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第23話 扉の中
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私はベッドの端に腰掛ける。
目の前には、ルナルドが鍵を手に微笑んだ。
その横に、ジルベールが真剣な顔で立っている。
「いいかい?ゆっくり、リリアナ嬢の心臓部をめがけて、鍵をすすめて。」
言われた通りに、ルナルドはそうする。
すると、私の胸の部分から透明の扉が浮かび上がった。驚いて、ルナルドも私も、ビクリと体を震わす。
「出た。この扉のを空けて、中に入るんだ。」
ルナルドは、迷わずに鍵穴に鍵を刺す。彼の目が、私を真っすぐに見て笑う。
「大丈夫だよ。リリアナ。俺を信じて。未来を信じて、待っていてくれ。」
私は言葉が出なくて、ただ、頷く。
鍵を開けたとたんに、扉が開く。
私の記憶はそこで途切れた。
ーーーーーーー
扉が開くと、扉の中は真っ暗だった。
そのまま、ルナルドは、扉の中に吸い込まれていった。
ルナルドは周囲を見渡した。
周囲は真っ暗なのに、何か、声のような音が聞こえてくる。
進むよりほかに無いと思い、とりあえず、前と思われる方向に歩いて行く。すると、音は声なのだと分かり、そして、男の子が目の前に現れた。
それは、幼い頃の自分だった。
「お母様・・・お母様・・・どこにいるの?」
幼い自分は、暗闇の中で、母を探していた。
これは、記憶?いいや違う。俺は1度だって、母を探して歩いた事など無い。何故、母が居ないのかと思いはしたけれども、疑問に思った瞬間に、父から言われたのだ。
『お前の母親は、他に男を作って、お前を捨てて逃げたのだ!!』
俺を捨てた母。
産み落として抱き上げることも無く、出て行ったのだと言う。そんな母を、恋しがるなんて、そんな母を探すなんて、そんなことをするわけが・・・・。
「お母様・・・!僕を置いて行かないで!1人にしないで!!」
幼いルナルドは、泣きじゃくった。
その弱くて、情けない自分の姿を、見ていられなかった。
「うるさい!!泣くな!!」
つい、叫んでしまう。
すると今度は、耳元で声がした。
それは、大人の男性の声だった。
「おまえに産まれてきた価値など無い!努力しろ!価値ある人間になれ!誰よりも優れた人間になれ!そうでなければ、ただのゴミだ!!」
それは、父の声だった。
振り切るように走り出す。
そうだ。人間の価値は、成績や世間の評価、容姿、振る舞い、家柄、財産で決まるものだ。産まれて来た意味が、有ろうと無かろうと、そんなことはどうでもいいんだ!
ずっと、ずっとそう信じて来た。
努力しない人間を憎み、成果を得られない人間は滑稽だと蔑んだ。
俺は地位も名誉も、何もかもを自分の力だけで勝ち取り、誰もが認める高尚な人間であろうとした。
実際に、そうなって行ったし、認められれば認められるだけ、優越感に浸った。
だけど・・・。
暗闇の中を走って行くと、真っ白い空間に出た。
そこには、リリアナが居た。
「リリアナ・・・?」
彼女は、振り返って、花のように甘く微笑んだ。
「お兄様。」
舞踏会で着ていたような大人びた美しいドレスを纏って、愛らし目を向けて、細くてしなやかな腕を伸ばして、俺に触れる。
「お兄様は、そのままでいいの。」
包み込むように抱きついて、彼女は言う。
「頑張らなくてもいいの。そのままの、お兄様を愛しているわ。」
キスをせがむ様に、唇が近づいてきて、それに答えてキスをしようとすると、グイッ!!と、ジャケットを引っ張られる。
足元を見下ろすと、そこには、10歳位のリリアナが居た。
「本当のリリアナは、私!」
そう言って、涙をボロボロとこぼして言う。
「ルナルド!私を置いて行かないで!」
うわーーん!と泣き出す。
リリアナが・・・2人?
困惑していると、大人のリリアナは俺から1歩離れて悲しそうに言った。
「私は・・・大丈夫。だから、この子を連れて行って。」
「な・・・何を・・・」
どうしたらいいのか解らなくなった。どちらが本物のリリアナなのか?全く見分けがつかない。
「お兄様。私はいいんです。私は、みんなが幸せなら、それが私の幸せ。」
離れて行こうとする、リリアナの腕を掴む。
「お兄様・・・。」
頬を染めて、引き止めてくれたことに、嬉しそうな顔をする。
すると、2人で見つめ合った事を咎めるかのように、子供のリリアナが癇癪を起す。
「ルナルド!!やだ!こっち見て!私は、ルナルドの傍にいたいよ!絶対に譲ったりなんかしない!死にたくない!一緒に生きたい!!どんなことがあっても、どんな時も一緒にいるよ!最後まで諦めたりなんかしない!」
・・・グラッと来た。
そうだ。いつも、そうだ。
伯爵家にやって来たリリアナは、ずっと周囲に気を使って生きてきた。
俺が熱を出して、寝込んだ、あの時まで、意見することも無く、物わかりの良いお嬢様で、お行儀よくしていたんだ。
だけど・・・あの日。おまえは初めて怒った。
『お兄様の体より大事なものなんて、無いもの!』
自分を大事にしない俺を、おまえは激しく怒った。
リリアナの中に、強さと優しさが隠れていることを、俺は知っている。
『醜くても、人間じゃ無くてもいいから!ルナルドの傍にいたい!』
あの時、おまえはそう言ったんだ。最後の最後で、おまえが俺を手放すなんて、俺を信じないなんて絶対に無いと、お前を信じる!
だから・・・!!
子供のリリアナを、抱き上げた。
決めたはずなのに、不安でバクバクと心臓が鳴る。頭の中では、ジルベールの言葉がこだまする。
『惑わすものがいるけれど・・・』『彼女を見つけ出し連れて来るんだ』『万が一にも失敗すれば・・・』
振り返ると、大人のリリアナは、静かに微笑んだ。
「それでいいの。正解を探すのではなく、あなたが選んだ道が、正解だから。」
大人のリリアナの傍には、子供の頃の俺が居た。
「ねぇ、お母様を探しているの。一緒に探してくれる?」
天使のようにリリアナは微笑んで、小さい俺を抱きしめる。
「いいわよ。そっか、ずっと1人で寂しかったね。」
その言葉が、胸を刺す。
「辛かったよね?苦しかったよね?1人で頑張ってきたんだね。偉かったね。」
そう微笑んで言うと、大人のリリアナは言った。
「私がずっと、傍にいてあげるから。」
足が・・・すくんだ。
考えたわけじゃない。
心が動いた。いいや叫んだ。
涙が頬を伝い、喉を握られたように苦しくなる。
その時、小さいリリアナが、俺の涙を拭った。
「違う・・・俺は間違ってた。おまえの言う通りだ。リリアナ!」
俺は振り返って、言った。
しっかりと、小さいリリアナを抱きしめて、子供の頃の俺と、おまえに向かって叫んだ。
「弱い自分も、強い自分も、みっともなくて情けない俺自身も、なにもかも全部が俺だ!」
リリアナは、小さい俺を抱きしめて微笑んでいた。
「リリアナ!弱いお前も、強いお前も、バカみたいなお前も、全部が大好きだ!!」
小さいリリアナの体が温かくて、強く握られた手が痛いほどで、うっとうしくも感じることがあるかもしれない。だけど、お互いに、強さも弱さも持っているから。だから、大丈夫だ。
「一緒に行こう!リリアナ!」
これから先もきっと、俺たちは、どちらかがダメな時も、喧嘩したり、怒ったり、怒られたり励まし合ったりして、そうやって2人で生きていける。
そんなふうに思う。
その後、俺は扉の外に出るまで、彼女の言葉を何度も心の中で唱えた。
正解を探すんじゃない。俺の選んだ道が正解なんだ!
そう何度も何度も、言い聞かせなければ、不安で外に出られそうに無かった。
目の前には、ルナルドが鍵を手に微笑んだ。
その横に、ジルベールが真剣な顔で立っている。
「いいかい?ゆっくり、リリアナ嬢の心臓部をめがけて、鍵をすすめて。」
言われた通りに、ルナルドはそうする。
すると、私の胸の部分から透明の扉が浮かび上がった。驚いて、ルナルドも私も、ビクリと体を震わす。
「出た。この扉のを空けて、中に入るんだ。」
ルナルドは、迷わずに鍵穴に鍵を刺す。彼の目が、私を真っすぐに見て笑う。
「大丈夫だよ。リリアナ。俺を信じて。未来を信じて、待っていてくれ。」
私は言葉が出なくて、ただ、頷く。
鍵を開けたとたんに、扉が開く。
私の記憶はそこで途切れた。
ーーーーーーー
扉が開くと、扉の中は真っ暗だった。
そのまま、ルナルドは、扉の中に吸い込まれていった。
ルナルドは周囲を見渡した。
周囲は真っ暗なのに、何か、声のような音が聞こえてくる。
進むよりほかに無いと思い、とりあえず、前と思われる方向に歩いて行く。すると、音は声なのだと分かり、そして、男の子が目の前に現れた。
それは、幼い頃の自分だった。
「お母様・・・お母様・・・どこにいるの?」
幼い自分は、暗闇の中で、母を探していた。
これは、記憶?いいや違う。俺は1度だって、母を探して歩いた事など無い。何故、母が居ないのかと思いはしたけれども、疑問に思った瞬間に、父から言われたのだ。
『お前の母親は、他に男を作って、お前を捨てて逃げたのだ!!』
俺を捨てた母。
産み落として抱き上げることも無く、出て行ったのだと言う。そんな母を、恋しがるなんて、そんな母を探すなんて、そんなことをするわけが・・・・。
「お母様・・・!僕を置いて行かないで!1人にしないで!!」
幼いルナルドは、泣きじゃくった。
その弱くて、情けない自分の姿を、見ていられなかった。
「うるさい!!泣くな!!」
つい、叫んでしまう。
すると今度は、耳元で声がした。
それは、大人の男性の声だった。
「おまえに産まれてきた価値など無い!努力しろ!価値ある人間になれ!誰よりも優れた人間になれ!そうでなければ、ただのゴミだ!!」
それは、父の声だった。
振り切るように走り出す。
そうだ。人間の価値は、成績や世間の評価、容姿、振る舞い、家柄、財産で決まるものだ。産まれて来た意味が、有ろうと無かろうと、そんなことはどうでもいいんだ!
ずっと、ずっとそう信じて来た。
努力しない人間を憎み、成果を得られない人間は滑稽だと蔑んだ。
俺は地位も名誉も、何もかもを自分の力だけで勝ち取り、誰もが認める高尚な人間であろうとした。
実際に、そうなって行ったし、認められれば認められるだけ、優越感に浸った。
だけど・・・。
暗闇の中を走って行くと、真っ白い空間に出た。
そこには、リリアナが居た。
「リリアナ・・・?」
彼女は、振り返って、花のように甘く微笑んだ。
「お兄様。」
舞踏会で着ていたような大人びた美しいドレスを纏って、愛らし目を向けて、細くてしなやかな腕を伸ばして、俺に触れる。
「お兄様は、そのままでいいの。」
包み込むように抱きついて、彼女は言う。
「頑張らなくてもいいの。そのままの、お兄様を愛しているわ。」
キスをせがむ様に、唇が近づいてきて、それに答えてキスをしようとすると、グイッ!!と、ジャケットを引っ張られる。
足元を見下ろすと、そこには、10歳位のリリアナが居た。
「本当のリリアナは、私!」
そう言って、涙をボロボロとこぼして言う。
「ルナルド!私を置いて行かないで!」
うわーーん!と泣き出す。
リリアナが・・・2人?
困惑していると、大人のリリアナは俺から1歩離れて悲しそうに言った。
「私は・・・大丈夫。だから、この子を連れて行って。」
「な・・・何を・・・」
どうしたらいいのか解らなくなった。どちらが本物のリリアナなのか?全く見分けがつかない。
「お兄様。私はいいんです。私は、みんなが幸せなら、それが私の幸せ。」
離れて行こうとする、リリアナの腕を掴む。
「お兄様・・・。」
頬を染めて、引き止めてくれたことに、嬉しそうな顔をする。
すると、2人で見つめ合った事を咎めるかのように、子供のリリアナが癇癪を起す。
「ルナルド!!やだ!こっち見て!私は、ルナルドの傍にいたいよ!絶対に譲ったりなんかしない!死にたくない!一緒に生きたい!!どんなことがあっても、どんな時も一緒にいるよ!最後まで諦めたりなんかしない!」
・・・グラッと来た。
そうだ。いつも、そうだ。
伯爵家にやって来たリリアナは、ずっと周囲に気を使って生きてきた。
俺が熱を出して、寝込んだ、あの時まで、意見することも無く、物わかりの良いお嬢様で、お行儀よくしていたんだ。
だけど・・・あの日。おまえは初めて怒った。
『お兄様の体より大事なものなんて、無いもの!』
自分を大事にしない俺を、おまえは激しく怒った。
リリアナの中に、強さと優しさが隠れていることを、俺は知っている。
『醜くても、人間じゃ無くてもいいから!ルナルドの傍にいたい!』
あの時、おまえはそう言ったんだ。最後の最後で、おまえが俺を手放すなんて、俺を信じないなんて絶対に無いと、お前を信じる!
だから・・・!!
子供のリリアナを、抱き上げた。
決めたはずなのに、不安でバクバクと心臓が鳴る。頭の中では、ジルベールの言葉がこだまする。
『惑わすものがいるけれど・・・』『彼女を見つけ出し連れて来るんだ』『万が一にも失敗すれば・・・』
振り返ると、大人のリリアナは、静かに微笑んだ。
「それでいいの。正解を探すのではなく、あなたが選んだ道が、正解だから。」
大人のリリアナの傍には、子供の頃の俺が居た。
「ねぇ、お母様を探しているの。一緒に探してくれる?」
天使のようにリリアナは微笑んで、小さい俺を抱きしめる。
「いいわよ。そっか、ずっと1人で寂しかったね。」
その言葉が、胸を刺す。
「辛かったよね?苦しかったよね?1人で頑張ってきたんだね。偉かったね。」
そう微笑んで言うと、大人のリリアナは言った。
「私がずっと、傍にいてあげるから。」
足が・・・すくんだ。
考えたわけじゃない。
心が動いた。いいや叫んだ。
涙が頬を伝い、喉を握られたように苦しくなる。
その時、小さいリリアナが、俺の涙を拭った。
「違う・・・俺は間違ってた。おまえの言う通りだ。リリアナ!」
俺は振り返って、言った。
しっかりと、小さいリリアナを抱きしめて、子供の頃の俺と、おまえに向かって叫んだ。
「弱い自分も、強い自分も、みっともなくて情けない俺自身も、なにもかも全部が俺だ!」
リリアナは、小さい俺を抱きしめて微笑んでいた。
「リリアナ!弱いお前も、強いお前も、バカみたいなお前も、全部が大好きだ!!」
小さいリリアナの体が温かくて、強く握られた手が痛いほどで、うっとうしくも感じることがあるかもしれない。だけど、お互いに、強さも弱さも持っているから。だから、大丈夫だ。
「一緒に行こう!リリアナ!」
これから先もきっと、俺たちは、どちらかがダメな時も、喧嘩したり、怒ったり、怒られたり励まし合ったりして、そうやって2人で生きていける。
そんなふうに思う。
その後、俺は扉の外に出るまで、彼女の言葉を何度も心の中で唱えた。
正解を探すんじゃない。俺の選んだ道が正解なんだ!
そう何度も何度も、言い聞かせなければ、不安で外に出られそうに無かった。
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