ハードボイルド探偵・篤藩次郎(淳ちゃん)

黒猫

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Vol.3『なりそこないのサンタクロース』

サンタクロースとゴーインなセンパイ

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 次の日。授業が終わって、あたしは美術室に行ってみた。はしかみセンパイに会うためだ。
「あら、唄野ばいのさんじゃありませんこと! ごきげんよう!」
「はいごきげんよー。センパイさ、降矢哲広って、知ってる?」
 美術部の部長だもん、きっと知ってるよね。
「知りませんわ!」
 即答かよ。
「即答かよ」
「唄野さん、どうしたんですの? ひょっとして、新しいヌードデッサンモデルをご紹介していただけるとか、そんなお話でしょうか? その方はマッチョなんですの?!」
「ちげーし。ガリガリだしむしろ描くほーだし。画家なんだよ、その人。だから、センパイ知ってるかなって思ったんだけど」
「あなや! 絵描き屋さん! でも、やはり存じ上げませんわ! 唄野さんはどこで、その方のお名前を?」
「ん、まあ……なんか、たまたま知り合ったっていうか……」
「あら! ナンパですの? 不純ですわ!」
「ちげーし。やー実は、今受けてる依頼……あ、いや、なんでもない」
「依頼人さんですの?」
「う……」
「では、この辺りにお住まいですの?」
「はい……」
「俄然、興味が湧いて参りましたわ! どんな絵をお描きになりますの?」
「どんな、って……あー、キャンバスがいっぱいあった」
「では油彩ですわね! よろしい! いざ参りましょう!」
「え、うっそ。なんでそんな話になんの」
「ほらほら! 案内してくださいまし~」
 守秘義務ってもんがあるってのに、困ったな……まーでも、依頼の内容を言いふらしたわけじゃないし、たかが住所個人情報くらい……と、あたしは恐る恐る、降矢さんに電話したのだった。

 降矢さんは、センパイを降矢さんちに連れてくのオッケーしてくれた。なので、センパイとあたしは、学校の購買で売れ残ってたパンとか買って、降矢さんのとこへ向かった。もちろん、執事の芳賀さんもスッと現れて一緒についてきた。部長のくせに部活はいいのかよ、って思ったけど、これも部活動の一環ってことなんだろうな、センパイの中では。
 というか、なんではしかみセンパイのとこに行ったのかっていうと、そのそもそもは、ゆうべ『イヴ』ちゃんこと雪永舞依さんを、さっそく由紀奈ちゃん情報網ネットを駆使して調べたけど、なんにも出てこなかったから。
 うん。普通は名前だけでも色々出てくるもんなんだけど。なんかちょっとおかしい気がするんだけど。
 なもんで、とりあえずネットの方は置いといて、こうやって「生きてる情報」を集めようと思ったってわけだ。「探偵は足」って言うからね。まー実際は、九割九分が無駄足になる。なるからこそ、この格言があんだよね。つまり、あきらめんなってこと。九割九分はちょっと盛った。
 で、淳ちゃんは、っていうと、警察のほうを当たってくれてる。イヴちゃんの失踪、単に降矢さんの前からいなくなっただけなのか、もしかしたら事件性があるんじゃないのか、とか言い出して。一年前に、そういう誘拐事件みたいなの起こってたりしてないかって。警察の持ってる情報探るのって、さすがのあたしでも結構ハードだから、そっちは淳ちゃんにお任せした。そう、彰子さんっていうパイプがあるから。彰子さん。うん、彰子さん。まあいいや。

 降矢さんちに着いてみると、彼はアトリエで作業してた。あたしの言いつけ通り、絵を描き始めたっぽい。イーゼルにまっさらなキャンバスが架かってた。
「うわ。けっこーでかいね。でかい。まじか」
「さすがプロですわ!」
「…………」
 かわいいJKが二人も来てんだから、もっと嬉しそうな顔してもいいのにな。降矢さんは相変わらず無口でどんよりしてた。淳ちゃんだって、もうちょいはしゃぐぞ。
「何をお描きになりますの?」
「お、そーだ。気になる」
「なんでしたら、モデルになって差し上げますわ!」
「お、お嬢様……!」
「さすがにヌードはまずいよね、芳賀さん」
「左様です……」
「いえ、その、イヴを……イヴを、描こうと……」
「イヴ? とは、何ですの?」
「あーそれは、えーっと」
「僕の、いなくなった恋人です。唄野さんに今、捜していただいてます」
「あ、言うんだ」
 本人が言うんなら問題無いね。
「それで……唄野さん、今日はどうしたんですか? 何かわかりました?」
「あー……」
 降矢さんに報告するような情報は何も掴めてないし、てか、なんでここ来たんだっけ……?
「コーチですわ! 降矢さん、うちの美術部のコーチになっていただけませんこと?」
「え……?」
「こんなお近くにお住まいなんですもの! この機会を逃す手はありませんわ! お礼はもちろん、いくらでもお出しします! 詳しいことは、この芳賀からお話させていただくとして、これはお近づきのしるしです! どうぞお収めくださいまし!」
 センパイは一方的にそうまくし立てると、購買で買ってきたパンをどさどさっと作業机の上にぶちまけた。
「やっぱり油彩でいらっしゃいますわね! 願ったり叶ったりですわ!」
 センパイが何を願ってたのか知らないけど。
「ああ……ありがとうございます……! 恥ずかしい話なんですけど、実は今、食うにも困ってて……」
 そうだね、絵のコーチやればお金稼げるし、それこそ降矢さんには願ったり叶ったり、ていうか、渡りに船、だね。いいね。
「そーだ、降矢さん。(今)思ったんだけど、イヴちゃんの写真とかって、なんか無いの? 普通あるよね?」
「それが……」
 またどんよりした。
「無いんだね」
「左様です……」
「芳賀さんかって」
 降矢さんが言うには、一年前、いちゃいちゃしてた時はもちろん二人で写真も撮りまくってたんだけど、イヴちゃんいなくなった後、ある時一度スマホ紛失しちゃったんだって。クラウド保存してた写真もあったけど、新しいスマホからログインしてみたら、なんかアクセスできなくなってたらしい。だから、イヴちゃんの写真は、無い。降矢さんの頭の中にある彼女の姿だけが、手がかりだ。となると、降矢さんには新作の絵、早く仕上げてもらわないとだね。だからそう言っといた。
 そんな感じで話が終わっておいとました。気がついたら、淳ちゃんからいつの間にかメッセージが入ってた。
『イプセンにいる』
いつの間にかというか、よく見たら今さっきだった。あたしはセンパイと芳賀さんと別れて、『イプセン』に向かった。



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