英雄は星空の瞳に優しく囚われ英雄になる ~訳アリの年下魔術師を溺愛したら英雄になった俺の話~

べあふら

文字の大きさ
65 / 84
4.厄災編

4-7.北の守り人

しおりを挟む
 俺の辿り着いたここは、つまり、北の守り人の集落らしい。


 いや、意味が分からないんだが。
 夢の中か、過去にでも戻ったのかと、俺は真剣に非現実的なことを考える。
 いや、だってすごい術を使う民族だったらしいからな。


「ほほほ。ここは確かに今現在の現実ですよ」


 そう言って、やはり穏やかにその老人は俺を目の前の自宅へと招待してくれた。
 そして、状況を説明してくれる。

「族長であった、私と妻、あとは幼い子供と女性たちは、先んじて避難していてね。そこにやってきた騎士が、私たちに生きる道を示してくれたのだよ」


 要するに。
 19年前の、前国王の北の守り人を殲滅するという勅令の際、村の多くの人々が亡くなる中で、勅命で訪れた騎士の一人が、殲滅の過程で保護してきた数名の若者と、逃げ隠れていた彼らを、密かに匿まったらしい。
 生き残った彼らは、マギを使ってその集落を隠遁し、滅びたことにして現在まで静かに暮らしてきたという話だった。

 その際、殲滅の勅令を果たした証拠のため、北の守り人の族長であった目の前の老人の右腕と、他数人の身体の一部を、遺体の一部として持ち帰ったということだった。


「おや。信じてくださいますか。素直な御仁ですな」


 実に信じがたい話ではあったが、信じない要素も俺にはない。


「しかし、まあ、『加護』を受けし方が、ソフィアの護符を持つというのも、巡り合わせとは不思議ですな」

 俺が通常隠遁されているここにたどり着いたのは、ソフィアさんの術が施されたピアスの力によるものらしい。

 『加護』というのは、聞き覚えがあるような、無いような。

 確か、生まれ持った魔術回路の特性でもって、身体的に何かしら優れているという、あれだったか。
 いつかのセフィリオの説明を思い出す。

 しかし、ここに俺がたどり着いたということは。
 ここに導かれるべきは、俺ではないのではないのか。

 そう考えていると。


「招きたい方がいるのなら、是非呼んで招かれたらいい。
 貴方とその護符の力をもってすれば、念話も可能であろう」

 老人がそう言って、俺のピアスを指さした。


 念話という言葉は分からないが、俺には心当たりがあって、耳のピアスを意識しながら、セフィリオの今を強く思い描き、心の中で言葉を発する。

『セフィリオ』

 何度か、名前を呼んでいると、返答がある。

『…えっ?…アレク?どこにいるの?』

『えーっと。とりあえず、俺の言う方へ来てほしい。俺には、説明できない』

『は?ええ?…どういうこと?これ?なに?』

 混乱するセフィリオの声が聞こえて、その後何も聞こえなくなる。

 いや、正常な反応だよな。

 しばらくの静寂ののち、

『分かった。今からそちらへ行くね。
 レイチェルも一緒でいいのかな?』

 適応が早いな。

 何か二人で話し合ったのだろうか。

 もしかしたら、この念話という術を知っていたのかもしれない。
 俺は、老人に同伴者がいることを説明し、名前を聞いた老人が実に愉しそうに笑うと、許可をくれる。



 そうして、待つことしばし。

 そう時間もかからず、セフィリオとレイチェルさんがやって来た。

 二人は、とても、それは気絶するのではと言うほど驚いて、それでも一通りの、事情を理解してくれた。
 集落や彼らの服装や、装飾の類いは、紛れもなく失われた北の守り人のもので、レイチェルさんも信じざるを得なかったようだ。


 そして、レイチェルさんは、その族長という老人の前にかしずくと、左手を取った。

「私は、ソフィアを…娘さんを、守ることが、出来ませんでした」

 そう言って、涙を流した。

「それは、ソフィアの決めたこと。あの娘は幸せだった。
 貴女が気に病むことは何もない。
 良くここまで、あの娘を想い、その願いを運んでくれた。
 感謝するよ」

 そういう老人は、すべてを知っているようで、やはりどこまでも穏やかで、優しかった。

 老人は白髪であったが、その目元は確かにセフィリオにも似た面影があって、細められたその瞳には夜空をたたえていた。


 この北の守り人の族長は、ソフィアさんの父であるらしい。
 つまり、セフィリオの祖父ということだ。

 老人は、呆然とするセフィリオを見つめて、やはり穏やかに、包み込むような声色で語りかける。

「君がセフィリオだね。
 ソフィアのことで、君には色々とつらい思いをさせてしまったね。
 娘に代わり謝罪したい」

 老人はセフィリオを見て、深々と頭を下げた。
 これまでの、すべてを知っているような、そんな口調であって、彼はきっとその通り、すべてを知っているに違いない。

「私達、守り人は、いずれ滅びる運命だ。
 こうして、礼賛すべき騎士の尊い覚悟により時間を貰ったことで、穏やかな時を紡ぐことが出来ている。
 君が負うものなど、何もない。君は自由だ」

 そう言って、セフィリオの頭に手を置いて、ゆっくりと愛おしそうに撫でた。

「でも……セフィリオ、君はもう、大丈夫なのだね」

 藍色の瞳が交差して、自然とその身体が寄り添って。
 実に20年近くの時を経て、娘の想いと、その想いを継ぐ者の想いが集まって、二人は静かに、穏やかに抱擁を交わした。

 老人も、セフィリオの頬にも、涙が伝い、静かな優しい時間が、そこには確かに流れていた。





「私たちの術も、けして万能では無くてね。
 隠遁するために使っているマギも、ここの存在を知る人が多くなるほど、その術の効果が薄れてしまう。
 特に、熟していない強い力を持つ者の、その心というのは、マギにおいては綻びを生みやすい、非常に危ういものなのだよ」

 レイチェルさんが、なぜ、セフィリオにここの存在を明かすことが出来なかったかと、族長に詰め寄ると、やはり彼は穏やかに、そう答えた。

「だから、セフィリオには教えることが出来なかったのですか」

 そう、レイチェルさんが、確かめるように答える。

 族長は、「それに」といって続けた。

「北の守り人は、ご存じの通りとても閉鎖的な、そして滅びゆく民族ですからな。
 最早、いないものとして思っておった方が、外で生きている彼にとっては良いと。
 わざわざ自身を縛る、この民族のことを知る必要はないと。そう、思っていたのだよ」

 そう言って、セフィリオを見る族長の眼差しはとても温かいものだ。

「しかし、それは、セフィリオ、君が自分で知り、判断するという機会を奪ってしまうことだっだのだろうな。
 スフィアが導いてくれたのだろう」

 族長はセフィリオの手を取ると、慈しむように撫でた。


「ところで、19前前に、あなた方を匿った騎士とは誰なのですが?
 今現在、この集落のことを知っている人間は、その騎士だけなのですか?」

 族長の妻という女性が入れてくれたお茶を飲みながら、レイチェルさんが尋ねた。

 当時を知る彼女には、その騎士が誰なのかもう答えが分かっているようで、しかし確かめたくて仕方がない、そんな口調だった。

「ああ。エドガー・シュバルツという青年でね。
 当時、部隊長をしていて、訪れた隊を率いていた」

 そこで、レイチェルさんから、「やっぱりっ。エドガー・シュバルツ、あいつっ…」と怒気をはらんだら声が聞こえてくる。


「君たちも良く知っているだろう。
 彼はいまだにたまにここを訪れてね。
 レイチェル君やセフィリオの話をしてくれるよ」

 そういって、ほほほ、と笑った。
 その笑顔はいたずらの成功した子供のような顔だった。

 レイチェルさんが、「ああ、ソフィアのお父上だものね」と半眼で呆れた様にが呟く。
 ソフィアさんは人を驚かすことが好きだった、といレイチェルさんの言葉を思い出し、確かにこの老人にも通じるものを感じた。

「ふふふ。エドガー・シュバルツ帰ったら覚悟してなさい」

 そういうレイチェルさんの言葉には、確かに怒りがこもっているのだが。

 彼女の潤んだ目尻には、光る雫がこぼれないように溜まっていて、堪えられない尊敬や喜びが滲み出ていた。



 当時の状況は分からないが、国王の勅命に逆らい、罪の無い北の守り人を助けるために、部下を欺き、一人孤独に決めた覚悟は、如何程だったのだろうか。


 そして、セフィリオを傍で見守りながら、レイチェルさんの想いを支えながら、20年近くも、このような大きな秘密を守り通す意思の強さが、エドガー・シュバルツその人なのだと思った。

 そして何よりこの最強の嫁にも隠し通せるエドガーさんは、実は最強なのではないか。
 色々と、尊敬しかない。

 レイチェルさんの反応を見て、実に面白そうに族長が続けた。


「エドガー君が帰った後、ここを隠匿するのに必要だからと言ってねえ。
 ランドルフ君と、ヴィルヘルム君に話すと言っていて、彼らには知られているようだなあ」

 ぶっ

 そこで、レイチェルさんがお茶を吹きだした。
 そのお茶を、セフィリオが盛大にかぶる。

 いや、汚いな。
 俺は持っていたハンカチでセフィリオを拭いてやり、飛び散った飛沫も拭いてしまう。

 今度こそ、我慢ならないといった様子で、椅子から立ち上がったレイチェルさんが、わなわなと震えているのが視界の隅に映るが、あえて見ないことにする。


 ランドルフ君と、ヴィルヘルム君。

「えーっと、誰だ?」

 俺が聞くと、セフィリオがむせながら答えてくれる。

「ランドルフは、ランドルフ・エミール。現エミール伯爵、つまりレイチェルの兄だ。
 ヴィンセントは、ヴィンセント・シルバイン。僕の兄、つまり現国王だよ」


 へえ…………。

 いや、すごい身近なのか、遠いのか良く分からない名前が出てきたな。


「あいつらは、貴族の学園の同期生だからね。仲がいいのよ」

 と、レイチェルさんが付け加える。

 なるほど。

 けど、あいつら、て。
 一応国王と、王立騎士団の副団長と、一貿易都市を抱える伯爵様だ。


「その状況で、なんで私には教えてくれなかったわけ!?信じられない!」

 そういうレイチェルさんに、

「いや、レイチェル、僕に隠し事とかできないでしょう。
 秘密は言わないだろうけどバレバレだからね。
 エドもランディも、兄上の判断も正しかったと僕は思うよ」

 セフィリオが淡々とそう言ってお茶を飲みなおして、その言葉に、レイチェルさんが、ぐっと詰まる。

 ああ、腹芸とか向かなそうだもんな。

 北の大地と北の守り人の研究を続けていたにも関わらす、可哀想な気もするが。
 彼女が知ったことで、北の守り人に害をなすことになったとしたら、レイチェルさんも本意ではないだろう。


「彼らは、レイチェル君なら、教えなくてもいずれたどり着くだろうから、と言っておったが。
 いやはや、その通りになりましたな」


 ほほほ、と再び笑いながらいう族長の言葉に、レイチェルさんは今度こそ何も言えなくなって、しずしずと椅子に座った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

オメガ転生。

BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。 そして………… 気がつけば、男児の姿に… 双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね! 破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

【完結】異世界はなんでも美味しい!

鏑木 うりこ
BL
作者疲れてるのよシリーズ  異世界転生したリクトさんがなにやら色々な物をŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”(๑´ㅂ`๑)ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”うめー!する話。  頭は良くない。  完結しました!ありがとうございますーーーーー!

専属【ガイド】になりませんか?!〜異世界で溺愛されました

sora
BL
会社員の佐久間 秋都(さくま あきと)は、気がつくと異世界憑依転生していた。名前はアルフィ。その世界には【エスパー】という能力を持った者たちが魔物と戦い、世界を守っていた。エスパーを癒し助けるのが【ガイド】。アルフィにもガイド能力が…!?

皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。 帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか? 国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...