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Vol.3『なりそこないのサンタクロース』
サンタクロースの油絵教室
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降矢さんがちょっと残念な人だったのはともかく、イヴちゃんが当時ハタチだったってのがわかったのは大きな前進だ。んで、どうするか。どうしよっか。授業終わってとりあえず、降矢さんさっそく出勤してんのかなーって美術室を覗いてみた。
「あら、唄野さんじゃありませんこと! ごきげんよう!」
「はいごきげんよー。センパイさ、降矢さんって、来てる?」
なんか昨日もこんなだったな。
「来てませんわ!」
そっか。
「そっか」
「ちょうど今から、校門まで迎えに行こうとしておりましたところですの! さ、唄野さん! 共に参りますわよ!」
「ぎゃひー」
腕を引っ張られ、あたしは降矢さんの出迎えに駆り出された。
校門まで出ていくと、降矢さんはもう到着してた。こないだの淳ちゃんの時みたいに、椒センパイとあたしとで、彼を美術室まで案内した。淳ちゃんと違ってやっぱり無口だったけど、顔色は良くなった気がした。あたしのおかげでちょっと前進した感があったからだと思う。あたしのおかげで。
って、淳ちゃんだって、そんなお喋りじゃないけどね。ああでも、あの時の淳ちゃんは、今の降矢さんよりももっと無口だった気がする。全然喋んなかった。あそこからどうやって立ち直ったかは、あたしは、知らない。
「この方は、降矢哲広さん! プロの絵描き屋さんでいらっしゃいますわ! 皆さんの新しいお友達ですの!」
美術室の黒板にカカカッとフルネームを書いて、センパイが降矢さんを紹介した。転校生かっての。ほかの子たちはザワザワしてた。ま、顔はいいからね。
そして降矢コーチの指導の元、美術部全員、油彩画の時間になった。指導って言っても、みんなの間をうろうろして眺めてるだけだけど。まー初日だしね、今はきっと、みんながどれくらいの腕前なのかを見極めてる、ってとこなんじゃないかな。
で、あたしもなぜか参加してた。させられてた。
学校の授業のほうの美術では、油絵をやるのは二年になってからで、あたしはまだ一年だ。当然、道具なんて持ってない。美術部には卒業生たちの置いていったそういう画材やらなんやらがいっぱいあって、それを借りて、ペタペタしてた。
一時間くらい降矢さんはいて、その間にあたしは見事なりんごを描き上げ、そして、ひとつの大発見をした。あたしの横で描いてた子の使ってた油彩絵の具のセットの箱に、なんと!
『ゆきな』
って、ペンで書いてあったのだ。
あ、大発見ってのはここじゃなくて、そのあと。というか、自分の名前そんなとこに書いた覚えなんて無いから。なもんだからよーく見たら、
『ゆきなが まい』
だった! これが大発見。
『由紀奈』じゃなくて、『雪永舞依』。イヴちゃんじゃん! とピンときた。すごい発見、というか、すごい偶然。うっかり声出そうになった。
「おわー!」
出てた。
「なんですの!」
「い、いや、なんでも……」
まずったと思って、あとは黙ってた。降矢さんに言うのは、まだ早い。依頼人に何かを報告するのは、ちゃんと確証を得てから。そう淳ちゃんに教わってた。ひらがなだと一緒なだけで、全然別人かもしれないしね。というか、なんでひらがな?
イヴちゃんこと、雪永舞依さんは、今、二十一歳。ということは、あたしの五コ上の代になる。同じ野方女学院に通ってたっぽい。その可能性が高い。これは確かめたい。今すぐにでも。
なので、降矢さんが帰ったのを見計らって、あたしは美術準備室へ移動した。ひとつ、ひらめいたことがあったのだ。
「せんせー、美術部の昔の部誌ってある?」
そう、部誌。きっと名前が載ってるはずだ。イヴちゃんが美術部だったとしての話だけど、きっとそうだってむしろ確信してた。だって、画家の降矢さんとお互い惹かれ合ったってんだから。
顧問の蓬田先生は、いつも通り茶を啜ってた。あたしに部誌のしまってあるスチール棚を示すと、どっかに消えた。さっそく、三年前のを引っ張り出す。
イヴちゃんが在籍してたかどうかを見るだけなら部員名簿で一発だけど、あたしの本命は部誌だった。毎日の活動記録が一緒に書いてある。持ち回り制だから、全員が書く。すぐにイヴちゃん――雪永舞依さんの名前は見つかった。当たりだ!
だけどあたしの狙いは、それだけじゃない。もっと、あるはずだ。今のイヴちゃんに繋がる情報が、もっと、もっと。あたしは、体の芯が熱くなるのを感じた――
すっかり夢中になって、全部に目を通し終わった時には、外はもう真っ暗だった。
「おしまいですの?」
「あ、ごめん、センパイ。とっくに部活の時間終わってたね」
他の部員は、みんないなくなってた。
「全然! 私は一向にかまいませんわ!」
学校の外に出ると、芳賀さんが待ってた。淳ちゃんから、昨日の調査の続きで今日は夜の部だ、ってメッセ入ってた。事務所行っても仕方ないから、センパイんちの車で家まで送ってもらった。センパイ、芳賀さん、ありがとー。
「あら、唄野さんじゃありませんこと! ごきげんよう!」
「はいごきげんよー。センパイさ、降矢さんって、来てる?」
なんか昨日もこんなだったな。
「来てませんわ!」
そっか。
「そっか」
「ちょうど今から、校門まで迎えに行こうとしておりましたところですの! さ、唄野さん! 共に参りますわよ!」
「ぎゃひー」
腕を引っ張られ、あたしは降矢さんの出迎えに駆り出された。
校門まで出ていくと、降矢さんはもう到着してた。こないだの淳ちゃんの時みたいに、椒センパイとあたしとで、彼を美術室まで案内した。淳ちゃんと違ってやっぱり無口だったけど、顔色は良くなった気がした。あたしのおかげでちょっと前進した感があったからだと思う。あたしのおかげで。
って、淳ちゃんだって、そんなお喋りじゃないけどね。ああでも、あの時の淳ちゃんは、今の降矢さんよりももっと無口だった気がする。全然喋んなかった。あそこからどうやって立ち直ったかは、あたしは、知らない。
「この方は、降矢哲広さん! プロの絵描き屋さんでいらっしゃいますわ! 皆さんの新しいお友達ですの!」
美術室の黒板にカカカッとフルネームを書いて、センパイが降矢さんを紹介した。転校生かっての。ほかの子たちはザワザワしてた。ま、顔はいいからね。
そして降矢コーチの指導の元、美術部全員、油彩画の時間になった。指導って言っても、みんなの間をうろうろして眺めてるだけだけど。まー初日だしね、今はきっと、みんながどれくらいの腕前なのかを見極めてる、ってとこなんじゃないかな。
で、あたしもなぜか参加してた。させられてた。
学校の授業のほうの美術では、油絵をやるのは二年になってからで、あたしはまだ一年だ。当然、道具なんて持ってない。美術部には卒業生たちの置いていったそういう画材やらなんやらがいっぱいあって、それを借りて、ペタペタしてた。
一時間くらい降矢さんはいて、その間にあたしは見事なりんごを描き上げ、そして、ひとつの大発見をした。あたしの横で描いてた子の使ってた油彩絵の具のセットの箱に、なんと!
『ゆきな』
って、ペンで書いてあったのだ。
あ、大発見ってのはここじゃなくて、そのあと。というか、自分の名前そんなとこに書いた覚えなんて無いから。なもんだからよーく見たら、
『ゆきなが まい』
だった! これが大発見。
『由紀奈』じゃなくて、『雪永舞依』。イヴちゃんじゃん! とピンときた。すごい発見、というか、すごい偶然。うっかり声出そうになった。
「おわー!」
出てた。
「なんですの!」
「い、いや、なんでも……」
まずったと思って、あとは黙ってた。降矢さんに言うのは、まだ早い。依頼人に何かを報告するのは、ちゃんと確証を得てから。そう淳ちゃんに教わってた。ひらがなだと一緒なだけで、全然別人かもしれないしね。というか、なんでひらがな?
イヴちゃんこと、雪永舞依さんは、今、二十一歳。ということは、あたしの五コ上の代になる。同じ野方女学院に通ってたっぽい。その可能性が高い。これは確かめたい。今すぐにでも。
なので、降矢さんが帰ったのを見計らって、あたしは美術準備室へ移動した。ひとつ、ひらめいたことがあったのだ。
「せんせー、美術部の昔の部誌ってある?」
そう、部誌。きっと名前が載ってるはずだ。イヴちゃんが美術部だったとしての話だけど、きっとそうだってむしろ確信してた。だって、画家の降矢さんとお互い惹かれ合ったってんだから。
顧問の蓬田先生は、いつも通り茶を啜ってた。あたしに部誌のしまってあるスチール棚を示すと、どっかに消えた。さっそく、三年前のを引っ張り出す。
イヴちゃんが在籍してたかどうかを見るだけなら部員名簿で一発だけど、あたしの本命は部誌だった。毎日の活動記録が一緒に書いてある。持ち回り制だから、全員が書く。すぐにイヴちゃん――雪永舞依さんの名前は見つかった。当たりだ!
だけどあたしの狙いは、それだけじゃない。もっと、あるはずだ。今のイヴちゃんに繋がる情報が、もっと、もっと。あたしは、体の芯が熱くなるのを感じた――
すっかり夢中になって、全部に目を通し終わった時には、外はもう真っ暗だった。
「おしまいですの?」
「あ、ごめん、センパイ。とっくに部活の時間終わってたね」
他の部員は、みんないなくなってた。
「全然! 私は一向にかまいませんわ!」
学校の外に出ると、芳賀さんが待ってた。淳ちゃんから、昨日の調査の続きで今日は夜の部だ、ってメッセ入ってた。事務所行っても仕方ないから、センパイんちの車で家まで送ってもらった。センパイ、芳賀さん、ありがとー。
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