【完結】疎まれ軍師は敵国の紅の獅子に愛されて死す

べあふら

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守られる願い①

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 ジグムントの言葉に、フェリは母の言葉を思い出す。

『フェリ。人を愛するときは、全てを許せる人を、愛しなさい』

 フェリは、ジグムントの全てを許せると思った。

『たとえ、殺されようと、許せる人を愛しなさい』

『そうでなければ、死を願う覚悟をなさい』

 この言葉は、難しい。ずっと、フェリは、意味をとらえることができずにいた。主語も無い、目的語も無い。誰が、誰に殺されるのか、わからない。

 誰が、誰の死を願うのか、わからないのだ。


 ジグムントを愛したが故に。
 ジグムントにフェリが殺されたとしたら……これは、許せる。
 その逆は……フェリがジグムントを殺すことなどは、有り得ない。

 では、ジグムントを愛したが故に。
 他者にフェリが殺される、という意味ではどうだろう。
 フェリは、迷うことなく、ジグムントを許せる。そう思った。

 けれど、誰か他者に、ジグムントが殺されるようなことがあれば?それは、どうか。
 フェリは、何があっても、許せない。そう思った。

 母の意は、どうだったのだろうか。
 人を呪い、惨たらしく死んでいく、“白き人”を見て、その上で生き残った母。
 母は、どんな思いで、毎日、この言葉を、フェリに囁いたのか。

 母は、許したのだろうか。誰かに、父を殺されても。母は、許せたのだろうか。

 母は許したのだろう。
 それが、父の選択なのだと、父を深く信頼していたから。
 フェリは、そう思った。

 きっと、母は……誰も呪うことなく、ただ自分を没することを……誰も呪わずに、普通の人のように死ぬことを、願っただろう。
 父が、そうであることを、望んだように。

 だから、きっと母はこう、言ったのだ。

『たとえ、〈愛する人が〉殺されようと、〈その事実を〉許せる人を愛しなさい』
『そうでなければ〈許せないのなら〉、〈自分の〉死を〈誰も呪うことなく〉願う覚悟をなさい』

 母は、自分に誓うように、そう言っていたのだろう。
 毎日、静かに。きっと、亡くなった数多の同胞を想いながら。

 フェリには、そこまでは至れない、と思った。

 でも、きっと。
 母も、フェリはフェリのとらえ方でよいと、そう思っていたはずだ。だからこそ、こうして、曖昧な言葉で、伝え続けたのだ。

 フェリは、誰かがジグムントを害したとき。もし、そうなったときは、許せずに……その事実も、害した相手も許せずに、相手の死を、そして、相手を呪い殺すために自分の死を、願うだろう。

 恐ろしいことだ。なんて、恐ろしいのだろう。
 フェリは、自分が酷く恐ろしい生き物のように感じた。自分が、怖かった。

「ジグ様……」
「何だ?」
「お願いですから……誰にも、害されないと、誓ってください……」

 フェリは、ぎゅっとジグムントにしがみ付いた。

「そして、もし……もし、ジグ様が誰かに害された、その時は……私が、誰かを呪うことがあったとしても……それを、許してくださいませ……」

 このおぞましい力を持ち、それを行使してしまう可能性がある、醜い自分でも、許して欲しい。受け入れて欲しい。

 フェリは、そんな想いでジグムントに懇願した。

「許さぬ」

 けれど、即座に返ってきたジグムントの答えは、きっぱりとフェリの願いを拒絶するものだった。

 フェリの心に、ひやりと冷たいものが広がった。

「フェリ。そなたは、私のものだ。
 そなた自身も、そなたを傷つけることなど許さぬ。
 そなたが人を呪い……呪うことで、そなた自身の何かが少しでも傷つくことなら……。身体のみならず、心も傷つけるなど……決して、許せぬ」

 ジグムントは、理解していた。
 フェリは決して自身に秘めた、その力を…人を呪い、殺す力を使うことを望んではいない。

 にもかかわらず、自身を損なってでも、心を、身体を傷つけてでも、誰かを呪うという。
 そのようなことは、許容できなかった。

 同時に、ジグムントは、歓喜していた。
 ジグムントのことを想うあまり、自身を損なうことを恐れ、それをジグムントに許して欲しいと願う、フェリが酷く愛おしかった。

 だから、ジグムントは「許すことはできぬが」と前置いて、

「そなたが負う、その許されぬ罪も、傷も……全て、私が共に背負うと誓おう」

 フェリにそう宣誓した。

 フェリの蜂蜜色の瞳が、ゆらゆらと揺らめく。そして、あっという間に溢れた水面が、涙となって、きらきらと頬を伝う。

「案ずることは無い。何も憂うな。
 共にある限り、そなたがその力を、望まぬ願いを、忘れる程に、そなたを喜びで満たすと誓う。
 だから、フェリ。これからの全てを、私に預けて欲しい」

 ジグムントがフェリの頬を包み、優しく涙を拭う。

「はい……はい…っ。
 ジグ様……私の全てを、ジグ様に…お預けします…っ」

 この大きな、包み込むような温もりがあれば、フェリはきっと大丈夫だと、そう信じることができた。

「ジグ様、お慕いしております」

 そして、ずっと怖くて……否定されることが怖くて、認めることが怖くて、失うことが怖かった言葉を、ジグムントに告げた。

 フェリの愛の告白を受け、ジグムントの心は、じんと痺れた。やっと、本当にフェリが自分のものになったのだ、と実感した。

「ああ、フェリ。私も、愛している」

 歓喜に沸く心のままに、ジグムントはフェリの唇に自分のを重ねる。フェリは、柔らかくしっかりと、受け入れた。重なった唇からは、波のように幸せが広がっていく。
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