ハードボイルド探偵・篤藩次郎(淳ちゃん)

黒猫

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Vol.2『裸のボディガード』

ボディガード勝利する

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 ここ数日の事とは言うものの、幹彦と絡むのは常に夜の公園の暗い中だったから、こうして昼間に遭遇するのはかなり意外な気がした。まるで夢の中身が現実に出てきたかのような、どうにも妙な心地だ。まあ、何事にも動じないのはハードボイルドの礼儀だ。ここはひとつ、紳士ジェントルメンの手本を示してやろう。
「何しに来やがった」
「ひっでー。かわいい弟子が来てやったってのに」
「来いとはひと言も言ってないだろう」
「あ、やっぱり緊張してるね、師匠。身体測定、まだなんだね?」
「ああ、まだだが」
「なにー? 淳ちゃん、ししょーって。笑うんだけど」
 幹彦は夜中と変わらぬジャージ姿だった。こんな格好で外を出歩くのが許されるのは、中学生くらいまでなもんだ。
「幹彦お前、学校はどうした」
「テスト期間。早く終わったんだよ」
「その格好はなんだ」
「ししょー」
「走ってきたんだよ」
「どうしてここがわかった」
「師匠、探偵だって言ってたから調べた。探偵事務所なんてそうそう無いから一発だったよ」
「ししょー」
「勉強はいいのか」
「あーうっさいなあ。親かっての」
「ししょーだねー」
「そうだ。俺はお前の師匠だからな。由紀奈うるさいぞ黙れ」
「いつの間に弟子とったのー、淳ちゃんししょー! 中学生? かわいー」
「お綺麗なお弟子さんですこと! 女の子みたいですわ!」
「おいお前ら。男に向かってそういうことを言うもんじゃない。こいつは――」
「いいよいいよ、師匠。慣れてるから。僕はね、立原幹彦。お姉さんたちは? お客さん?」
 そう言いながら幹彦は応接スペースへつかつかと歩を進め、由紀奈たちに並ぶように、ぽすっとソファへ腰を下ろした。
「ええ! 依頼人ですわ!」
「あたしは身内だよー。あ、助手って言えばいっか」
 俺は正直驚いた。幹彦は可愛いだの女子みたいだの言われて明らかに顔を曇らせたが、それでも年上の女相手にまったく怖じけること無く、逆に自分から絡んでいくとは。俺がこのくらいの歳だった頃なんて、女なんか恐怖の対象でしかなかったぞ? ああ、苦い思い出がよみがえる……。
「じゃあ、お嬢のお姉さんが身体測定をやるんだね?」
「なっ!?」
「はッ!?」
「んげ!」
「どうしてそれを知っていますの!?」
 しまった、と思った。
「淳ちゃんなに言いふらしてんだよ。さいてーだな。なにがししょーだ」
 これは俺のミスだ。依頼の事をうっかり幹彦に話したのがこんな形でバレるとは。だが俺は負けない。ハードボイルドは、反省を重ねて強くなるんだ。
「まあいいじゃないか。それよりも、この一週間の成果を見てくれ。覚悟はいいか?」
「流そうとすんなー」
「わたくしは構いませんわ」
「いーのかよ」
「わたくし個人ではなく、美術部としての依頼ですし、そもそも、それほどたいしたことではありませんもの」
「あーね。まーこっち側の問題として? ちょっと淳ちゃんにはお仕置きしないとだなー」
「あの……なんだか、ごめんなさい……守秘義務っていうんだよね、そういうの……」
「全然! 大丈夫ですわ! ああ、そんなお顔をなさらないでくださいまし! 甘ぁいマスクが台無しです!」
「そーいう顔あたし好きかも。かわいー」
「え……」
「あー照れてる。かわいー」
「キュンキュンしますわ!」
「あのう……こっちを……俺を見てくれませんか……?」
 ハードボイルドよ、強くあれ……!
「なんだよ」
「この一週間の成果をだな」
「あら、そういえば……そうでしたわね! では、参りますわ!」
 そう言って立ち上がろうとする優希絵を、俺はパーにした左手で制止した。そうだ。いよいよ、俺の秘策を発動させる時が来た!
「触られるのも嫌いじゃないが……見てもらったほうが早いだろう!」
 俺は服を脱いだ。ジャケットは前を開けておいたし、シャツのボタンは二つしか留めないでいた。ベルトも省いて、ズボンは筋肉で支えていた。今、それらを脱ぎ捨て、俺は自らの肉体を解放する。腹筋に力を込め、精一杯の見栄を張る。
「「ぎゃーーっ!」」
 黄色い声援が、広い事務所にこだました。
「うわー……」
 大丈夫だ、心配無い。万一の事故に備え、パンツは二重に穿いてある。そして、この秘策のポイントはこうだ。体脂肪率を数字で測られてはどうにも不利だ、しかし、こうして脱いでしまえば、優希絵は手出しできまい。かつ、この俺の肉体美をもって視覚へ先制パンチを入れてしまえば、ヌードデッサンのモデルなど二つ返事で、もとい、向こうから首を縦に振って飛びついてくるはずだ。俺の自慢の広背筋は、この時のためにあったのだ……!
「わ、わかりましたわ! 貴方にお願いいたします! で、ですから、早く服を着てくださいまし!」
 よし、合格した。作戦成功。ちょろいもんだ。
「はいはい良かったねー淳ちゃん。おら、あっち行けー!」
 由紀奈は俺の服を雑に拾い上げ、それらをそのまま押し付けた上から服越しに俺を突き飛ばし、プライベートスペース(住居部)へ押し込んで、バゴンとドアを閉めた。
「次そんなことしたら本気で殺すからなー!」
 どうせデッサンの本番で見ることになるのにな? それに、由紀奈は俺の体なぞ、何度も見てるくせにな……まあいい。ともかく、こうして、俺は勝利を収めた。



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