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第五章 前編
82話 やめてくれ
俺にとって、あの兄だけは白くて美しくて輝いてみえた。
ウォルズの剣みたいに——人々を助けるあの姿みたいに。一筋の光が射し込み、寒くて寂しいこの地下都市を暖かく照らすみたいに。
シストは、俺を照らしてくれた唯一の——光だった。
黒い闇が自分に絡みつく。冷たくなっていく自分の肌を抱えるように蹲った。
——頰を熱い感覚が伝っていく。
「どうしてっ、どうして裏切ったんだ、シストおおおおおおおっ」
胸にぽっかりと穴が空いたみたいで苦しい。締め付けられる痛みに喉が呼吸をしようとしてくれない。息が出来ない、苦しい。
お兄様に嫌われるのは嫌だ。
——傍にいて欲しい。
傍にいたい。
貴方をただ見ていたい。
王となって地下都市を照らす太陽となる貴方の傍で。照らされ続けたい。
いつからあんなに、冷たくなったんですか。
前世の記憶に支配されて心中に閉じ込められていた焦がれる気持ちが溢れ出してくる。
これが——ヴァントリアの兄を想う気持ち。
これが、俺のシストへの気持ち。
「知らない、こんな感情知らない……苦しいだけだ、捨てろ。お前は捨てられたんだ。堕とされたんだ、落ちぶれ貴族に成り果てたんだ。俺は嫌われてるんだ、誰にも好かれることなんかない、誰にも愛されることなんかない、お前は嫌われ者なんだ」
「どうしたのですか」
背後からそんな声を掛けられてハッとする。
——何だ今のは。
「……今のはもしかして……記憶を思い出す前の俺の……」
「ヴァントリア様?」
「だ、大丈夫だよ、ヒオゥネ。少し困惑しただ……け? …………え!? ヒオゥネ!?」
顔を上げると、ヒオゥネが不思議そうに、こちらを眺めていた。
——それは俺のするべき顔だ。俺を包み込んだ黒い触手の中に、何故ヒオゥネがいるのか。
俺の顔が訴えていたのか、ヒオゥネは考えていることを汲み取って答えた。
「実は彼の後取り込まれてしまいまして。どうしようかなぁ、と考えていたところです」
「軽っ!?」
何でこんな一大事にそんなに余裕でいられるんだ……。ヒオゥネって肝が座ってるのか、それかただの不思議ちゃんなだけか。
それにしても……どうして今なんだ。突然シストに会いたくなるなんて。
「…………シスト、か」
「はい?」
「……いや、なんか会いたいなって」
「今ですか? ……此の状況下で?」
珍しく顔に出して面食らうヒオゥネに、俺も思ったけど、取り敢えず弁解しておく。
「シストなら助けてくれる気がするんだ」
「どうやって? ここにはいないんですよ?」
「何か……来てくれる気がするんだ」
「成る程、ブラコンは昔のままなんですね……」
「ブラコンって言うか……王様に対する忠誠心みたいなもんだと思うんだけど」
「他人事みたいな話し方ですね」
……他人事、か。まあ、正しいと思う。
ヴァントリアのことは他人事なんだ。前世の記憶を思い出した時、確かに俺は前世で生きてきた儘の俺だったのだから。
ジノに襲われて——夢でないと考えを改めたものの、未だに夢を見ている感覚から抜け出せている気がしない。
自分がヴァントリア・オルテイルであることは認めたし、ヴァントリアの記憶が少しずつ取り戻せていることも事実だ。
——どうしてはっきりと思い出せないんだろう。
こう言うのはヴァントリアが前世の記憶を思い出して自分の行動を改めていくのが王道だろう。
なのに、今はどうだ。前世の記憶が支配してる。
だって俺はヴァントリアであってヴァントリアじゃない。身体はヴァントリアだと認めたさ、だけど、思考は——心は、魂は、禿万鳴貴の儘だ。
事情を知るウォルズに話したい。同じ立場である晴兄に問いただしたい。
前世の記憶を思い出したのはいつなのか、ウォルズとして生きてきた記憶はあるのか。
思い出さないと、矛盾が生じてしまう。
だって俺はシストに会いたいなんてチピリとも考えてないのに、心の奥底では会いたいと暴れ回っている感情が確かに存在するんだ。
「……ダメだ。こんなんじゃ。俺のことは後からでいいんだ。ヒオゥネ、博士の居場所を教えろ。俺はその為にここに来たんだ……!」
本来の目的を思い出し、ヒオゥネに掴み掛かる。肩を揺すって答えを促せば、ヒオゥネがくつくつと笑った。しかし、表情は無表情のままだ。——すると楽しそうな声が、彼の感情の見えない唇から紡がれた。
「目の前にいるじゃないですか」
「は。」
い、いや、そうじゃなくて。
無表情の彼の顔を窺うように覗き込んで、もう一度言う。
「お、お前も博士なのは知ってるけどそうじゃなくて、俺が知りたいのはテイガイア・ゾブド博士の方で」
ヒオゥネは目をまんまるにした後、すぐに目を伏せてくつくつと笑う。変わらず無表情である。……いつも思っていたが不気味だ。
「そんなところも可愛らしいですね。僕は理解した上で答えているんです。ちゃんといますよ。ほら、目の前に」
ピッと親指を真上へ向けて微笑む。今度はちゃんと表情として現れていたが——そんなことはどうだって良かった、ただその指と言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。
「……ま、まさか」
脳裏に焼き付いた予測に喉が震える。掠れた声が漏れた時、くつくつとヒオゥネの肩が震えた。
「はい。あれが僕の最高傑作。第八のハイブリッド。テイガイア・ゾブド博士ですよ」
————嘘、だ。
そんなわけ。
——相変わらず笑ったままのヒオゥネに顔をしかめる。
何が、面白いんだ。
魔獣の姿は、確かに巨大で、一つ一つの攻撃のダメージも大きいだろう。
しかし、その分彼の身体と思える一部は損傷し黒い血液がダダ漏れだった。呻き声だと思っていた、今もなお続く叫声は……。苦しんであげている声だったんだ。
思わず——周囲の触手を掻き分けて外へ飛び出そうとしたが、ヒオゥネに首根っこを掴まれる。
「そういうところは嫌いですね、しかし今貴方を失うのは困ります」
「どうしてヒオゥネが無事だったのか不思議だったんだ。お前の強さとか全く知らないから仕方ないけど、今のこの状況だってよく考えたら可笑しいだろう。
どうして魔獣は俺達を包み込むだけで、攻撃してこないんだ……!」
「そんなの、決まってるでしょう。僕が命令しているからですよ。呪いの力によって。まあ僕のは擬似呪いですけど。——どうやら博士はヴァントリア様の呪いの濃さが好ましいみたいですね」
ヒオゥネが手を動かすと、ザ——ッと触手が怖がるよう一斉に離れていった。空中に漂う黒い触手の間から、未だに身体の節々から血液を流す魔獣の姿を発見して、思考が停止する。
身体を上下に揺らす荒い呼吸と、度々発せられる唸り声。
——魔獣の顔が天を仰ぎ、喉をえぐるような叫号を上げた。
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