1000文字の小宇宙

有栖川 款

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Vol.57・龍は踊る

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 仕事帰りの西の空には、赤い龍と青い龍が踊っている。

 広い空を戯れるように舞い踊り、やがて黒い龍に飲み込まれていく。

 くたくたに疲れた体を引き摺るように帰る道すがら、その美しさは僅かばかりの癒しになった。

 とはいえ。

 愚痴と怒りと哀しみがないまぜになった感情がいつも胸を占めている。

 なにやってんだろ。

 毎日同じことの繰り返し。

 肉体的にまあまあハードな仕事の割に、笑っちゃうほど薄給。

 時々事務所に顔を出す社長の娘が、ハイブランドに身を包み、綺麗にメイクしているのを見ると、ああ本当に、世の中は不公平だと思う。

 生まれた時から豊かさを知っていて、汗水垂らして働く必要もなくて、自分を磨く術も手段も簡単に手に入れられる人と、何から何まで自力で掴まなければいけない人間と、何が違うんだろう。

 親ガチャ? 前世の因縁?

 どんな理由なら自分を納得させられるのか、考えている。ただ他人を羨んで、無い物ねだりをするだけでは虚しすぎるから。

 でも。誰かのせいにも、自分のせいにもしたくない。私は私で、幸せになっていい筈だ。

 でも、じゃあ、どうすれば? と自分に問えば、劇的に人生が変わる手段なんて、こんなちっぽけな末端の人間にはわからない、と思ってしまう。

 既に豊かさを知っている人は、自分を疑ったり蔑んだりしないんだろうな、と思うとますます自己卑下が浮かんできて、やめやめ、と首を振る。

 ここ最近になって、やたら自己肯定感が大事とか謳われているけれど、そもそも自己肯定感が高い人はそんなことも思わないだろう。

 私のいいところ、何かな。

 目の前でくるくると色を変え舞い踊る龍を見ながら、そうか、と胸の奥に澄んだ雫のような何かがぽたりと落ちた気がした。

 空を見て美しいと思えること。

 心が震えること。

 感受性を研ぎ澄ませているからこそ、見えるもの。感じられること。

 これが私なのだから、それでいいじゃない。

 空はどんどん暗くなっていくのに、突然視界が開けたようにクリアになって、お腹からふつふつと笑いが出てきた。

 自分ではない何者かになろうとするから苦しいんだ。私は私で生きていくしかないんだから。

 よし、と歩きながら小さく拳を握る。

 楽しくない仕事はやめよう。これからどうするかとか今はわからないけど、自分の感性を信じてみよう。

 最後の青い龍が黒龍に飲み込まれていくと、街の灯りが鮮やかに彩られているのがわかる。

 空は飛べないけれど、私も、地上で私の人生を踊るのだ。




     fin
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