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Ⅱ.体に優しいお野菜編
50.俺は、昔馴染みと対峙する③
しおりを挟むこれまでの苦汁の日々。死を常に隣に置いた、不安と恐怖に満ちた、苦痛の日々。
それは何も竜の神子ユーリのせいだけではない。
俺を捨てた顔も知らない両親と、権威と強欲にまみれた神殿という環境と。
そういう存在を結局は許してしまう、国とこの世すべて。
そして、それに甘んじて諦めていた、俺のせいだ。
けれど、最終的に俺の背を崖に向かって突き押したのは、ユーリに違いない。
苦痛と疲弊で打ちひしがれている俺に、さらに鞭打っては、持ち上げ突き落とすことを繰り返し、神殿において、敵ではなかったわずかな人々すら、皆が俺に敵意を向けるようになった。
あいつは、飴と鞭が良くわかっている。
何をどう言えば、誰がどんな反応をするか。
ユーリのもたらす、甘美なものを一度でも味わえば……どろどろと蜜のように甘く絡みつくあの味から、離れられなくなる。
それは、まるで麻薬のようで。感覚を痺れさせ、本来何を求めていたか見失うほどの、猛毒だ。
己を蝕むと気づかない。気づかないうちに、蝕まれ、支配される。
気づいても、その時には手遅れで、もはや抗う手足をもがれた後だ。
俺がそうだった。
俺がルルドに出会わなければ……俺は、きっとユーリの言う“悪役”になっていただろう。そう、確信できる。
ユーリの言動が、自他の幸福のために行われているのなら、まだいい。
けれど、ユーリは違う。
あれは、他人が思うままに動き、そして自分の予想したとおりに破滅するのが、ただ愉しいだけだ。
悪質なのは、破滅に追い込んでおいて、ぎりぎりで救い上げては、さらに深淵へと突き落とすことを繰り返すところだ。
自分で突き落とし、自分で救い上げ、さらに深いところへ落とす。された方は、不思議とずぶずぶユーリに嵌まり込み、承認を求め、必死に縋るようになる。
あいつは、そういう相手を、さらに突き落として楽しむのだ。
他者がどれほど傷つこうとも、一切意に介さない。
むしろ、思ったように、思った以上に傷つけば、一層愉快で快楽を感じる。
時と場所が違えば、悪質な独裁者になったに違いない。
「嫌いな竜の神子と同じ異界の魂が僕に入ってるって……ヴァルは僕といて、不快にならない?」
突拍子もない問いに、俺は一瞬時が止まった。
「くくくっ……、お前、何言い出すかと思えば」
こいつホント、俺のことになるとうじうじしてんな。
竜の神子と同じ異界の魂がルルドに入ってるから、不快にならないか、だと?
なんだ、その理屈は。
「笑いごとじゃないよっ!
だって……だって、僕は、ものすごく不快だから……っ!」
笑う俺とは対照的に、いつになく真剣な表情でルルドは声を低くした。
「ヴァルに嫌なことする人と僕に、少しでも同じところがあるなんて……。
考えただけで、吐き気がする!」
俺はもう、笑いが止まらなくなった。
やめろよ、笑わせんな。走りながら笑うの、息が上がんだろ。
「ええ……。何がそんなにおかしいの」
竜の予言に登場する、異界の者。
突如この世にあらわれ、すべての属性を容易く操り、そして健気にこの世を救うのだと努める麗しの青年。
それが竜の神子、ユーリだ。
彼に関わった者は、誰しもが信仰に似た異常なまでの親愛と信頼を抱き、献身を捧げている。
それが異常だとも気づかないほどに。
まぁ、最近はそうでも無くなってきてるけどな。
それでも竜の神子を、これほどまでに露骨にコキ下ろすのは、聞いたことが無い。
しかも、それを言っているのが、竜自身だというのだから。
これが笑わずにいられるか。
「不快どころか、こんなん最高だろ」
爆笑する俺に、ぐっと顔を顰め口を引き結んで不満を露にするルルドを見れば、さらに笑いが込み上げてくる。
俺に嫌なことする奴と、同じところがあることが、我慢ならない。なんて。
あんまり可愛いこと、言うなよ。
可愛すぎて、笑いが止まらなくなんだろ。
「最高って?何が?なんで?……もう!ヴァル、笑いすぎだよ!!」
さらに、「ヴァルの笑いのツボ、わかんない」とぷんぷん怒っている。
俺は、湧き出す笑いの合間に、なんとか言葉を紡ぐ。
「はは……悪い、そんな怒んなよ」
「だって……」
不服そうなルルドに、俺が食べたものと同じ飴を差し出してやる。走りながらも器用に受け取り、ルルドも一粒、飴を頬張った。
瞬間、ほわっと顔が緩んで、全身で美味しさを表現する。また込み上げてくる笑いを、俺は必死に押し込めた。
「ルルドはその世界から来た“迷い星”と混ざって、今のルルドになったんだろう?
だったら、最高だ、て話だよ」
「うーん………ええ?そうなのかな?」
少なくとも青銀竜の長も、黄金竜の長も、ルルドのような執着や感情は持ち合わせていなかった。
長たちも、「竜には感情はない」と言っていた。
つまり、今のルルドの俺へ向けた感情は、“迷い星”が混ざった影響ってことだろう。
俺は今のルルドがいいんだよ。
だから、結局のところ、“迷い星”の存在は歪を含め、俺にとっては良いことしかもたらしていない。
黄金竜の長も言ってたじゃねぇか。
『歪の影響、今ある変化。この世に受け入れられている』
この言葉を信じるならば、歪がもたらしたルルドの変化は、ひいては、俺の変化、そして今、こうしてルルドと俺が共にいること。
全部、この世にとって悪いことじゃないってことだ。
ルルドは納得できないようで「なんか僕、飴でごまかされてる気が……飴は美味しいけど、でも」とぶつぶつ文句を言っている。
「あとは、そうだな。対比するもんがあって良かった、と思ってる」
「対比するもの……?」
「竜の神子様は、他人を自分のための駒くらいにしか思ってない奴なんだよ」
ルルドは確かに常識から外れたところはある。
けれど、竜の性質を差し引いて考えれば、ルルドは基本的には善良な質だと思う。
自身に害をなすものや、悪質な者以外を踏み付けたり、いたぶったりすることは良しとしないし、不必要には他者を害したりしない。
快を快、不快を不快と感じることができる。
そしてその感覚自体は、俺の感覚と大きくは変わらない。
「異界では、あれが……竜の神子の感覚が、常識で普通なんだったら、まぁ仕方ねぇなって俺も考えてたけどよ。
同じ異界の奴だろうと、ろくでもねぇ奴は、ろくでもねぇってことだろ。
それが分かっただけで、十分な収穫だってことだよ」
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