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第10話
しおりを挟む「よ・・・良かったですぅ~。」
林さんが、半泣きでベンチに座り込む。
桜井君が、温かい飲み物を全員分、持ってきてくれた。
青山先生は、神崎さんを支えながらベンチに座らせて、様子を見ていた。
「もう、大丈夫そうですね。気分は悪くないですか?」
先生が聞くと、神崎さんが顔を上げた。
「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました。自分でも何が起こったのか分からず。」
青山先生が、私の方を見る。あ、と思って紹介した。
「えと、私の職場の上司と、仲間たちです。」
「あぁ、綾瀬さんが、先ほど話してくれた方たちだったんですね。・・・なるほど。3人は、映画を見ていたんですね?あの話題作ですか?」
それに、林さんが答える。
「はい、最近話題作の・・・。」
青山先生は溜息をつく。
「すみません、ちょっと、お二人は席を外して頂いても?体調についてお話したいのです。」
そう言われて、顔を見合わせた後、林さんと桜井君は離れる。
2人が離れたのを確認して、青山先生は小さい声で言った。
「あの映画は、震災のシーンがかなりリアルで、冒頭に1分間、各所で数回にわたって映像が登場します。あまり注意喚起されていないので、知らぬに見てしまう人が多いんですよ。暗闇で見ることで臨場感と共に、フラッシュバックしてしまうんです。」
神崎さんは、何も言わずに自分の手を静かに握った。少し表情が青ざめたのを、青山先生は確認する。
「でも、大丈夫ですよ。あれは作り物です。・・・ところで、今まで、震災の映像とかを見たことは?」
ふうと、息をついて、神崎さんは言った。
「ニュースなどのTVで、何度か見たことはあります。しかし、今までこんなことは、ありませんでした。」
「なるほど。」
青山先生は、ポケットから名刺を取り出す。
「もしお時間できましたら、1度、病院に来てください。」
「先生、神崎さんは、忙しい方でして・・・。」
「綾瀬さん、神崎さんの症状は甘く見てはいけません。実際に被災されている人と同じく、現地で酷い惨状を見て経験し、なんのケアもされなかった人たちに多くみられるものです。」
神崎さんは、青山先生を見上げる。
先生は神崎さんに笑いかける。
「神崎さん、あなたは、ずっと誰にも話せずに来たのではないですか?1人で抱えては、人は生きていけません。少しでも辛いなと思ったら、人に話すことが大事です。もし、病院に来てまで僕と話したくないなら、せめて、仲間や家族と話すなどされた方が良いでしょう。」
先生の名刺を見て、神崎さんはつぶやく。「心療内科・・・。」
ズキンと胸が痛む。私は青山先生に確認する。
「いままで何ともなかったのに、今回だけじゃないんですか?」
先生は首を振る。
「さっきもお話しましたが、今まで平気でも、何かをキッカケに、芋ずる式に閉ざしていた記憶や気持ちが引っ張られてしまうことがあります。その結果、パニック障害になる方も居ます。先ほどの症状は、過呼吸というよりは、パニック発作だったように思えるので、少し気になります。繰り返すようでしたら、病院で相談してほしいです。症状を軽減することは可能です。」
青山先生は、腕時計を見て、飛び上がる。
「わぁ!ごめんなさい、診察の時間ですから失礼しますね!また、何かあればいつでも声をかけてください!」
先生は走って去って行った。
ベンチに腰を掛けて、肩を落とす神崎さんは、いつもの神崎さんとは別人だった。
先生が立ち去ったことで、林さんと桜井君が戻ってくる。
「お医者さんは何て?」
私が黙っていると、神崎さんは、私の方を見てから、答える。
「何でもない。申し訳なかった。過労で体調の変化に気が付かなかったみたいだ。もう大丈夫だから。」
そう言って、2人に笑って見せる。
それは、いつもの、あなたらしい営業スマイルだった。
あなたは1人で、そうやって、
自分を胡麻化して、本当に1人で耐えてきたの?
今まで、ずっと?
どうして?こんなに人はたくさんいるのに。
私だって、抱えてたからわかるよ。そんな事をしていたら、貴方の心はきっと壊れてしまう。
振り向くと、そこからは、東京タワーがキャンドルのように見える。
真っ暗な闇の中を照らす、目印のキャンドルのように見えるんだ。
夜の東京タワーのオレンジは、キャンドルなんだよ。その色は、私に勇気と温かさをくれる。
「神崎さん!」
私は、間違っているのかもしれない。
でも、どうか分かって欲しい。伝わって欲しい。
私の声で、3人が立ち止まる。
3人の顔を、ゆっくり見てから、決心を決める。
「神崎さん、私は、2人に話したいです。」
どうか、林さん、桜井君、一緒に手を貸して欲しい。
私1人じゃ、たぶん彼を支えてあげられないんだ。救うなんておこがましい。だけど。
どうか、ただ話を聞いて欲しい。聞いてくれるだけでいい。
悲しい時は、悲しいと言って欲しい。
苦しい時は、苦しいと言って欲しい。
嬉しい時は、嬉しいと笑って欲しい。
その時、彼は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
・・・すぐに、私は、やってはいけない事をしたのだと思った。
林さんが、2人を見て言った。
「言いづらいことや、プライベートなことは、踏み込むつもりはありません。だけど。」
神崎さんを、真っ直ぐに見て、林さんは笑った。
「仕事場でもそうですが、私は秘書です。プライベートな事も体調も把握して、それも含めてサポートします。本来、誰しも人間ですから、仕事とプライベートは切り離せません。だからこそ、秘書は仕事以外の事は他言しませんし、考慮しながら見て見ぬフリをしてサポートします。一応、これでもプロ意識はあるつもりです。信頼して頂いてると、ずっと思ってます。」
神崎さんは、林さんを見て、微笑む。
「申し訳ありませんでした。林さんを、信頼しています。」
すっかり、職場での話し方になっている。その事に、神崎さんも気が付いて、また笑う。
「いや、上司や部下の関係で、弱みは見せられない。でも、確かに。林さんには体調の事なので、お話・・・」
と言いかけた所で、桜井君が言った。
「僕も、他言しません!そんな口軽いやつじゃないし!上司だけど、それ以上に、仲間じゃないですか!」
桜井君は、悔しそうに言った。
あぁ・・・良かった。そう言ってくれて、本当に良かった。
この2人を信じて良かった。
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