信念を持って、自分の脚で立っている」
また唇にそれを押し当てられて、舌先で上唇を舐められる。
「なにものにも縛られず、枷を持たず、思うまま飛んでいってしまいそうだ」
熱に浮かされたようなとろりとした甘い表情でそんなことを言われて、サブリナは戸惑ってしまう。今日の彼はとても熱っぽく触れてくる。
この国の貴族令嬢とすれば、なんとも微妙な言葉だが、自分にとってはとても嬉しい褒め言葉だ。
サブリナは令嬢でも年若い娘でもなく、一人の人間として、看護者として生きていこうと決めているから。
彼がどうしてそんなことを急に言い出したのか分からず、サブリナはオーランドの腰に手を添えるとありがとうございます、と彼の顔を見返して微笑んだ。
オーランドははぁと熱のこもった吐息を吐くと、サブリナの胸元に顔を埋める。
「俺はずっと籠の鳥だ・・・父上の力が無ければ何もできない・・・無能だ」
「・・・オーランド様・・・」
急に紡がれた弱々しい彼の言葉に、サブリナは虚を突かれた。なんて答えたら良いのか分からない。先日から彼はこんな風に自分の中の葛藤を口に出して、弱さを曝け出す。
サブリナが自由だなんて、それこそとんでもない勘違いだ。この国の嫁ぎ遅れの貴族の娘に自由などない。オーランドにそう見えているのであれば、それはサブリナが「この国の普通」を諦めている結果だ。
だが、そんなこと彼には言うつもりもないし、理解してもらうつもりもない。
自分にだけ気を許してくれている証なのか、母親にすら言えないから、その代わりなのか・・・そんな風に思いながらも、サブリナは夫婦の振りを演じている間は、そのオーランドの弱さも受け止めたかった。
少しは彼の心が軽くなるようなことを・・・そう思って、自分の胸にまだ顔を埋めたままの彼の頸に手を触れた時だった。
ハッとすると慌てて、サブリナは身体を起こした。彼はまだ自分の身体にもたれている。
そう、抱きしめてるのではない、ぐったりともたれているのだ!
「オーランド様っ!!ご気分が悪いのではないですか?」
慌てて額と首筋を触ると、とても熱い。
やだっ!!熱があるっ!?
そう言えば、さっき吐き出した息も熱っぽかった。
きっとここ数日の激務から体調を崩したのだろう。我慢していたのか、体調の悪さに鈍感なのか・・・?
そう声をかけると、彼はとろんとした眼を向けた。
「そんなことはない・・・」
「そんなことはありますっ!!」
サブリナはなんとかオーランドから身体を離すと、彼を木にもたれさせる。自分が羽織っていたショールで首周りを包み、座るために持参していたブランケットを彼の体に巻きつけた。
額に自分のそれをくっつけると明らかに熱が上がっているようだ。
「森番を呼んで参りますから、ここで待っていてください」
そう言い置いて立ち上がろうとしたその時
「きゃっ!!」
手首を掴まれて、引き戻される。彼の膝の上に尻餅をついてしまった。彼の顔を見つめると、いつになく頼りない表情のオーランドがいて。
「嫌だ・・・行くな・・・」
甘えるような声音にサブリナの心も揺れる。一時たりとも彼から離れたくない。
でも二人でずっとこのままではオーランドの体調が悪化しかねない。自分に体格差のあるオーランドを運ぶことは無理だ。
サブリナはふっと身体の力を抜いた。そっと彼の唇に自分のそれを重ねる。オーランドにされたように彼の上唇を舐め下唇を食む。流石に舌を入れることは恥ずかしくて出来なかった。
顔をゆっくり離すと驚きに呆然としたようなオーランドがいて。ふっと笑みを溢すとサブリナは自分の手首を掴むオーランドの手に自分のそれを重ねると、幼児に言い聞かせるように告げた。
「すぐに戻りますから。良い子でお待ちくださいね」
その言葉に不機嫌そうに顔を歪めたものの、気力はそこまでだったのか、オーランドは微かに頷くと、目を閉じた。
夫人の体調は想定されていたいくつかの懸念はあったものの、避暑を楽しむという点ではまずまずで、もっぱらシャルやナターシャ達とのんびりと過ごしたり、時折、領地に住む領民の顔馴染み達を招いてお茶会を楽しんでいた。
サブリナは、夫人と使用人達の余計な気遣いから夫人の世話からはなんとはなしに外され、オーランドと過ごすことが増えていた。
夫人の午前と午後、就寝前のマッサージが終わると必ずオーランドが迎えに来る。
二人きりで散歩したり、ボート遊びをしたり、乗馬やピクニックをしたり、図書室で本を読んだりカードゲームをしたりと、ごく普通の恋人同士のような時間を過ごしていた。
今のサブリナはこの状況を、もはやダメだと戒めることが出来ない。罪深いことだと思っていても、ここにいる間は、気持ちを告げることは決してしないが、彼への想いに素直に浸ろうと決めていた。
夫人の心遣いとオーランドの優しさに甘えることにしたのだ。
「ここにもある」
彼が覗き込んで指差している場所をサブリナも背中越しに覗き込んだ。
「え?どこ?見えない・・・」
「ほら、ここだ」
オーランドが振り返ってサブリナの肩を前に引き寄せる。そうすると、低木にたわわに実ったクロスグリの実が視界に飛び込んでくる。
「本当に!こんなところにこんなにたくさん!!」
黒くツヤツヤとした食べ頃のクロスグリにサブリナは感嘆の声を上げた。
今日は湖畔から少し森に入った、夫人の言う「秘密の場所」に連れてきてもらっていた。
ウィテカー公爵領は広大な上に、豊かな自然に恵まれている。王都に連なって交通の便も優れている上、農産や牧畜が活発で市場などでの商業も盛んだ。
王都の公爵家からそれほど遠くないこの森と湖を中心とした別邸は元々はウィテカー公爵の母親、つまり先代王妃がこよなく愛した場所をそのまま大切に守り管理するためにウィテカー公爵が引き継いだ。
夫人が言っていた通り、オーランドや現王太子妃のナディアが幼い頃は、季節が変わるごとに、この別邸で過ごし社交もここで行っていたそうだ。国王陛下や王妃、王太子達も良く遊びに来ていたらしい。
そんな夫人のこの地に対する思い出や愛情を抜きにしても、この森はひどくサブリナの心を浮き足立たせる。
種類豊富な野草や花があちらこちらに生えているからだ。
オーランドが持ってくれている籠にクロスグリの実を摘んでいく。ほどなくいっぱいになったところで、今度はまぁ!と声をまた上げた。
「すごい!!ハッカやカンゾウ、ニッケイまで自生している!」
「君なら喜ぶと思った」
オーランドはサブリナが地べたにしゃがみ込み、様々な草花を手に取り匂いを嗅いでいる彼女の姿を優しい眼差しで見つめながら言う。
「ええ、本当に素晴らしいです」
ワクワクする気持ちでサブリナはそれらを夫人のために摘んでいく。
ハッカは水に入れてさっぱりした熱い時季の飲み物に、ニッケイは夫人の好きな焼き菓子に入れよう、とあれこれ考える。
久しぶりの自然の感触に我慢しきれず、大地に触れたくなって、サブリナは靴を脱ぎ捨てると地面に這いつくばりながら、野草達に触れていった。
「また靴を脱ぐのか」
苦笑しながら言うオーランドを肩越しに振り返るとサブリナはイタズラっぽい顔をして答えた。
「土や草の感触は心も身体も癒してくれます。オーランド様もその短靴を脱がれてはいかがですか?」
別邸に来て共に過ごす時間が増えるに連れ、二人の間は9ヶ月目にして、以前のような堅苦しさが抜け始めていた。サブリナが壁や距離を作ることをやめてしまったせいだ。接する距離はもう恋人のような近さだ。
それを夫人はもちろん微笑ましく見ていて、事情を知る使用人たちは静かに見守っている。
「俺は脱がない。こっちで癒される」
彼はそう言うと、サブリナの腕を掴み抱き起すと草むらに座らせる。籠を傍に置くとオーランドはゴロリとサブリナの膝に頭を乗せて寝転がった。
彼の頭の重みを膝に感じてサブリナは顔を赤らめる。初めて膝枕をしたあの日以来、彼は事あるごとに場所を選ばず、サブリナの膝枕を求めるようになった。
居間や図書室のソファーはもちろん、屋外の四阿や湖畔の辺りでも人目を憚らない。
拒否すれば良いのに、シャルにどんなに嫌味を言われても、サブリナはここにいる間は・・・とずるい理由を言い訳にして、彼の行為を許してしまっている。
・・・その言い方は正しくない、自分もオーランドの膝枕を喜んでいて、してあげたいのだから。
目を瞑ったオーランドの眉間やこめかみのあたりをサブリナは優しく揉み解す。
ここ数日、彼は王太子と父親の宰相から呼ばれて王都に戻っていた。いくらタフな二十歳の青年といえど疲労が滲んでいるように見える。
彼はサブリナのマッサージを心地良さそうに受けている。しばらくして呟いた。
「サブリナは良い香りがするな」
「匂いですか?ああ、草花の香りですね」
クロスグリを始めたくさんの草花に触れたからその匂いだろう、とうっすら笑うとオーランドは眼を開けた。
「それもあるが、いつも良い香りがする」
漆黒の瞳が木々の間から差し込む光で煌めく。その瞳に見つめられると胸がドキドキするのにはもう慣れた。
「どんな匂いでございますか?」
彼がサブリナの頬に手を伸ばす。すっかり馴染みとなったその感触にサブリナはただうっとりと身を任せる。
オーランドは半身を起こすと、そっとサプリかな首元に顔を埋めた。
「ぁっ!?」
ヒヤリと冷たいのに生暖かい感触が首筋を這って、サブリナは小さく声を上げた。
彼の腕が腰と背中に回りゆっくりとのしかかるように押し倒される。
草の感触が背中にあたるのにサブリナは彼を押し返すことが出来ず、戸惑ったままオーランドの胸にかたちばかりの抵抗の手を押し当てる。
彼はサブリナの襟元を乱して唇を押し当てることに耽溺していたが、やっと顔を上げると鬱蒼とした茂みのような暗い瞳でサブリナを見下ろして呟いた。
押し当てた手から彼の鼓動が伝わってくる。ドクドと少し速いその音にサブリナは首を傾げた。
「サブリナは甘くて・・・そして自由の香りがする・・・」
「え?」
自由の香り?
「それはどういう・・・?」
聞き返そうとした瞬間、オーランドの唇が額に触れて、すぐに鼻先を掠め唇に押し当てられる。二人の間ではもはや許してしまったその行為に束の間、サブリナは溺れた。
ひとしきりサブリナの口腔を堪能したーオーランドはサブリナの顔の両側に肘をついて、彼女の赤く染まった顔を見下ろすと、続きを言葉にした。
「君は揺るぎない信念を持って、自分の脚で立っている」
また唇にそれを押し当てられて、舌先で上唇を舐められる。
「なにものにも縛られず、枷を持たず、思うまま飛んでいってしまいそうだ」
熱に浮かされたようなとろりとした甘い表情でそんなことを言われて、サブリナは戸惑ってしまう。今日の彼はとても熱っぽく触れてくる。
この国の貴族令嬢とすれば、なんとも微妙な言葉だが、自分にとってはとても嬉しい褒め言葉だ。
サブリナは令嬢でも年若い娘でもなく、一人の人間として、看護者として生きていこうと決めているから。
彼がどうしてそんなことを急に言い出したのか分からず、サブリナはオーランドの腰に手を添えるとありがとうございます、と彼の顔を見返して微笑んだ。
オーランドははぁと熱のこもった吐息を吐くと、サブリナの胸元に顔を埋める。
「俺はずっと籠の鳥だ・・・父上の力が無ければ何もできない・・・無能だ」
「・・・オーランド様・・・」
急に紡がれた弱々しい彼の言葉に、サブリナは虚を突かれた。なんて答えたら良いのか分からない。先日から彼はこんな風に自分の中の葛藤を口に出して、弱さを曝け出す。
サブリナが自由だなんて、それこそとんでもない勘違いだ。この国の嫁ぎ遅れの貴族の娘に自由などない。オーランドにそう見えているのであれば、それはサブリナが「この国の普通」を諦めている結果だ。
だが、そんなこと彼には言うつもりもないし、理解してもらうつもりもない。
自分にだけ気を許してくれている証なのか、母親にすら言えないから、その代わりなのか・・・そんな風に思いながらも、サブリナは夫婦の振りを演じている間は、そのオーランドの弱さも受け止めたかった。
少しは彼の心が軽くなるようなことを・・・そう思って、自分の胸にまだ顔を埋めたままの彼の頸に手を触れた時だった。
ハッとすると慌てて、サブリナは身体を起こした。彼はまだ自分の身体にもたれている。
そう、抱きしめてるのではない、ぐったりともたれているのだ!
「オーランド様っ!!ご気分が悪いのではないですか?」
慌てて額と首筋を触ると、とても熱い。
やだっ!!熱があるっ!?
そう言えば、さっき吐き出した息も熱っぽかった。
きっとここ数日の激務から体調を崩したのだろう。我慢していたのか、体調の悪さに鈍感なのか・・・?
そう声をかけると、彼はとろんとした眼を向けた。
「そんなことはない・・・」
「そんなことはありますっ!!」
サブリナはなんとかオーランドから身体を離すと、彼を木にもたれさせる。自分が羽織っていたショールで首周りを包み、座るために持参していたブランケットを彼の体に巻きつけた。
額に自分のそれをくっつけると明らかに熱が上がっているようだ。
「森番を呼んで参りますから、ここで待っていてください」
そう言い置いて立ち上がろうとしたその時
「きゃっ!!」
手首を掴まれて、引き戻される。彼の膝の上に尻餅をついてしまった。彼の顔を見つめると、いつになく頼りない表情のオーランドがいて。
「嫌だ・・・行くな・・・」
甘えるような声音にサブリナの心も揺れる。一時たりとも彼から離れたくない。
でも二人でずっとこのままではオーランドの体調が悪化しかねない。自分に体格差のあるオーランドを運ぶことは無理だ。
サブリナはふっと身体の力を抜いた。そっと彼の唇に自分のそれを重ねる。オーランドにされたように彼の上唇を舐め下唇を食む。流石に舌を入れることは恥ずかしくて出来なかった。
顔をゆっくり離すと驚きに呆然としたようなオーランドがいて。ふっと笑みを溢すとサブリナは自分の手首を掴むオーランドの手に自分のそれを重ねると、幼児に言い聞かせるように告げた。
「すぐに戻りますから。良い子でお待ちくださいね」
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