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1巻

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「ウィンズロー辺境伯が、あなたを妻にしたいと言ってきたのは本当らしいの。ルシエット・グレンフェルを、と名指しでね。リカードは、あなたがずっとこの家で令嬢として育ったかのようにとりつくろって、お嫁に行かせるつもりよ」
「ああ、そういえばさっき、礼儀作法を仕込まれてるなら話が早いとかなんとか……」
「そんなつもりで、あなたに教えたわけではないわ!」

 母は枕から身を起こし、取り乱した口調で言う。

「ただ、身をにして働くあなたが可哀想で……本当は伯爵家の娘なのにと……グレンフェルの家には関係なく、別の生き方があるかもしれない、その時に困らないようにと思ったから……!」
「お母さん、落ち着いて」

 私はあわてて、母の背中をさすった。

「お母さんが上品な振る舞いを教えてくれたから、雇ってもらえた仕事もあるのよ。感謝してる」

 特に、母に叩き込まれた上流階級の言葉のおかげで、大きなお屋敷でも働かせてもらえている。もし私が下町言葉しか知らなかったら、雇ってもらえなかった。
 けれど、私の言葉を聞いて、母は首を横に振り目を細めた。

「――これは想像だけど、リカードはたぶん、お金の問題を抱えているのよ。だから、あなたをリンドン卿の妻にして、彼から援助してもらいたいんだと思う」
「ははぁ……ありそうな話ね。でも、そのリンゴン卿はどうして、私がいいって言ったんだろう?」
「リンドン卿よ、ルーシー。ライファート・リンドン様」

 母は自分を落ち着かせるように、小さくため息をつく。

「卿のお考えはわからないわ。とにかく、リカードはルーシーを卿と結婚させるつもりでいる。辺境伯と縁戚になれるなんて、素晴らしい話だものね」
「そうなの?」
「そうなの」

 母は困り顔で、いまいち話を理解していない私を見た。

「辺境伯領といったら、隣国との交易のかなめ。それに、他国と領土を接しているから防衛面でも重要で、いざという時に辺境伯だけでも領地を治められるように、色々な特権を与えられているの。あなた、小さいながらも国の王妃様にって望まれているようなものよ」
「……ほほう。なるほど」
「本当にわかってる?」
「う、うん、わかってる、わかってる」
(頭では理解したよ、実感は湧かないけどね)

 とにかく、父の思惑おもわくがようやく理解できてきた。
 父にとっては、私と血の繋がりがあるかどうかは関係ない。利用価値があるか、ないかだ。
 物置の奥から私というガラクタを探し出してきて、おお、まだ使えるじゃないか、とホコリを払って使うような感じなのだろう。
 自分の利用価値を知れ、と、父は言った。
 そう……もし私が再びグレンフェルの娘として認められれば、それは同時に母の不名誉も返上されるということになる。それに、私が言うことを聞く代わりに母に高度な治療を受けさせてもらえるよう、取り引きができるかも。
 父はもう再婚しているのだから、母がこの家に住むことにはならないだろう。
 現に手紙には「空気のいいところに移す」と書いてあった。どこかあてがあるのかもしれないし、私が結婚してリンドン卿とうまく行けば、いずれは母を呼び寄せられるかもしれない。

「ああ、リカード……私をえさに、娘をおびき寄せるようなまねをするなんて。……ちょっと、ルーシー?」

 母が、思いがけないほど強い力で私の手を握った。

「なんなの、その何かたくらんでいるような顔は」
「お母さん」

 私はその手を握り返し、にまっ、と笑う。

「この話、乗ってみようかなぁ」
「何を言ってるの!」

 母は目を見開いた。

「あなたの人生に関わることなのよ? それを勝手にリカード、ごほっごほっ――」
「あ、いや、あのね」

 母の背中をさすりながら、私は説明する。

「確かに、お父様は勝手だなぁと思うよ、私も。でも、それさえ別にすればいい話じゃない? 私、本当はずっと、大金持ちと結婚してお母さんに楽をさせてあげられたらなぁって、思ってたんだよねー」
「あのお父様の娘に戻るのよ!?」
「でも、すぐにお嫁に行くんでしょ。一緒に暮らすわけじゃないし。時々会うくらいなら、まぁ」
とついだ後も、ずっと利用されるわ」
「貴族同士なんだから、利用したり利用されたりは仕方ないわ。リンドン卿のほうだって、妻の実家が何か言ってきても、その辺は織り込み済みなんじゃないかな。それに、卿がすっごくいい人かもしれないじゃない。どんな方なのか確かめてからでも、遅くないと思うの」
「あなたって子は、思い切りが良すぎて本当に心配」

 再び枕に背中を預けた母は、とうとう苦笑した。

「……前世のことは?」
「絶対口にしないわ、もちろん。言わなければ済む話だし」
(隠すくらい、なんでもない。たま輿こしのためなら!)

 私はお金のこととなるとゲンキンになる。マンガだったら目が「ドル」のマークになっているところだ。

「よーし、なんだか燃えてきた。もう一回、お父様と話をしてくる! お母さん、少し休んでて!」

 私は母が横になれるようにベッドを整え、母に笑顔を見せてから部屋を出た。
 さあ、お父様との話し合いだ。
 子どものころの私は、お父様の前世をて「海賊かっこいい!」なんて言ったけど、大人になった今、わかったことがある。
 お父様の前世は海賊っていうか、つまり密輸業者だったのだ。
 そういう下地のある人と取り引きしようっていうんだから、油断ならない。色々と気をつけないと。

(……で、お父様の書斎はどっちだったかしら。広い……)

 玄関の近くに行けばいいはず、と、最初に見つけた階段を下りたのに、なぜか廊下を進むとまた上へ続く階段が出現してしまった。

(さっき、ここ通ったかな? 日本なら、こんな複雑なお屋敷、建築基準法違反じゃない?)

 うろうろしていると、どこからか話し声が聞こえてくる。

「……冗談ではないわ。ロレッタを差し置いて、追い出されたはずの娘が辺境伯夫人になるなんて」

 怒りに満ちあふれた、女性の声だ。
 それに、高くのんびりした声が答える。

「ご指名なのでしょ、仕方ないわ」
「あなたは悔しくないの!? 血の繋がりすらないかもしれない姉が、辺境伯夫人になるだなんて……私たちより身分が上になるってことなのよ!?」

 話の内容からして、この声はたぶん、お父様の今の妻のハリエラと、娘のロレッタだ。つまり、私の義理の母と異母妹、ってことになる。

「リカードはどうして、ロレッタのほうを強引にでもすすめないのっ」
「お母様、私まだお嫁になんて」
「お黙り。こんな良縁、めったにないのに。ああ、なんとかならないのかしら」

 声の聞こえ方が変わり、ふたりが部屋から出てきたのがわかった。私はそーっと、廊下の角からのぞく。
 ふたりの女性が、向こうの廊下の角を曲がっていくのが見えた。
 ハリエラ様はどこかエキゾチックな顔立ちの方で、高い位置でまとめられた栗色くりいろの髪はボリューム豊かでゴージャスだ。立派な耳飾りと、いくつもの指輪をつけている一方、大きく開いた胸元に首飾りはなかった。ばいーんと盛り上がった胸で、アピールは十分ということかもしれない。……うらやましい。
 一方のロレッタは、顔はハリエラ様に似ているけれど小柄で細身だ。金茶色の髪を、今の王都の流行はやりで短くし、耳のあたりでカールさせている。ちょっと眠そうな目のせいか、貴族年鑑に書かれていた十五歳という年齢より幼く見えた。
 ふたりの気配が消え、私はため息をつく。
 つくづく、一緒に暮らさずに済んでラッキー!
 たま輿こしと言えばシンデレラだけど、私の場合は継母と義理の姉にいじめられるイベントをすっとばして、いきなり王子様のところにお嫁に行くようなもの。シンデレラよりずっとイージーゴーイングだ。
 ようやく見つけた別の階段を、私は気合を入れ直しながら下りていく。
 問題は、ウィンズロー辺境伯リンドン卿だ。いったい、どんな方なんだろう。そして、どうして私をお望みなんだろう。
 私は布カバンの中の水晶玉を思い浮かべ、リンドン卿がいい人であるよう、占いの神ギルゼロッグにこっそり祈ったのだった。



   第二章 変わり者の辺境伯よりも、転生仲間のことが気になります


「ちょ、ちょっと、止めて」

 私は口元を押さえ、箱馬車の中から窓をゴンゴンと叩いて御者ぎょしゃに訴えた。隣の父が不機嫌そうに私をにらむ。

「もうすぐだぞ、我慢しろ」
「お願いします、少しでいいのでっ」

 馬車はゆっくりと止まった。
 ガタゴトと音がして、御者ぎょしゃが扉を開いてくれる。足台が用意されていて、私はドレスのすそをからげながら、よろよろと外に出た。
 馬車での長距離の移動、加えて、慣れないコルセット。……酔った。
 ゆっくりと、深呼吸をする。

「すー、はー。……わぁ」

 人心地がついて顔を上げた私は、目の前の景色に目を見張った。
 うねるように続く丘の合間に、海が光っている。海から吹く風が潮の香りを運び、私の前髪をそよがせた。
 海の手前、ひときわ大きな丘の上に、古いお城が建っている。
 あれが、私たちの目的地――ウィンズロー城だ。
 かつて海の向こうの隣国と戦う拠点として建てられたそれは、赤っぽい石でできた質実剛健しつじつごうけんといった感じの造りで、とりでの役割を果たすためか横に広かった。
 そして、城のすそから丘のふもとにかけて、緑に包まれた美しい町並みが広がっている。戦争も今は昔となった現在、友好国となっている隣国との交易で、町はうるおっているのだろう。
 後ろの馬車からメイドさんが出てきて、私の様子を心配そうに見ている。私は、もう気分は大丈夫、という意味を込めてうなずいた。

「……でも、この格好でいいのかしら」

 今朝方メイドさんに着付けてもらった自分の服装を見下ろす。
 いくつか段のあるドレスの上に、えりのある短いジャケット。スカートもややタイトで、王都ではこういうスタイリッシュな格好が流行はやっているらしい。でも、ここは辺境だから、同じような格好が流行だとは限らない。そこがちょっと心配なのだ。
 それにしても、ウエストはコルセットで引き絞られているし、帽子は邪魔だし、貴族の女性はなぜこんな格好で平気な顔をしていられるんだろう。信じられない。


 ――私、ルーシー・ウォルナムがルシエット・グレンフェルに戻ることが決まってすぐに、父はリンドン卿に「娘とご挨拶に伺いたい」という手紙を出した。
 すぐに来た返事は、こんな内容だ。

『ぜひお越しください。ウィンズローは辺境の地、行ったり来たりの移動は大変でしょうから、ルシエット嬢が当地をお気に召したら、そのまま城での暮らしを始めていただいても構いません』
「すぐにでも一緒になりたいという勢いじゃないか。いったいどうしたことだ」

 父はご機嫌ながらも不思議そうだ。

「卿は、二年前に爵位を継いでからというもの、結婚話が引きも切らずに持ち込まれていらっしゃるそうだぞ。それでもまとまらなかったのに、あちらからお前をご指名とは。お前、本当にどうやって卿をここまでその気にさせたんだ?」
「私のほうこそ知りたいです。それよりも、お父様――」

 リンドン卿の気持ちに、私はそれほど興味がない。母のことのほうが大事なので、父に念押しする。

「お母さん……お母様に何かあったら私、ライファート様にも気味の悪いお話をお教えして結婚をぶち壊しますから、そのおつもりで。ハリエラ様にも、そこは了承していただかないと」

 リンドン卿からの援助をあてにしている以上、父は私に頑張ってもらわないと困るだろう。後妻のハリエラ様だって、自分の生活に関わるのだから、怒っていても母には手が出せないはずだ。

「わかっている。ミルディリアは我が家の別荘に置く。管理人夫妻が世話もする。医師にも定期的に診せる」

 父は私の条件をすんなり呑んだ。けれど、ひとつ釘を刺す。

「いいか、下町臭さは徹底的に隠せ。お前は貴族として育たなかったために知らないだろうが、貴族はよそおいや立ち居振る舞いで、権力と財力を見せつけねばならん。労働者はそれをたりにして、この人たちならば自分たちの生活を預けることができると安心するものだ。辺境伯夫人になるのだから、心得ておけよ」

 私と母の予想どおり、父は投資に失敗して、少々借金があるようだ。そんな父から財力だのなんだのと言われても、正直説得力がない。
 でも、もし私がウィンズロー辺境伯領の領民で、領主様のお嫁さんが怪しげな占い師だったら、心配になるかもしれなかった。「適当なことを言って領主様をたぶらかそうとしているのでは!?」とか、ちょっと思っちゃう可能性もある。
 よけいなトラブルを避けるためにも、私の能力や占い師をやっていた過去は封印しよう、と思った。離れて暮らす母のためにも、失敗するわけにはいかない。
 出発前、私は母の世話をするという管理人さん夫妻に会わせてもらい、しっかりした人柄であることを確認した。母の病状やこれまでの食事のことなどを伝え、ルーシーオリジナルブレンドのあのハーブティも渡す。
 そして、母とも約束した。

「何かあったら、すぐに知らせてね。手紙に書きにくいことなら、私にだけわかるように書いて。必ず助けに行くから」

 そう打ち合わせると、母はしっかりとうなずいた。

「私のことは心配しないで。リンドン卿が優しい方であることを祈っているわ。ああ、こんな時に、娘に何も持たせてやれないなんて」
「お母さん、いつも言ってるじゃない。勉強したことは財産になるって。お母さんにもらった大切な財産、ちゃんと持っていくから安心して」

 胸を叩いてみせると、母はにっこりと微笑ほほえんだのだった。
 そして一ヶ月ほどの時間をかけて、私は髪や肌のお手入れをされ、現在の貴族社会のあれこれを詰め込まれてから、いよいよウィンズロー辺境伯領に向かうことになった。
 汽車を乗り継ぎ、馬車で森を抜けて山間の道を進み、数日かけてようやく辺境伯領内に入ったのだけれど――


「ん?」

 素晴らしい景色と美味おいしい空気が、私の馬車酔いをいやしてくれた。けれど、そろそろ出発しようとした時、城のほうから一台の馬車がやってくるのが目に入る。

「なんだ?」

 父も馬車を降りてきた。
 その馬車は、私たちの目の前で止まった。ゆったりした作りの箱馬車だ。
 扉が開き、フロックコート姿のひとりの紳士が降りてくる。その姿を見て、私は思わず目を見張った。
 知性あふれる顔立ちに、風に少し乱れたアッシュグレーの髪。そして深い青の瞳と、口を閉じたまま口角をグッと上げる、あの微笑ほほえみ。
 低い声が私にささやく。

「ルシエット」

 声を上げかけた私は、あわてて手袋をした手で口をふさいだ。

(なんで、この人が、こんな場所に!?)

 それは、私の前世占いのお客になった、あの男性だったのだ。前世が日本人の小さな女の子を連れてきた、だけど本人の前世はることができなかった、あの……!
 父が一歩、踏み出す。

「やあ、これはリンドン卿!」
「ええっ!?」

 私は結局、口をふさいでいた手を離して声を上げてしまった。

(こ、この人が、ウィンズロー辺境伯ライファート・リンドン!?)
「ようこそ、ウィンズローへ」

 リンドン卿――ライファート様は父に向き直って握手し、そしてもう一度、私を見て微笑ほほえんだ。

「ルシエット。ようこそ」

 その時、私は「あ。終わった」と思った。
 だって、占いをしたあの日、この方は私を『ルシエット』って呼んだもの! つまり、占い師イコール今ここにいる私だって――私が怪しげな力を持ってるって、もうバレてるってことだ!

(あああ。まさか、会った瞬間に破談だなんて……)

 私は思わず、ぎゅっと目をつぶって身構えた。
 きっと、気味が悪いとか、お前のような嫁はいらないとか、そんなような言葉が降ってくる。
 でも、私は顔を隠していたのに……どうして私がルシエットだとこの人はわかったんだろう。いつ、どこで、ルシエットを知ったの?
 不審な態度の私に気づき、父があわててフォローを入れる。

「申し訳ない、娘は少々馬車に酔ってしまいまして。休ませていたところなのです」

 いかにも私を心配しているような口調だけど、もうタヌキっぷりは無駄だ。何もかもご破算なんだから。
 そこに、ライファート様の淡々とした声が降ってきた。

「それはいけない。山間は道が悪い、大変だったことだろう。ここまで来れば大きな馬車が使える。私の馬車にお移りになるといい」
「えっ」

 私は思わず顔を上げ、ライファート様の目を見た。
 ライファート様は、少し眉根を寄せてこちらを見つめている。その表情は心配そうだ。
 結果的に見つめ合っている私とライファート様を、父は見比べた。

「リンドン卿、どちらかへお出かけだったのでは」
「いや。そろそろ着くころと思い、お迎えに上がった」
「なんと、わざわざありがたい。ルシエット、乗せていただきなさい。私はこのままこの馬車で行くから」
「えっ!?」

 さっきから「えっ」しか言ってない。それは置いといて……

(ちょ、待ってよお父様、いきなりライファート様とふたりきり!?)

 いけすかない父ではあるけれど、すがるように見てしまった。それなのに、父はさっさと乗ってきた馬車に戻ってしまう。

「さあ、ルシエット」

 名前を呼ばれた私は、ぎょっとして振り返る。ライファート様が、馬車の前で手を差し出して待っていた。
 私は仕方なく、ライファート様に近づく。背の高い人なので、ちょっと上目遣いになったくらいでは顔が見えず、恐る恐る顔を上げた。
 また、視線が合う。
 ライファート様はあの笑みを浮かべている。なんだか、真面目な顔をしようとしているのに、ついつい顔がほころんでしまっているかのような笑みだ。
 薄い唇から、こんなつぶやきが漏れた。

「間に合って、良かった」
(何が? 馬車が?)

 どうしていいのかわからないまま、彼の手に自分の手を預け、私は馬車に乗り込んだ。中は広く、座席も程良い柔らかさだ。
 隣にライファート様が乗り込んだため座席が軽く沈み、私はドキッとする。
 心を落ち着ける間もなくすぐに、馬車は動き出した。
 不意に、すっとライファート様に顔をのぞまれる。

「顔色が悪いな」
「ひゃい!?」

 変な声が出た。

(緊張しすぎだ、私!)

 ライファート様は目元をやわらげる。

「もうすぐ舗装ほそうした道に入る。揺れも小さくなるだろうから、少し辛抱してほしい」

 私は一度深呼吸して、気持ちを立て直した。

(え、ええい。待つのは性分じゃないのよ、こちらから打って出る!)
「はい、ありがとうございます。ご挨拶が遅れて失礼いたしました。私はルシエット・グレンフェルです。どうぞよろしくお願いいたします。……あの、リンドン卿」

 家名を呼ぶと、「ライファートと」と、即座に訂正された。

(もう名前呼びなの!? ハードル高い!)
「あっ、あの、ライファート様」
「何かな、ルシエット?」
「どうして私に、その、今回のお話を持っていらしたのでしょうか?」

 一度、ごくりと唾を呑み込み、私は続ける。

「どこかで、お会いしたことが……?」

 すると、ライファート様は私をじっと見つめながらうなずいた。

「会ったことがある。十六年ほど前のことだ」
(へ? ……それってもしかして、グレンフェル家を追い出される前?)
「わ、私が子どものころ、でしょうか」
「そうだ。覚えていないのも無理はない。……建国記念行事の行われていた、王宮でだった」

 ライファート様の視線がようやく私から外れ、何かを思い浮かべる表情になる。

「私は王侯貴族たちがさんざめく広間を抜け出して、庭園を歩いていた。当時、私は貴族といえども爵位を継承する可能性などほとんどない、末端にすぎなかったしな。すると、幼い子どもが池をのぞんでいたんだ。落ちそうになっていたので、私はその子の手を引いて助けた。すると、その子はこう言った。『あなた、空っぽだ』と」
(……っぎゃーっ!!)

 ドッ、と私は冷や汗をかく。
 鏡や池をのぞくのは、子ども時代の私の癖だと母から聞いている。
 たぶん、映っている自分の前世の姿を眺めるためだろう。そしてきっと池に落ちそうになった私は、手をつかんでくれた人の前世をたんだ。
 でも、えなかった。池に映らなかったのだ。
 その時の人が、ライファート様!


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