転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)

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第五章 前編

81話 大きな掌



 ——一弾指の間にウォルズと俺を飲み込もうとする。

 奴の手に掴まれた途端、身体の底から冷えるような感覚に襲われた。

 冷たく凍り付いたような身体を、見えない腕の中に抱き締められる。その腕が誰のものか分かったからだろうか、暖かくて、安心する。

 ——瞬間、真っ暗だった視界に一筋の光が射し込んだ。

 輝きが一層増して、花が咲くように光がほとばしる。

 発光体はウォルズの腰で輝いていた。

 それへ手が伸ばされ、引っ張り上げられた時、光線が溢れ出し俺達の全身を包み込んだ。

 自分の顔がウォルズの胸が近くにあって、漸く自分が庇われているのだと気が付いた。

「——ウォルズ!」
「——大丈夫。俺がヴァントリアを守る……」

 そうじゃなくて。

 さっきからウォルズの身体からミシミシと言う音が鳴っている。

「——っ」

 剣の柄から、ずるりと真下へ引き摺られたように、ウォルズの手が離れる。

 急いで顔を覗き込めば、ウォルズは苦痛に表情を歪めていた。

 美しい瞳は焦点も定まらず、瞳孔は深い霧が映し出されるようにぼんやりとしている。

「ウォルズ……っ」

 心配になって両頬を触ると、瞬く間にウォルズの瞳が輝き——輝き続ける剣の柄を掴み直した。

 片腕で俺の身体を抱き寄せ、剣を真横に掲げる——それは、まるで芸術だった。

 ウォルズの剣がしなやかな斬撃を描いて暗闇を舞う。

 光の幻想的な姿に見惚れていた——刹那——痛いくらいの眩ゆい光が視界を奪う。

 荒れ狂うような斬音が遅れて聞こえ、目が慣れた時何が起こったのか即座に理解した。

 俺達を掌握した巨大な掌がバラバラになって無残に地面へ広がっていたのだ。

 黒い皮膚が徐々に色が抜け落ちるように白ばみ、ビクビクと打ち震えた後静止する。

 ——ウォルズが掌を切り刻んだのだろう。握り潰されることは免れたみたいだ。

 余程のダメージを受けたのか、魔獣が動きを鈍らせている隙にウォルズに抱かれて44層へ撤退する。

 すぐに廊下を走って逃走するも、すぐ手前の44層の床が盛り上がった。

 まさか——っ。

 轟音を率いて石の床を突き破る。

 黒い巨体が道を埋め尽くし、暴れ狂うように腕が地面を貫いた。そして、大地を震わせる憤怒の咆哮をあげた。

 その間中揺さぶるような激しい揺れが起きて、立っていられるのもやっとな状況だ。

 巨大な腕が地面を貫く度に大きな瓦礫が降り注ぐ。

 転げ回り、飛び跳ねて、それ等を間一髪で避けつつも、いつまで保つか分からない。

 更に複数の掌が迫ってきて絶体絶命のピンチだった。しかし、強い力で引かれ、免れる。

「ウォルズ……!」

 剣を振り、次々に瓦礫や掌を切り返し粉々にしていく。

 どうしてこんなにも、かっこいいんだろう。

 ——正に勇者だ。

 ウォルズの手に引かれて反対方向へひたすら走った。

 44層に設置されていた、こじんまりとしたエレベーター達も奴の足や腕で次々に破壊されて行く。

 ——この儘じゃ本軸のエレベーターしか残らないじゃないか……!


 それに、どう考えてもウォルズは本当の力を発揮していない。俺が足手纏いなんだ。現に今だって俺は早くも息を切らして走るのがやっとだ。

 ヒオゥネはいつの間にか消えている、45層に置いてきてしまったのか。

 ——待てよ。



 彼の魔獣——もしかして俺達しか追ってきていないのか。



 魔獣の腕が伸びてきてウォルズに抱き上げられて飛び退いた。抉り取られた石の床を見て愕然とする。

 何て力だ。

 こんな魔獣見たことない。やっぱり此れもA and Zで登場した魔獣なのか?

 もしそうなら、ウォルズは弱点位熟知してそうなのに。遭遇してからずっと逃げるばかりで倒そうとはしない。

 周囲を確認してハッとする、その場その場で逃げていると思っていたが違う。ウォルズの目的は——ジノを実験していた、あのメガトン級の広さの実験場に出ることだ。

 確かに彼処なら、背後の魔獣の全体像を把握出来そうだ。壁に磨り潰されることも、瓦礫が降り注いでくることもなく動きやすくなるだろう。

 ただ、魔獣も自由に動けるようになる点では面倒なことになりそうだけど。

「——しまった……ッ」
「え——」

 ウォルズの声でハッと振り返る。現状を飲み込んで、呼吸が停止した。

 ——前方の床を突き破って魔獣の手が飛び出して来たのだ。

 何故——……後方にも魔獣は——

 ——まさか、廊下で見える範囲でしか大きさを計れていなかったが、奴は想像以上に人智を超えたデカさなんじゃないか!?

「——ヴァントリア!」

 ウォルズに向かって行ったように見えた掌は彼をスルーして俺だけ目掛けて突っ込んでくる。



 大丈夫だウォルズ、回避だけは得意なんだ!

 ————って手を離してくれなきゃ避けられないだろ!?


 ウォルズがハッとして手を離した時、慌てて壁際へ張り付いてスレスレで回避することができた。

「って、ウォルズ?」

 ウォルズの姿が見当たらず、必死に周囲を見回したが発見することが出来ない。

「うわあああっ」

 そんな時——再び手が真下の床を突き破って来て、全力疾走でその場から逃げ出した。

 ウォルズと離れ離れになってしまったけれど、きっと実験場へ向かっている筈だ。何よりこのデカイ魔物の攻撃でも大変なのに瓦礫の雨までなんてキャパオーバー過ぎる!

 俺も実験場へ向かって瓦礫から逃れれば——待てよ? 瓦礫、だと?

「何だそうか! 瓦礫のフリすればいいんだ! 降り注ぐ瓦礫! 何てやりがいがあるんだ! よし!」

 ぴょん、と飛んで丸まって固まり瓦礫の顔をする。完璧だ。完璧に擬態出来た。

 地面に落ちて仲間達とぼーっとしていると、ドドドドドとおっかない魔獣の巨大な掌が壁から床から前後から突き破って現れる。

「ぎゃーっ! 何故バレた!」

 やはり魔獣、匂いとか気配とかもろもろとか後はあれだな、こんだけ厄介そうな魔獣なんだ。感知能力も優れているんだろう。

 そうじゃなきゃ俺の瓦礫のフリがバレる筈ないんだ。

 迫る掌の間をドッジボールみたいに避けまくってすり抜けて、うぎゃうぎゃ騒ぎながら、思わずすぐそこにあった部屋に入ってしまって遂に行き止まりまで追い詰められる。

 仕方なかったんだ、怖い時にトイレに逃げ込むアレと一緒で個室へ身を隠せば何とかなると思ったんだ

 ——めちゃくちゃ後悔しているが。

「うあああああああん、ジノおとうさんイルエラおかあさんウォルズお兄ちゃああああううんっ、うああああん、どうして俺ばっかり狙ってくるんだ、やっぱり魔獣の恨みも買ってたんだな俺! 助けてええええお願いシストおにいさまああああっ!」

 恐怖で生理的な涙すら浮かんでくる。

 ——魔獣の手が伸ばされて、ぎゃあああっと避けた時だった。

 服に掠れる位スレスレに避けた掌が、背後の壁を突き破り、ガラガラと崩壊して向こう側の部屋への道が出来る。

「グッジョブ魔獣くん!」

 手を土台に飛び越えて、開けたその場所に出たとたん、自分を心底恐ろしいと思った。

「——実験場……辿り着いちゃった……のか?」

 壁も天井も真っ白のドーム状の無機質な室内——ただ、以前とは全く別物で、卵のようにひび割れてまるで鱗の膜が壁を覆っているみたいだった

 鱗の向こう側は、何年も放置され——朽ちた石造りの壁だった。45層に何処と無く似ている。

 一瞬、本当にここが実験場であるか思い迷ったが、ジノに使われた実験器具が残っていたから、実験場であることは間違いないだろう。

 ここへ向かうつもりではいたが、結局逃げることに必死でひぃひぃ言いながら適当に走り回っていただけだった。



 ——なのに、目的の場所に着いてしまうだなんて。



 やはりヴァントリアは生き延びることに関してだけは運がいいんだ。


 ——しかしそう思ったのもつかの間、腕と自分だけしかいなかった空間に、けたたましい炸裂音が叩き付けられ、瓦礫の山が地面を砕く。

 床を突き破って現れた魔獣が、這い上がるようにして姿を現して、やっと全体を把握することが出来る。

 得体の知れない姿だった。

 本当に魔獣と呼んでもいいのか判断出来かねた。


 犬のような四足歩行。背中におびただしい数の巨大な腕が生えており、触手のように蠢いた。動きはうねうねちゃんに良く似ている。

 ——違う。腕と認識していたのは触手そのものだったんだ。掌と認識していた物体は触手のひだらしい。

 枝分かれするように触手の数が増えていく様は、まるで巨大な木に覆われていくような迫力があった。

 ——ボタボタと黒い液体が地面を汚す。動く度に呻き声を上げ、搾り取られるように液体を身体中から吐き出していた。

 赤黒く染め上げられた地面を見て、其れが魔獣の血液であることを知る。

 無意識に後ずさると、バッと魔獣の顔らしきモノが此方に振り向いた。

 光の速さで——うねうねと入り乱れた動きをしていた触手達が、一斉にこちらを向いて迷うことなく一直線に伸びて来る。

 鋭く尖った其れは空気を割いた音を引きずりながら迫って来る。



「——た、助けて」



 誰か。


「にい、さ」




 助けて。






「————シストお兄様……っ!!」





 自分の口から無意識に紡がれた言葉に――思考が止まる。







 自分を最下層へ落としたシストを憎んでいた。


 それでも尊敬が消えることはなかったし、度々会いに来てくれるシストに自分はまだ好かれていると思い込んでいた。


 前世の記憶を思い出し、シストに嫌われていることを自覚していた筈だった。


 だからもうシストに好かれることは諦めようとした。

 ゲームの中の自分の兄への心酔ぶりを目の当たりにして。

 自ら客観的に見て、恥ずかしいと思った。けど、けど。




 深層にはやっぱり、シストの存在が大きく根付いている。



 黒い触手が自分の周囲を埋め尽くしていく。光が届かなくなっていく。まるで闇に閉じ込められるみたいに。



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