ハードボイルド探偵・篤藩次郎(淳ちゃん)

黒猫

文字の大きさ
10 / 63
Vol.1『ファムファタ女と名探偵』

ハードボイルドかく語りき

しおりを挟む
 午後からエステの予約があるから、と彰子は帰ろうとしたが、昼時だしここでついでに食べていけと引き留めた。とは言っても家(事務所)にはろくな食料があるでもなく、松屋をデリバリーで頼んだ。味噌汁がついてなかったが、家(事務所)にぴったり三人分のハナマルキがあった。私がやるわ、と彰子が湯を沸かしてお椀に味噌汁を作ってくれた。家庭的なところもあるんだなと感心したら、お前のぼせすぎと由紀奈に蹴られた。食後の一服をくゆらせてる間に、彰子は少し慌てた様子で出ていった。「またね」との言葉を残して去りゆく彼女の後ろ姿を、俺はリビングの窓から見えなくなるまで眺めてた。
「ほら、プリントアウトしたんだから、ちゃんと見る!」
 由紀奈が俺を現実に引き戻す。彰子の資料を紙にしてくれた。例のブラ画像は、ご丁寧に彰子部分が切り抜かれていた。形だけが彰子の、白い平らなシルエットになってしまった。パンツも消されてた。ブラジャーだけが、そこに浮かんでいた。
「黒ブラか……」
 肌色要素は一切無かった。それでも俺は、想像力で補う努力を忘れなかった。輪郭だけでもわりと捗るもんだ。
「悪あがきやめなよ。それよりこっち見なって」
 由紀奈がそう言って示したほうの紙には、ターゲットの詳細が顔写真つきでずらずらと記されていた。
「ほう……別れた男の事なのに、こんな綺麗に纏めてきたのか。意外とマメだなあ、彰子ちゃんは」
「それ纏めたのあたしなんだけど」
「あ、そうなんですか」
「SDの中身、手書きのPDFとかメモ書きの写真とか、色々ごちゃごちゃだったから。けっこー大変だったんだよ? てかそれよりちゃんと中身読みなよ」
「あ、そうだったんですか。ふーむ、すると、俺の彰子ちゃんは、むしろズボラ、と。それはそれで意外だなあ」
「何、さっきからずっと彰子ちゃん彰子ちゃんって。ウザい」
「いやいや、これは大事なことなんですよ、由紀奈ちゃん。どんな仕事でも、依頼人の言ってる事だけ聞いてるんじゃ、駄目なんだ。事件ってやつはみんな、表に見えるよりもっと遥かに深い背景があるからな。こうやって依頼人の性行を掴んでおくのは、全貌を把握するためのむしろ前提条件と言っていい。依頼を遂行して問題を解決するには、絶対に必要なことなんですよ、由紀奈ちゃん」
 どうだ。俺だってたまには探偵らしいこと言えるんだ。
「ふーん。まーそれはそうなんだろーけど、淳ちゃん今だいぶ私情入ってるよね。てか私的興味。ちょっと気持ち悪いよ。いや、だいぶ。あとあたしにちゃん付けすんな。きもい」
「由紀奈はどうだ? 彰子ちゃんは、お前から見てどう思う?」
「ん、まー事務とかやってる感じじゃないよね。でもズボラって気はしないけどなー。色々完璧だし」
「色々とは?」
「やー、普通にメイクとかネイルとかコーデとか? うん。それ全部もって、」
「可愛いよな」「かっこいーよね」
「お、珍しく見解の一致をみたな」
「一致してない。ウザい。まーあの人きっと普段バリバリ働いてんだよ。そんで男バリバリ食ってんだよ。いーなー、あたしもあーなりたい」
「頑張れ」
「おい今ちょっと見下しただろ」
「十年頑張れ」
「殺すぞ」
 我がハードボイルド探偵事務所は、隔週で日曜も営業している。この日はあとは由紀奈に任せて俺は寝た。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...