英雄は星空の瞳に優しく囚われ英雄になる ~訳アリの年下魔術師を溺愛したら英雄になった俺の話~

べあふら

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2.王都編

2-2.レイチェル・シュバルツ②

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 「いきなりごめんなさいね、英雄さん。この家に、この子以外がいるなんて初めてだったから」

 英雄さん?

 どういう意味だろうと考えていると、セフィリオが慌てたように、レイチェルに詰め寄り、


「レイチェル、悪趣味なことはやめてよ」

 と、言う。


 しかしレイチェルさんの方は、どこ吹く風で、

「あらあら。馬に蹴られてしまうわね」

 ところころと笑った。

 快活でいて、しなやかな所作が魅力的は女性だと思った。
 セフィリオのことを想っていることが、表情や言葉から窺い知れて、セフィリオも気を許しているのは明らかだ。

 ちゃんとお前のことを考えてくれる大人が周りにいたんだな。


 そんなことを考えていると、

「レイチェル。さっきの、雷撃とか、氷とか、本当なの?」

 セフィリオがレイチェルに尋ねた。

「ええ。
 もっとも、まだ『陣』を想定しただけの状態で、『鍵』で展開もしていない状態だったけど。
 どういうことかしらね」

 とっても興味深いわね、と楽し気に笑う。

 何やら実験動物を見るような、彼女の目に、背筋がすっと冷えてくる。


 とは言え、初対面だ。挨拶はせねばなるまい。
 先ほどの説明によれば、公爵家の縁者ということになるし、セフィリオの師であるらしい。

「はじめまして。俺は、アレクセイ・ヒューバードといいます。
 冒険者をしています。アレクセイ、とでも呼んでください、レイチェルさん。
 3日程前からこちらにお世話になっています」

「ああ、畏まらないで結構よ。レイチェル、と呼んでちょうだい。
 セフィリオったら、いつも貴方のことばかり話してて、私もセフィリオの次くらいには貴方に詳しいのよ。
 最年少の20歳でS級冒険者になって、魔獣の討伐数は歴代最高で、金髪に翠眼の美丈夫だって。
 まさに英雄そのも―」

「レイチェル!」

 とレイチェルの言葉をセフィリオは遮る。

 色々と気になる話がありそうだ。ぜひ詳しく。


 さらにセフィリオがレイチェルに何かを言おうとしたところで、

「セフィリオ、もうそろそろ魔素計の測定時間よ。観測室へ行ってらっしゃい」

 とレイチェルが言う。


「えっ?」

 はっとしたように、セフィリオは時計を確認し、慌てた様子で、

「じゃあ、アレクさんも一緒に―」

「あんなの一緒に行ってもすることないでしょ。
 アレクセイは私と夕食の準備をするのよ。さあ、行きましょうか」


 セフィリオを書斎に残して、ぐいぐいと俺の背をおし部屋を後にする。


 意外じゃなく力強い。ぜひ今度、魔術なしで一度手合わせを願いたいところだ。
 
 魔術があれば、きっと俺でも瞬殺されそうだ。







 キッチンは、使ったあとは一応小綺麗にして、一通りの調理器具、調味料、食材が揃っている。

「セフィリオは割と器用なのだけど、料理はダメなのよね」

 そういいながら、レイチェルは貯蔵庫から野菜や肉などを取り出す。
 この3日では少なくともセフィリオが料理をする姿は見ていない。

 いやいや、公爵家の嫁、て料理するの?

 等と考えていると、

「エドは三男だから。
 家は公爵でも彼自身は王立騎士団の副団長というだけだからね。
 使用人もいるけど、私も一緒にするのよ。
 ああ、元々は伯爵家の出身だけどね」

 俺の心を読んだように答える。


 え。エドガーさんて副団長なのか。
 
 あれ。
 俺ってそんなに顔に出ているのだろうか。
 というか伯爵家の令嬢が、レイピア構えて、魔術をぶっ放すのはありなのか。


「まあ、アレクセイは割とわかりやすいわね。
 魔術は素養があれば魔術の研究院へ行くけれど、令嬢でレイピアはあまりないかしらね」

 おお。会話が成立している。


 レイチェルさんは、コンロに鍋を置きながら、こちらを見た。

「そんな貴方だから、セフィリオも安心するのじゃないかしら。
 ああ、アレクセイは料理できるかしら?」

 滞在してからは俺がしているとは、あえて言わない。
 何だか自慢しているようで恥ずかしい。

「簡単なものならできます。あ、じゃあまずは芋の皮むきをします」

 俺は材料を見ると、言う。料理は複数でする場合でも、結局どちらかが主体にならないといけないからな。献立や、味付けをする側に、主導権があるものだ。
 その邪魔をしてもいけないので、包丁をとると、早速皮むきに取り掛かる。


「あら、上手ね」

 褒められた。

 そういえば、母ともこうして料理をしたな、と思い出してしまい、ちょっと鼻の奥がつんとした。

 誰かとこうして料理するなんて久しぶりだ。


「セフィリオの事情は聞いているのよね?
 貴族とか王族とか、本当に付き合いが面倒よね。軍人とか、冒険者の方が、分かりやすくていいのだけど。
 強さとか力とか」

 ああ、確かにそういうところがあるな。
 実際俺も22歳の若造だが、Sランクなんてなったおかげで、一目を置かれているようだし、ギルド職員の対応も、まあ丁寧だ。


「狸親父や狐令嬢の中で、化かし合いするのも、本当に性に合わなくて」

 ああ、それっぽいな、と考えるが、ああ、また顔に出たかもしれない。

 急いで表情を引き締める。


「先の学会で、セフィリオが【スタンピード】について発表したことだって、数値や理論、仮説も正しいのに、新しいこと、て中々聞き入れてもらえないものよ。
 彼のお兄様も色々と便宜を図りたいみたいだけれど、あまり前面に出てしまうと、セフィリオの出自に疑問をもつ輩が出てきかねないから。
 学術的な世界においては、また違う権力構造があるし。
 私は魔術の世界で、それなりの地位があるのだけど、だからこそ私が後ろ楯になると、私の業績になってしまうのよね」

 レイチェルさんは「なぜか私、目立つみたいで」と言う。


 何故かなど、理由は一つでは。
 目立たない理由があるなら教えて欲しい。


 俺は芋の皮を剥き終わり、そうしている間にレイチェルさんが鍋に材料を入れていく。
 空いたまな板やざる等を流しで洗いながら、レイチェルさんの話を聞く。


「アレクセイ、あなた。セフィリオの魔術を綺麗だと言ってくれたのでしょう?」

 レイチェルさんが鍋で材料を炒めると、じゅうという音と共に肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。

 ああ、レイチェルさんはセフィリオの魔術の先生だと言っていたか。

 調理台をふきながら、セフィリオの魔術を思い出していると、ふと顔が緩む。


「ふふ。そんなに素敵な顔で想われたら、幸せね」

 とレイチェルさんに言われ、どんな顔をしているか自身では自覚がない俺は、確かめるように顔に触れた。


「セフィリオは、魔術師の中でも特殊ね。
 魔術師は研究院に行くと言ったでしょう。
 普通は、8歳から研究院へ入って、初級の魔術から身につけて、14歳で卒業して。その後上級院へ行って研究を2年間行うの。
 セフィリオは、王宮から外へでる一歩として、10歳から研究院へ行こうとしたのだけど、既にすべての魔術を習得していたのよね」

 魔術師の凄さとやらは、俺には体感できないが、レイチェルさんの話では、その道では天才ということなのだろう。


「それどころか、セフィリオは研究院に入る評価の段階で、王宮を訪れた研究院の面々の前で、これまで見たこともない魔術を使ったの。
 新しい魔術というのはそれだけで一財を築く新発見なのだけど。
 知っているかしら?
 『鎮魂の魔術』と彼が呼んでいる魔術。お母様を想ってつくった魔術なのよ。
 研究院の教員をやっている連中って本当に頭が固くて、基本とか規定から外れたものは、異端だとか、邪道だとか、言いたい放題で。
 そのくせに、セフィリオの能力がいかに稀有で高度かわかるものだから。
 恐れに駆られて対象を糾弾する者たちって、なんでああ自分に正義があるような態度でいれるのか。
 本当に虫唾が走るわ」

 殺気を放ちながら言う彼女は、当時の光景を思い出しているようだった。


 鍋に蓋をして、レイチェルさんがこちらを見た。


「教師陣に言いたい放題言われて、セフィリオは強制監禁から、自主的引き籠りになってしまったわ。
 あまりに研究院へ行きたがらないセフィリオを心配した彼のお兄様が、エドに命じて、【スタンピード】の調査を名目にセフィリオを初めて外へ連れて行ったの」


 ああ、セフィリオ。お前は本当に大変な思いをしてきたんだな。
 色々なものを、勝手に背負わされて。奪われて。

 小さいセフィリオの心を想うと、俺の胸が引き攣れて、掻きむしりたい衝動に駆られる。


「貴方が、あの魔術を見たとき、どういう想いだったかは分からないけれど、セフィリオは貴方のその一言に込められた想いに、確かに救われたのよ」

 本当にありがとう。
 レイチェルはきれいな笑顔で俺に礼を言った。


 小さいセフィリオにもっと寄り添ってあげればよかったなどと、後悔したところでどうしようもないのに、俺は昔の自分を殴り倒したくて仕方なかった。


 その後は、セフィリオは淡々と研究院に通い、魔獣や【スタンピード】の研究を行う様になったのだそうだ。
 結局、研究院で得るものがないとのことで、特例で飛び級を行い、15歳で上級院を卒業したとのことだった。





「え?仕事?」

 俺はしばらく王都に滞在しようと思う。
 現状で、セフィリオは王都に住んでいるし、傍にいようと思えば、他に選択肢はない。

 貯蓄はあるとはいえ、毎日、無目的にふらふらとするのは性に合わない。
 地方と違い、王都の散策はあまり趣味じゃない。 

 3日で飽きた。

 仕事がないものかレイチェルさんに尋ねてみた。


「ギルドの依頼じゃダメなのかしら?」

「出来れば、王都の冒険者ギルドには、俺がここにいることをあまり知られたくない」

 Sランクの冒険者は、一定期間おきに所在の報告が必要だが、それは近くの都市にある中央ギルドで先日済ませて来た。

 王都の冒険者ギルドは、貴族に逆らえない。

 ギルドはそう言った利権から、基本的に独立した組織なのだが、王都のギルドはぐずぐずで、癒着がすごい。もうほんとにベッタベタだ。
 もはや他のギルドからも蔑視されており、通常は連携をとる冒険者ギルドではあるけれど、王都のそれは別だ。

「貴族相手だと指定依頼をされると断るのが面倒なのと、まぁ、以前ちょっと色々ありまして。」



 あれはまだ、俺がAランク冒険者だったとき、今回のように合同慰霊碑に参ったあと、ついでに何か依頼でも受けてみようと王都のギルドに立ち寄ったことがあった。

 その時、どこかの貴族令嬢に捕まって、一週間の護衛依頼を受けたのだが。

 蓋を開けてみれば、護衛なんてものでなく、とっかえひっかえ服を着替えさせられて、あちこちのお茶会やら夜会やらに連れ回されて、色々と散々だった。本当に、色々と。

 最終的には、効きもしない痺れ薬を飲まされて、性的に襲われそうになった所で、馬鹿馬鹿しくなって依頼終了。

 ギルド側からは、依頼が未完遂だと報酬を渋られ、これまた馬鹿馬鹿しくて、報酬も受け取らずに王都を出た。


 全くいい思い出がない。

 そうでないなら、冒険者として依頼を受けてもいいのだけど。
 いつもは滞在する都市では、依頼をこなしながら過ごしているのだから。



「ああ、じゃあ、私の従僕なんてどう?」

 レイチェルはいいことを思いついたとばかりに、事も無げに提案してきた。

 ふと、あの苦い思い出が想起されて、おそらく酷い顔になったに違いない。


「別に変なことさせないわよ。
 私は普段は魔術の研究院の主席研究員をしているのと、エドの妻として、お茶会や夜会に参加するのだけど、それについてきてくれたらいいわ」

ふふふ、とレイチェルさんは面白そうに言った。


「それに、貴方てば冒険者の間では有名人でしょう。うろうろ仕事していると、すぐに見つかってしまうわよ」

 それは確かに言えていた。

 10年間、【スタンピード】を追いかけていた俺は、単にあちこちの冒険者ギルドに出向いており、顔を覚えられているらしい、というだけのことなのだが。


「セフィリオのいる世界がどんなものか、知ってみるのも悪くないでしょう」

 そういうレイチェルさんは、笑っているけれど、その笑顔と言葉には、どこか挑発するような、俺を試すような色が含まれていた。

 ああ、セフィリオ、お前はきっと、俺が想像もできないような、思惑や打算の中で、たくさんのものを背負わされて、奪われて来たのだろうけど。

 こうやって、お前のことを想って、心配してくれる人が、ちゃんと傍にいてくれたんだな。


 頭の中でそう考えていると、レイチェルさんはそんな俺を見て、なぜか呆れた様に、

「そういうところ、ずるいわね。
 毒気抜かれちゃうわ」

 と嬉しそうに言った。


 俺はレイチェルさんにお願いして、従僕とやらをすることにした。


 何事も経験である。
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