転生メイドの辺境子育て事情

遊森謡子

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1巻

1-2

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 私が特殊な能力を持っていることで、一番割を食ったのは、母だ。
 幼いころの私は、自分が人とは違っていることを知らず、前世について周囲の人たちにしゃべり散らかしたらしい。
 しかも、他の人の前世も、見えるままに口にしてしまっていたそうだ。
 前世は、信じる人にだけ信じてもらうのであれば、問題になることなどない。
 でも、子どもとはいえいきなり身体に触られて、「あなたの前世はこう」なんて言ってくる人がいたら、気味が悪いに決まっている。

「お父様は生まれる前、海賊だったのね! かっこいいわ!」

 そう言う私の手を振り払った父の、嫌悪感に満ちた目と、その時言われた言葉は、今も覚えている。

『――お前は、我が家の恥だ』

 それをきっかけに、母は私を連れて家を出た。そして、私にこう言い聞かせたのだ。

「あなたは、人の生まれる前の姿をることができる。でも、お父様はられたくない人なの。だから、別れて暮らすのよ」
「お父様は、私のこと、きらいなの?」

 泣きじゃくる四歳の私に、母は首を横に振った。

「いいえ、そんなことありません。ルーシーはとってもいい子だもの。そうではなくて、られることが嫌なの。そういう人は他にもたくさんいるのよ。だからルーシー、勝手にてはいけないし、もしえてしまっても、それを口にしてはいけません」
「言わない、絶対に言わないから。お母様はどこかへ行ってしまわないで!」
「あら、お母様はられてもちっとも嫌じゃないから、大丈夫よ。それにもちろん、ルーシーをとてもとても愛しているわ。だから、ふたりで楽しく暮らしましょうね」

 ――いくらいい子にしていても、この力を嫌がる人がいる。
 父と別れる理由を母が正直に教えてくれたおかげで、以来私は秘密を守れるようになった。そして、母が家庭教師の仕事をしながら女手ひとつで私を育ててくれたからこそ、大人になれたのだ。
 その母が病気になって家庭教師を続けられなくなったのは、私が十四歳の時だ。
 今度は私が頑張る番だと、仕事を探したけれど、母の世話をしたいので住み込みの仕事はできない。
 そこで、通いや単発の仕事をバンバンやった。日本風に言うと、フリーターだろうか。
 メインでやっている仕事は、通いのメイド。大きなお屋敷で大勢のお客様を迎えてのパーティがある際など、人手が必要な時に呼ばれ、洗濯や皿洗い、料理でもなんでもやる。
 そしてその合間にやる単発の仕事のひとつが占いだ。占いをやっているあの中流階級向けアパートメントは、高いお金を払って部屋を借りているのではない。不動産屋に雇われて、あのアパートメントの掃除をしているのもまた、私なのである。
 平民の企業家や高給取りなど、中流階級の人々が暮らすオシャレな建物は、結構ひんぱんに入退去があった。私は住人が退去すると掃除に入り、次の住人が気持ち良く住めるように綺麗にする仕事もしているのだ。
 つまり、鍵を預かっている上にどこの部屋が空室かわかっちゃうので、こっそり拝借……ってわけ。ちなみに水晶玉は、質流れ品で安く手に入れたものだ。
 もちろん、私が変な占いをやっているなんて知ったら、気味悪がる人もいるだろうから、仕事仲間や雇い主には秘密にしている。
 自分的には特に不満のない生活を送っているのだけど――

「あなたのことを理解してくれる男性が、いないものかしらね」

 最近、母がそんなことをポツリと言った。
 自分亡き後、娘がひとりぼっちになってしまうことを心配しているのだ。
 この国の女性は、だいたい二十歳までには結婚する。
 でも、特殊能力持ちの娘を気味悪がらない男性を探すのは簡単ではない。さらに病気の自分が足手まといになっているせいで娘の結婚が難しいのでは……と、母は考えているのだろう。
 私はというと、結婚願望がないわけじゃなかった。能力のことは、旦那様に隠しとおしたっていい。
 でも、結婚相手の絶対条件は、母を大事にしてくれる人だ。
 私がもっと器量良しだったら、うまいことたま輿こしに乗って、母に十分な治療を受けさせてあげられるかもしれないのにな。
 まあ、結婚はともかくとして……
 私は前世がえる仲間、もしくは私が前世で生きていた世界にいたことがある仲間を待ち望んでいる。友達になれたらいいな、って。
 いつか母が旅立つ時に、私はひとりじゃないと安心させてあげたい。
 そこへ、とうとう現れたのが、あの少女だったのだ。


 ――私はテーブルの上に水晶玉を出すと、両手を組んだ。

(全能神様、神獣様。今日は『仲間』に出会わせてくださって、ありがとうございました!)

 この国の人々は、唯一の全能神様を信じてるんだけど、その神様の言葉――つまり神託しんたくとか預言とかそういったものを人々に伝える神獣が、いつも私たちのそばにいると言われている。
 ギルゼロッグと呼ばれるその神獣は、宗教画には竜に似た姿で描かれていた。身体はへびほどは長くなくて、三本のつのを頭に生やし、長いたてがみをなびかせている。
 日本で竜といえば、手にたまを持っている。水晶玉を商売道具としている私はそんなたま繋がりで、神獣ギルゼロッグを占いの神様だということにしていた。それにギルゼロッグは預言の神獣だから占いと通じるところがある。

(商売繁盛のために、神頼みはしないとね!)

 私のこの特殊能力は形のないものだから、いつなくなってしまうかわからない。なくなってしまえば、この仕事では稼げないのだ。
 ついでに家内安全、健康長寿もお願いしつつ、この力が私と母に幸せをもたらすように祈る。
 そして……
 ツインテールの女の子と、その子の前世――黒髪の女の子を思い浮かべた。
 いつかあの子に、再会できますように!


 それから数日が過ぎた。
 日々は忙しく、あの男性とどこで会ったのかは相変わらず思い出せない。
 その日は、あるお屋敷でパーティが開かれることになっていて、私は厨房ちゅうぼうの手伝いに行った。料理人が次々と料理をするそばで調理器具やお鍋を洗い、すぐ使えるようにする仕事だ。
 料理がメインのパーティなので、予想どおり厨房ちゅうぼうは大忙しの大混乱。
 立ちっぱなしで洗い物を続ける私は、手荒れがひどくなることを確信した。

(まあ、今は春だから冬よりはまだマシかな……)

 夕方、ようやく洗い物から解放され、お屋敷を出る。

「こ、腰が痛い」

 屈伸運動をすると、あちこちの骨がピキピキと鳴った。
 でも、頑張ったかいがあってお給料は良かったし、食べる暇がなかったまかないのパンも持たせてもらえた。先日の占いの報酬もあるので今日の夕飯は豪華にできそうだ。

「今日は、お母さんの大好きな茶碗蒸し!」

 茶碗蒸しはこの国にはない料理みたいだけれど、前世の記憶を頼りに作ってみたところ、母が大変喜んだのだ。
 私の能力を気味悪がらずに理解してくれ、前世が別の世界であることを疑わず、受け入れてくれる母。
 私はそんな母が大好きだ。
 もっとも、私に勉強を教えていた時は、すごーく厳しかったけどね。
 母の前世は学校の先生だったみたいだし、現世でも数年前までは家庭教師。そのせいか、教え方がとても上手で、天職なんだなぁと思う。
 人でごった返す市場で、私は買い物をした。
 紙に包んだ鶏肉と卵、きのこにハーブ……買い物かごがいっぱいだと、幸せな気分になる。

「チャッチャッチャッ、茶碗蒸しっ。プルプルプルプル、茶碗蒸しっ」

 謎の歌を歌いながら歩いているうちに、テラスハウスが見えてきた。
 私は歌うのをやめ、自宅の玄関扉に鍵を静かに差し込む。母が眠っているかもしれないので、そっと家に入るのが習慣になっていた。

(……あれ? 鍵が開いてる。女ふたりで不用心だから、いつもかけてるのに)
「ただいま」

 小声で言いながら、後ろ手に玄関扉を閉めた。
 寝室の扉は開いているものの、返事はない。のぞいてみると、ベッドに母の姿はなかった。

「お母さん? ……トイレかな」

 テラスハウスの住人が共同で使っているトイレが、外にある。そっちかもしれない。
 待っていれば戻ってくるだろうと、ひとまず食材をテーブルに置いた時、私はそれに気づいた。
 テーブルの上に、一枚の紙が置かれていたのだ。

『ルシエットへ』

 紙に書かれていたのは、知らない文字。
 背中がぞわりと冷たくなった。
 私は急いで、続きを読む。

『ミルディリアが病気だと聞き、空気のいい場所へ移すことにした。まずは家に連れて帰る。お前も帰ってきなさい。リカード・グレンフェル』

 ミルディリアは母ミルダの本名だ。
 そして、リカード・グレンフェル……

(……誰? 聞き覚えのあるような気もするけど)

 帰ってきなさいという文言もひっかかる。
 しばらく考えて、私は息を呑んだ。

「……もしかして、お父様……!?」

 父と一緒に暮らしていたのは、四歳のころまでだ。
 彼については『家の恥』だと言われた時のことくらいしか覚えていなくて、顔さえおぼろげなので、懐かしいとかしたわしいとか、そういう気持ちは全くない。
 ずっと母方の家名を名乗っていたこともあり、かつての家名も記憶の彼方かなただ。

「どういうこと!? 十六年間、一度も連絡なんて寄越さなかったのに。お母さんが連絡先を教えてた……?」

 今になって母が病気だと知った父が、心配になって連れ戻しにきたのだろうか。
 でも、おかしい。急すぎる。
 もし父が迎えにきたとして、私が留守の間に父について行くことを、母が承諾したとも思えない。
 今朝、仕事に出かける私に、「今夜はチャワンムシ作るんでしょ、楽しみだわ」って……そう言っていたんだから。
 母は、父に強引に連れて行かれた?
 それだけならまだしも、気味悪がっていた私まで呼ぶなんて、父はどういうつもり?
 とにかく、母が気になる。

(行くしかない!)

 私は顔を上げた。
 悪い想像をしていても仕方ない。生まれた家に、帰ろう。
 何が起こっているのか、私は確かめる決意をした。


 私はそれからすぐに近所のフリーター仲間の家に飛び込んだ。母が入院することになったと嘘をついて食材を押しつけ、しばらくの留守を頼む。
 次に、寝室のチェストの引き出しをひとつ引っ張り出し、背板にピンでとめつけてあった封筒を取り出す。
 大事な貯金、今こそ使う時だ。いつ必要になるかわからないのだから、持ち歩こう。
 身の回りのものを布カバンにまとめ、戸締りをすると、私はベルコートの役所に飛んでいった。グレンフェルという家について、聞いてみる。

「グレンフェル家っていったら、アルスゴー伯爵のことだよ。隣の領主の」

 役所のおじさんが、貴族年鑑をめくりながら言う。

「見せてください!」
「読めるのかい?」

 おじさんは私の目の前に、年鑑を広げてくれた。下町暮らしの人々は文字が読めない人も多いんだけど、私は母から教え込まれている。
 名前をたどっていったそこに記載されていたのは、『アルスゴー伯爵 リカード・グレンフェル』の文字。

「なんてこと……」

 私は思わずつぶやく。
 父がアルスゴー伯爵なら、つまり母は、かつてアルスゴー伯爵夫人だったのだ!

(……ん? てことは私、伯爵令嬢だったの、かな?)

 間抜けな感想だけど、何しろ幼いころに家を出てそれっきりなのだ。
 今よりはいい暮らしをしていた記憶がうっすらとあるものの、まさか貴族だったなんて想像したことすらない。母もそんなことは一言も言わなかった。
 母子ふたり暮らしというだけで十分大変なのに、伯爵夫人などというれっきとした貴族が突然労働者階級になって働きながら子どもを育てるなんて、簡単にできることじゃなかっただろう。母の苦労は並大抵のものではなかったはずだ。

「どうして、言ってくれなかったの……」

 いまいち実感が湧かないまま、私は馬車の駅に向かう。
 夕方だったので、残念ながら乗合馬車はアルスゴーの手前までしか行かないとのことだ。
 じっとしていられなかった私は、とにかくそれに乗り、途中の馬車の駅にある簡易宿で一夜を過ごす。
 そしてついに、翌日の昼にはアルスゴー伯爵の屋敷に到着し――
 そこで、真実を知ることになった。


 アルスゴー伯爵邸は、灰色がかった白い石づくりの大きな屋敷だった。
 洗練された直線的なデザインの窓、シンプルながら美しい装飾。まるで神殿のようで、貴族が雲の上の存在であることを思い知らされる。
 正面の階段を上って玄関扉の前に立つと、私はひとつ深呼吸をして呼び鈴のひもを引いた。

「ルシエット様!」

 扉を開けたのは、ひげのおじさんだ。

「大きくなられて……! 私です、執事のライルズです!」
「は、はあ」
(ごめんなさい。覚えてません)

 古着のコートの胸元を握りしめた私は、何やら興奮しているおじさんをなだめようと、とにかく聞く。

「あの、母が……ミルダ・ウォルナムが来ていませんか?」
「ミルディリア様は先におみえですよ。とにかく、まずはリカード様にご挨拶を」
「…………」

 母がいると聞いて、多少なりとも安心した私は、先に伯爵に会うことにした。
 ライルズに案内され、中に入る。
 占いに使っていたベルコートのアパートメントもそれなりに素敵な内装だったけれど、やはり貴族のお屋敷は違う。ホールは天井が高く、繊細せんさいな天井画がこちらを見下ろしている。

(……見覚えが、あるような、ないような)

 見事な赤い絨毯じゅうたんを踏んで階段を上がり、廊下の突き当たりにある書斎に通された。
 厚みのあるカーテン、色鮮やかな油彩画に囲まれた書き物机と、やはりこの部屋も立派だ。そこで何か書き物をしていた固太りのおじ様が顔を上げた。
 彼は私を見て、眉を上げる。

「ルシエットか」
「はい、私――」

 挨拶をしようとした出端でばなをくじくように、彼は呆れた声を出す。

「なんだ、そのみすぼらしい格好は!」
(カァッチーン)

 取るものも取りあえず駆けつけたんだから、しょうがないでしょ! あなたがいきなりお母さんを連れてくのが悪いんでしょうが!
 そう言いたい気持ちを抑え、私は母の教えどおり、スカートをつまんで淑女の挨拶をした。

「ルシエット・ウォルナムです。伯爵様にはご機嫌うるわしく」
「ふん。ミルディリアに礼儀作法は仕込まれているのか。それなら話が早い」

 伯爵はいったん視線を落とし、書いていた手紙か何かにサインをすると立ち上がる。

「お前に、結婚の話が来ている。お相手は、ウィンズロー辺境伯、ライファート・リンドン殿だ」
「……は?」

 母について話し合おうと思っていた私は、ぽっかーん、と口を開けてしまった。

(いやいや、今は結婚の話なんてどうでもいいでしょうが!?)

 私はとにかく母のことを聞く。

「あの、それより母は――」
「話の途中で口を挟むな」

 しかし伯爵はぴしゃりと言い、自分の用件を続けた。

「ルシエットを妻に、という話がリンドン卿のほうからあった。お前、何をやったか知らんがうまくやったな。まあ、我がアルスゴー伯爵家にとっても有益な話だ。お前を私の娘ルシエット・グレンフェルに戻してやるから、この家からリンドン卿にとつげ」
(……この人、本当に私のお父様なの?)

 私は心の中で首をかしげた。
 この伯爵様の態度、実の娘に対するものとは思えない。この人と母が一時でも夫婦だったなんて、想像ができなかった。
 まあ、彼が本当のお父様だとして、その鐘が鳴ってるみたいな名前の辺境伯を私は知らない。こちらからアプローチなどしていないことは確かだ。

「申し訳ありませんが、人違いのようです」

 私がそう言うと、伯爵は目を細めた。

「なんだと?」
「私、そのリンン卿? には、お会いしたことも連絡を取ったこともありませんが? 卿は、同じ名前の別の方をお望みなのでは?」
「私の娘で、ルシエットという名前の者はお前だけだ。黙ってとつげ」
「とにかく母に会わせてください。そもそも、私があなたの娘だということが、信じられません」
「ミルディリアによく似た顔をしておいて、よくも」

 伯爵は声を荒らげかけて、不意に表情を変えた。そして鼻で笑う。

「まあ確かに、お前が私の娘かどうかは怪しいものだがな。私の親族で、お前のように気味の悪いことを言い散らかす者は、他にいないのだから……」
(……何?)

 言葉を返せないでいるうちに、伯爵は軽く手を振った。

「その辺はミルディリアから聞くがいい。あいつが一番よく知っているだろう。ライルズ!」

 呼ばれた執事さんが現れると、伯爵は言う。

「ルシエットをミルディリアのところに案内しろ。――ルシエット」

 再び私に視線を戻した彼は、ニヤリと笑った。

「ミルディリアのためにどうしたらいいか、よく考えることだな。自分の利用価値を知り、私と取り引きするのだ」

 私は何がなんだかわからないまま、執事さんの後について書斎を出た。

「ミルディリア様はこちらです」

 案内されたのは、二階の一室だ。
 扉を開けると、この部屋もまた上品ながら絨毯じゅうたんが敷かれてんがいつきのベッドがあるという豪華さ。
 そのベッドで、母が身を起こしていた。

「ルーシー!」
「お母さんっ」

 私は母に駆け寄り、伸ばされた手を握る。

「ああ、ルーシー、ごめんなさい」

 母は顔色が悪く、何か話そうとして、咳込せきこんだ。
 私は急いで、持ってきた荷物の中からハーブティの葉を出す。立ち去りかけていた執事さんを呼び止め、お茶をれてくれるよう頼んだ。
 医学的にどんな作用があるのかは知らないけど、とにかく母のせきにはこれが効く。そのため、庭で育てては乾燥させて常備している。
 しばらくして私は、ハーブティを飲んで少し落ち着いた母から、話を聞いた。

「急に私がいなくなって、驚いたでしょう。いきなり馬車に乗せられて、駅に連れていかれてしまって」

 母は、積み上げた枕にもたれる。

「……けれどリカードは、本当にあなたのお父様よ。ここは、あなたの生まれた家なの」
「伯爵家だなんて、全然覚えてなかった。私たちが家を出た時のこと、ちゃんと教えて」

 そう聞くと、母はうなだれた。

「そうね。今が、話す時なのでしょうね。……あなたの能力を気味悪がったリカードは、幼いあなたに辛く当たったわ。このままではいけないと思った私は、あなたと家を出た。そうしたらいつの間にか、あなたがリカードの娘ではないかもしれないと……つまり、私が不義をして産んだ子で、だから私とあなたは家を出たんだということにされてしまっていて」
(あっ。さっきお父様が、自分の娘かどうか怪しいって言ってたのは、そういう意味!?)
「何それ、ひどい! お父様は違うって言ってくれなかったの?」
「誰かに聞かれると、一応の否定はしていたようだけれど……そんな話が一度でも広まってしまえば、疑いは残るわ」
「そんな……。私たち、追い出されたようなものじゃない。それなのに……」
「それで、私の父、つまりあなたのおじい様が私の不義を信じてしまって、ひどく怒ったの。だから実家は頼れなかった。でも、おばあ様がこっそり手を回してくれて、私はベルコートの企業家のところで住み込みの家庭教師の職を得た。あなたがある程度手がかからなくなっていたから、雇い主はあなたも一緒に住んでいいと許してくれたわ」

 そのあたりのことは、なんとなく覚えている。
 母がその家の娘さんに勉強を教えている間、私は半地下の使用人区域でひとりで遊んだり、料理の下拵したごしらえを手伝ったり、靴をみがいたりしていた。そうして、様々な労働を学んだ。
 今、私たちがふたりで暮らしている家は、その企業家が世話してくれたものだ。
 母が病気で仕事が続けられなくなっても、今までよく働いてくれたからと、手配してくれた。

「お母さん、どうして話してくれなかったの?」
あかてができないもの……私が不義をしていないというあかしがない」
「やっていないことを証明なんて、難しいに決まってる。そんなこと証明しなくていい、私はお母さんを信じるから!」

 はっきりとそう言うと、母は涙ぐんだ。

「ありがとう、ルーシー」
「当たり前のことなんだから、お礼なんて言わないで。それで、どうして今さら連れ戻されたの?」

 私は話を戻す。

「役所で、貴族年鑑を見せてもらったわ。お父様、再婚して子どももいるじゃない。どうして今になってお母さんを? 連絡したの?」
「していないわ! リカードの目的は私ではない。あなたよ、ルーシー」

 母は眉根を寄せた。

「私は、あなたに言うことを聞かせるための人質みたいなもの……だと思うわ」
「はあ!?」

 私は思わず声を上げる。
 母は、こぶしを握りながら続けた。


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