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第五章 前編

67話 代わり

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 イルエラの表情を下から覗き込むと、じっとこちらを見つめた儘硬直してしまう。

「………………………分かった。……だが。遅かったら担ぐからな」
「う、うん」
「俺もヴァントリアに上目遣いされたい……」
「ん? ウォルズ今なんか言ったか?」
「俺もヴァントリアに上目遣いされ————ッ……!」
「——どうやって博士を探し出すんだッ⁉︎」

 興奮した様子でウォルズが熱弁しようとしたのを、ジノが遮って声を上げた。

 ジノとウォルズが睨み合っているが……ふふふ、喧嘩するほど仲が良いって奴だな。

「そう言えば、博士ってどこにいるんだろう。助け出すにも場所が分からないんじゃ意味ないよな」
「……大規模な実験場は44層しかない。ヒオゥネもあそこを拠点に利用してる筈だ。囚人を実験台にし放題だし、失敗したら45層に落とすのが簡単だからな」
「な、なるほど……」

 だから何でそんなに睨み合ってるんだ。仲が良いのはいいけど、冷たい晴兄ってなんか調子狂う。

「じゃあ、早くエレベーターで44層へ向かおう?」

 ウォルズの袖を引いて目を合わせようとすると、こちらを見たウォルズがフリーズしてしまう。

「ウォ、ウォルズ?」
「か、」
「か?」

 ——突然、ウォルズにガバッと抱き締められる。

「可愛いいいいいいいいいいいいいいいいいいい————ッ!!!!!!!! もう俺死んでもいいいいいいッ!!!! 尊いよ可愛いよヴァントリアに上目遣いされるとか、あああ、しかも首傾げ、んんん、あああ、うえあうはへふえおおおう神様ありがとう俺生きてて良かったもう悔いはないです死ねますありがたやありがたや」

 落ち着け。

 ジノとイルエラが懸命に剥がそうとしているが無意味のようだ。ジノが蹴りを繰り出そうとした途端、ウォルズは俺を抱えながら回避する。本気出したら彼らの成敗は無駄らしい。

「今いいところなんだから邪魔しないでくんない?」
「……いいところだったか?」

 ただ毎度の如くハグされて頬擦りされてただけのような。

「……ああ、もう、暑苦しい離れろ。お、俺はこういう事は女の子としかしたくない」

 何が嬉しくて男に抱き締められなきゃならないんだ。お前は推しが目の前にいて嬉しいのかもしれないけどさ。……俺もセルに抱き締められたら満更でもないかもしれないけど。

 サービスで抱き締めてくんないかな。

「……今何考えてたの。万」
「え。いや、その。俺も推しに抱き締めて貰ったら嬉しい……かもって」
「そう言えば万の推しって誰だったっけ?」

 あれ、爽やかな笑顔から一瞬淀んだ空気が……。気のせいか。

「セルだけど」
「……………————一番ダメな奴ッ!? いや、嫌いじゃないけど、でも危ない絶対ダメっ!」
「な、何だよそれ、お前ばっかりズルいだろ、俺だって会えたらほっぺにキスのひとつやふたつ……いや、されても困るな」
「其れだけじゃ済まないッ!! 会ったら一巻の終わりだと肝に銘じときなさいッ……!!」

 何其れ。ズルい。お前に会った時から一巻の終わりだったっての。

「分かったよ。まあ推しとは言え男だし。見てるだけで平気」
「見るのもダメ」
「…………わ、分かったよ。」

 これは引きそうにないな。ムカつくけど此処は話を合わせておいて。会えたら……。

 あれ、そう言えば俺……セルに美しいとか綺麗とか……な、何か急に興奮してきたぞ。

 な、なんてことだ俺推しに褒められてたんだ、うわああ、もうちょっと味わっておけば良かった。と言っても……涎垂らしながら言われてたからなぁ。涎垂れててもかっこよかったけど。

 ……セルがお腹さえ空いていなければ幸せなシーンだったかもなぁ。

 後はシスト様に会えた事は人生で一番の幸せだな。怖かったけどやっぱりかっこよかったし。

 そんなことを考えていたら、ウォルズがその様子を見ながらボソリと呟いた。

「セルにだけは会わせないようにしないと……万が剥かれる」
「何か言った?」
「そろそろ出ようか、追っ手もいるだろうし」
「おっと。そうだな、こうしてはいられないか」

 店主は気を付けろよ、と送り出してくれた。

 彼も町の人もウォルズに信頼を預けているからな。ウォルズが彼等を助ける度に兵士に目を付けられていくので匿ってくれることも何度かあった。

 今のウォルズがどうなのかは知らないが、店主にはかなり信頼されてるみたいだ。良客という事もあるんだろうが。

 新しい衣装を着て町を歩けば、あいかわらず注目をされている気がする。

 ただ、以前はこちらを疑うような、訝しむような感じが多かったが、今は何か違う気がする。何なんだろう。


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