今、君に会いたい

月野さと

文字の大きさ
10 / 24

第10話

しおりを挟む

「よ・・・良かったですぅ~。」
 林さんが、半泣きでベンチに座り込む。
 桜井君が、温かい飲み物を全員分、持ってきてくれた。

 青山先生は、神崎さんを支えながらベンチに座らせて、様子を見ていた。
「もう、大丈夫そうですね。気分は悪くないですか?」
 先生が聞くと、神崎さんが顔を上げた。
「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました。自分でも何が起こったのか分からず。」

 青山先生が、私の方を見る。あ、と思って紹介した。
「えと、私の職場の上司と、仲間たちです。」
「あぁ、綾瀬さんが、先ほど話してくれた方たちだったんですね。・・・なるほど。3人は、映画を見ていたんですね?あの話題作ですか?」
 それに、林さんが答える。
「はい、最近話題作の・・・。」
 青山先生は溜息をつく。
「すみません、ちょっと、お二人は席を外して頂いても?体調についてお話したいのです。」
 そう言われて、顔を見合わせた後、林さんと桜井君は離れる。

 2人が離れたのを確認して、青山先生は小さい声で言った。 
「あの映画は、震災のシーンがかなりリアルで、冒頭に1分間、各所で数回にわたって映像が登場します。あまり注意喚起されていないので、知らぬに見てしまう人が多いんですよ。暗闇で見ることで臨場感と共に、フラッシュバックしてしまうんです。」
 神崎さんは、何も言わずに自分の手を静かに握った。少し表情が青ざめたのを、青山先生は確認する。
「でも、大丈夫ですよ。あれは作り物です。・・・ところで、今まで、震災の映像とかを見たことは?」
 ふうと、息をついて、神崎さんは言った。
「ニュースなどのTVで、何度か見たことはあります。しかし、今までこんなことは、ありませんでした。」
「なるほど。」
 青山先生は、ポケットから名刺を取り出す。

「もしお時間できましたら、1度、病院に来てください。」
「先生、神崎さんは、忙しい方でして・・・。」
「綾瀬さん、神崎さんの症状は甘く見てはいけません。実際に被災されている人と同じく、現地で酷い惨状を見て経験し、なんのケアもされなかった人たちに多くみられるものです。」
 神崎さんは、青山先生を見上げる。
 先生は神崎さんに笑いかける。

「神崎さん、あなたは、ずっと誰にも話せずに来たのではないですか?1人で抱えては、人は生きていけません。少しでも辛いなと思ったら、人に話すことが大事です。もし、病院に来てまで僕と話したくないなら、せめて、仲間や家族と話すなどされた方が良いでしょう。」

 先生の名刺を見て、神崎さんはつぶやく。「心療内科・・・。」
 ズキンと胸が痛む。私は青山先生に確認する。
「いままで何ともなかったのに、今回だけじゃないんですか?」
 先生は首を振る。
「さっきもお話しましたが、今まで平気でも、何かをキッカケに、芋ずる式に閉ざしていた記憶や気持ちが引っ張られてしまうことがあります。その結果、パニック障害になる方も居ます。先ほどの症状は、過呼吸というよりは、パニック発作だったように思えるので、少し気になります。繰り返すようでしたら、病院で相談してほしいです。症状を軽減することは可能です。」

 青山先生は、腕時計を見て、飛び上がる。
「わぁ!ごめんなさい、診察の時間ですから失礼しますね!また、何かあればいつでも声をかけてください!」
 先生は走って去って行った。
 
  
 ベンチに腰を掛けて、肩を落とす神崎さんは、いつもの神崎さんとは別人だった。
 先生が立ち去ったことで、林さんと桜井君が戻ってくる。
「お医者さんは何て?」
 私が黙っていると、神崎さんは、私の方を見てから、答える。
「何でもない。申し訳なかった。過労で体調の変化に気が付かなかったみたいだ。もう大丈夫だから。」
 そう言って、2人に笑って見せる。
 それは、いつもの、あなたらしい営業スマイルだった。
 
 
 あなたは1人で、そうやって、
 自分を胡麻化して、本当に1人で耐えてきたの?
 今まで、ずっと?
 どうして?こんなに人はたくさんいるのに。
 私だって、抱えてたからわかるよ。そんな事をしていたら、貴方の心はきっと壊れてしまう。


 振り向くと、そこからは、東京タワーがキャンドルのように見える。
 真っ暗な闇の中を照らす、目印のキャンドルのように見えるんだ。
 夜の東京タワーのオレンジは、キャンドルなんだよ。その色は、私に勇気と温かさをくれる。

「神崎さん!」
 私は、間違っているのかもしれない。
 でも、どうか分かって欲しい。伝わって欲しい。
 
 私の声で、3人が立ち止まる。
 3人の顔を、ゆっくり見てから、決心を決める。
 
「神崎さん、私は、2人に話したいです。」
 どうか、林さん、桜井君、一緒に手を貸して欲しい。
 私1人じゃ、たぶん彼を支えてあげられないんだ。救うなんておこがましい。だけど。
 どうか、ただ話を聞いて欲しい。聞いてくれるだけでいい。

 悲しい時は、悲しいと言って欲しい。
 苦しい時は、苦しいと言って欲しい。
 嬉しい時は、嬉しいと笑って欲しい。

 その時、彼は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

 ・・・すぐに、私は、やってはいけない事をしたのだと思った。
 
 林さんが、2人を見て言った。
「言いづらいことや、プライベートなことは、踏み込むつもりはありません。だけど。」
 神崎さんを、真っ直ぐに見て、林さんは笑った。
「仕事場でもそうですが、私は秘書です。プライベートな事も体調も把握して、それも含めてサポートします。本来、誰しも人間ですから、仕事とプライベートは切り離せません。だからこそ、秘書は仕事以外の事は他言しませんし、考慮しながら見て見ぬフリをしてサポートします。一応、これでもプロ意識はあるつもりです。信頼して頂いてると、ずっと思ってます。」
 
 神崎さんは、林さんを見て、微笑む。
「申し訳ありませんでした。林さんを、信頼しています。」
 すっかり、職場での話し方になっている。その事に、神崎さんも気が付いて、また笑う。

「いや、上司や部下の関係で、弱みは見せられない。でも、確かに。林さんには体調の事なので、お話・・・」
 と言いかけた所で、桜井君が言った。
「僕も、他言しません!そんな口軽いやつじゃないし!上司だけど、それ以上に、仲間じゃないですか!」
 桜井君は、悔しそうに言った。

 あぁ・・・良かった。そう言ってくれて、本当に良かった。
 この2人を信じて良かった。

 
 
 

 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

【完結】 大切な人と愛する人 〜結婚十年にして初めての恋を知る〜

紬あおい
恋愛
結婚十年、子どもも授かり、日々執務と子育ての毎日。 穏やかで平凡な日々を過ごしていたある日、夫が大切な人を離れに住まわせると言った。 偶然助けた私に一目惚れしたと言い、結婚し、可愛い子ども達まで授けてくれた夫を恨むことも憎むこともしなかった私。 初恋すら知らず、家族愛を与えてくれた夫だから。 でも、夫の大切な人が離れに移り住んで、私の生き方に変化が生まれた。 2025.11.30 完結しました。 スピンオフ『嫌われ悪女は俺の最愛〜グレイシアとサイファの恋物語〜』は不定期更新中です。 【2025.12.27追記】 エミリオンと先に出逢っていたら もしもの世界編は、諸事情により以下に移動しました 『今度は初恋から始めよう〜エミリオンとヴェリティのもう一つの恋物語〜』 よろしければ、ご訪問くださいませ いつもありがとうございます╰(*´︶`*)╯♡

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

半世紀の契約

篠原皐月
恋愛
 それぞれ個性的な妹達に振り回されつつ、五人姉妹の長女としての役割を自分なりに理解し、母親に代わって藤宮家を纏めている美子(よしこ)。一見、他人からは凡庸に見られがちな彼女は、自分の人生においての生きがいを、未だにはっきりと見い出せないまま日々を過ごしていたが、とある見合いの席で鼻持ちならない相手を袖にした結果、その男が彼女の家族とその後の人生に、大きく関わってくる事になる。  一見常識人でも、とてつもなく非凡な美子と、傲岸不遜で得体の知れない秀明の、二人の出会いから始まる物語です。

同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。 ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。 落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。 「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」 「さぁ、、試してみる?」 クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー 【登場人物】 早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳 姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆他にエブリスタ様にも掲載してます。

処理中です...