雲は竜に従い、風は愛に従う

月野さと

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Episode 9 キス

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 ジャンは、乱暴に扉を開けて、入って来た。
 第2王子も、私も、驚いて固まる。

 壁に押し付けられている私を、光る金色の目で見る。

「ジャン・・・」
 ホッとして、顔がほころぶ。

 ジャンは、眉をひそめた。
「何をしている?!そいつから離れろ!」
 その瞬間に、部屋の中に風が巻き起こる。 
 第2王子は、私から1歩離れると余裕そうに言った。
「これは、シュバリエ侯爵。先ほど話は終わったので、お帰りになったものと思った。」
 部屋の中を渦巻いていた風が、あっという間に治まる。
 ジャンは、つかつかと私の傍まで歩いてくると、腕を掴んで引き寄せた。
「帰るぞ。」
 それだけ言って、第2王子に目もくれずに部屋を出て行く。それに、必死について行く。
 後ろから、第2王子が言った。
「待て!」
 ジャンと私は、立ち止まって振り返る。
 第2王子は、私をまっすぐに見つめていた。気まずくて、どうしたらいいのか解らず、視線を逸らす。

「一つ教えてくれないか?侯爵は人間が嫌いだったはずだ。人間の伴侶など受け入れないと思っていた。違うのか?」
 ジャンは、鼻で笑う。
「何を言う?この娘を押し付けておいて、よく言う!それに、おまえたち人間と違って、竜は1度つがえば、生涯を添い遂げる。むやみに、つがいに手を出されることがあれば、うっかり噛み殺してしまうだろう」
 牽制するかのように王子を睨んだ。

 私は、ジャンの鋭い目つきに見惚れてしまった。
 竜って、一途なんだ。
 その輝く金色の瞳で、綺麗なものが好きで、一途で、空を駆けながら、おひさまの匂いを纏うんだね。
 竜を恐ろしいと言う人間の方が、はるかに生臭くて汚い生き物に思えた。
 
 そんなことを考えながら、ジャンの後ろを追いかけて行って、エントランスの外に出る。
 馬車に2人で乗り込んで、帰宅の途につく。

 お城が遠ざかっていく馬車の中で、お互いに黙り込んだ。
 
 ふと、さっき起こったことを思い出す。
 はじめてしたキス。
 強烈に残る、唇の感覚。
 そうっと、自分の唇に触れてみる。
 蘇る感覚を掻き消そうと、ゴシゴシと拳でこする。

「ルナ!」
 パシッと手を握られて止められた。
 見上げると、心配そうに見下ろす、金色の目があった。
「どうした?」
 そう言われて、自分の目から涙があふれる。
 涙腺が崩壊して、どうしたらいいのか解らなくなった。

 触れている、彼の大きな手の感触に、温かさを感じる。
 それに、すがるように、ジャンの手の平にキスをする。

 唇に残る、さっきのキスの感覚を、ジャンの手の感触で上書きしようとした。
 そうして、少しだけ落ち着きを取り戻す。

 その様子を見ていたジャンが、強くこすり過ぎてヒリヒリする唇に、そうっと触れて、申し訳なさそうに言った。
「すまない。」

 どうして、あなたがあやまるの?
 その理由も聞けなくて、私は、ジャンの手で、自分の涙を拭く。

 ジャンを真っすぐに見れないまま、とりあえず誤った。
「・・・ごめん。」
 せっかく、無理に連れてきてもらったのに、何も出来なかった。
「ルナベルの好きな人、あの王子様だったの・・・。」
 すがるようにジャンの手を握りしめたままで言う。
「ルナベルのフリして、王子に上手く言えば・・・もしかしたら、上手くいったかもしれないのに!ごめん!・・・私、言えなかった。翼麟を返してもらえるチャンスだったかもしれないのに。あたし、ルナベルのフリ、できなくて!・・・ごめんね。」
 ジャンは、私に手を好きにさせたままで言った。
「ルナは、ルナベルじゃない。当然のことだ。」
 バカだなって感じで、当然だって、あなたは言う。
「言っただろう?竜は綺麗なものが好きなんだ。誰かを騙したり、汚い手を使って得たものなどを嫌う。だから、おまえの嘘や犠牲の上で取り返そうと思うな。私は、ルナがまっすぐで綺麗だから信頼しているんだ。」

 ジャンは、眩しすぎる程に輝く金色の瞳を細めて、微笑んだ。
 これほどに美しく笑う人を、私は知らない。 
 いま、この地上で1番美しいものは、あなただと思えるほどに。

 そんな美しい人に、吸い込まれるように、手を伸ばす。
 
 彼の頬に指を添えて、唇をつけた。

 なめらかで柔らかい頬の感触。

 唇を離してから、自分からキスをしてしまったことに気がつく。
「あ・・・」
 ジャンの驚いた顔が視界に入って、すぐに目を反らす。

 ど、どうしよう!!?何した?!私!!
 慌てて、下を向いて顔を隠す。
 あ~~~!ホッペにキスしちゃった!つい、なんか勢いで!

「!?」
 その時、慌てふためく私を、ジャンは何も言わずに抱きしめた。

 大きな手。
 大きな腕。
 大きな胸。
 どうして、こんなにホッとするんだろう。
 温かい。
 あなたに抱きしめられると、空気が変わる。温かい空間に変わるんだ。
 だから、いつだって大丈夫だって、思えてくる。
 そのうちに、ジャンは私の頭を優しく撫で始めた。

 暫く、抱きしめあっているうちに、これから、どうしよう?と考え始める。


 私、この人が望むように、空に帰してあげたい。

 ここで、たった一人で戦ってきたあなたを、私だけが理解できるのに。何もしてあげられないなんて!

「ジャンの力になりたい。」
 何の力も無い私が、何を言っているのだろう?
 きっと、私は何もしてあげられないのに。
 ・・・悔しい。どうにかしてあげたいのに!

 ジャンは笑って、私の頭を撫で続ける。
「大丈夫だ。心配するな。いざとなれば、人間など噛み殺してやるし、こんな国など業火のごとくに焼き尽くしてやる。」
 そんな事を言って、不適に笑う。
 でも、ジャンは、きっと、そんなことを決してしない。
 優しすぎるんだ。


 私の頭を撫で続けて、ニコニコと笑っているジャンの顔を見ていると、なんか・・・妙な感じを覚える。
「・・・ねぇ、私の事、ペットみたいに思ってるでしょ?」
 ジャンは、少し目を見開いてから、ふっと目を細めて笑う。
「バレたか。小さい動物をペットにしたら、こんな感じかと思っていた。」

 ・・・小さい動物。
 人間なんて、竜にとったらそうなのかもしれないけどね!
 不服そうに口を膨らました私の頬を、ジャンが人差し指でツンツンとつつく。
「ふふ。おまえは、コロコロと表情が変わって面白いな。」
 そう言って、いままでに見た事が無いほどの、満面の笑みでジャンは笑った。
 
  
 
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