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第七章

172話 運命を変えるために

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 テイガイアと別れて、イルエラを探しに行く。ウォルズの修行で活躍したから、ウサギさんの出現ポイントは絞れている。すぐに見つかるだろう。

 森へ着いてから、イルエラを探していたら、ガサッと背後から音がして慌てて草むらに隠れる。

 ……俺の場合頭隠した方がいいかな。目立つし。

 取り敢えず手で押さえて隠しているつもりでいたら、先ほど俺のいたところに、同じように赤く目立つ人影が通っていく。

 赤いのは髪と瞳ではない、腹部の衣服が赤く染め上げられていたのだった。
 それを手で抑えながら、幹に反対側の手をついて、ゆっくりと進んでいく。呼吸もかなり浅い、その人はこちらには気付かずに通り過ぎていく。

 フードのついた白いコートを着ていて顔は見えないけれど、酷い怪我を負っていることは充分に理解出来た。

「だ、大丈夫ですか!?」

 咄嗟に飛び出して、慌てて駆け寄れば、相手は立ち止まって周囲を見渡した。

「あ、あの、怪我してるんですか?」

 もう一度声をかければ、こちらにゆっくりと身体を向ける。

 そ、そうだ、アイテムポーチがあれば回復薬が入っているかもしれない!

「あ、あの、ここで待っててください、すぐに薬取ってくるので……!」

 駆け出そうとした途端、相手から声が掛けられる。

「大丈夫です、すぐ治りますから」
「…………その声、ヒオゥネ、か?」

 ちょっといつもより声のトーンが低いが、確かに、ヒオゥネの声だ。

 もう一度その人に近付いて、フードの中を覗き込む。相手は口元に布を巻いていた。

 フードといい、顔を隠しているのか?

 見えている目は虚ろだが、ヒオゥネの、あの不思議な瞳の色だ。

「ヒ、ヒオゥネ?」

 相手からの返事がない。目も合わせてくれない。

 ヒオゥネは返事の代わりに、ペタペタと俺の顔を触り出す、やがて、肩、腕、そして。胸をむにっと両方鷲掴みにされる。

「ひょあああああああ!?」
「…………何だこれ」
「いや何だこれじゃなくて!? 離せ揉むな!?」
「揉む?」

 ヒオゥネの手は胸から離れ、腰回りを触り始める。こ、これってなんか。その、女の子の身体だし、セクハラなんじゃないか? いや、男相手でもセクハラだぞ。

 それになんか、恥ずかしいんだけど。

「……さ、さっきから何をしてるんだ?」

 気が済んだのか、ヒオゥネの手は離れていく。

「貴方はどうして僕のことを知っているんですか?」
「え?」

 あ、そうか、俺、今女の子なんだ。胸揉まれたのに自分が女だってこと忘れるなんて……数日間過ごしたせいで麻痺してしまったのだろうか。

「その、俺、ヴァントリアだよ。ヴァントリア・オルテイル。今はテイガイアの薬で身体は女の子になってるけど……って、あ! 今のなし!」

 ヒオゥネは敵なんだった! 自分で教えてどうする!

「…………ヴァントリア様、なのですか?」
「え、いや、違う! 違うから!」

 ヒオゥネは黙り込んでしまう。

 う、疑われているのだろうか?

「……僕の怪我は治りましたので、大丈夫ですよ。心配してくださってありがとうございす。貴方はもう帰った方がいいでしょう」

 ヒオゥネがそう言うので、彼のお腹を確認する。

 腹の傷だけでなく、服に付着していた血液も綺麗さっぱり無くなっている。服は破けたままで、そこから白い肌が見えて、咄嗟に目をそらす。

「女性の一人歩きは危険です。森なら尚更危ないですよ。夜になると、魔獣が活動し始めますから。出口ならわかりますので、送りましょうか?」

 優しく手を引かれて、思わずついて行きそうになってしまった。

「あ、でも俺、仲間を探しにきたんだ」
「仲間?」
「イルエ……お、大きなウサギなんだけど……!」
「ウサギ? ウサギとは何ですか?」

 あ、そうか、あいつウサギって名前じゃないんだった。どうしよう、正式名称がわからない。

「えっと、額にツノが一本生えてて、耳が長くてモフモフしてて」
「ウサピョンのことですか?」
「……………………そう、です」

 あいつの正式名称、ウサピョンだったのか……。そう言えば、テイガイアもウサピョンって呼んでたかも。

 それともあのウサギをウサピョンと呼ぶのが全階層の博士の間で流行っているとか。……ないな。

「見てないか? 大きいからわかると思うんだけど」
「……申し訳ありません、目が見えないものですから」
「…………え?」

 目が、見えないって。


 ……そう言えばさっきから、目が合わない、ような。


 さっと血の気が引いて、あわててもう一度ヒオゥネの顔を覗き込む。

「い、一体何があったんだ、さっきの怪我といい、また何か実験でもしたんじゃ……!?」
「——どうして貴方が、僕が実験をしていたことを知っているんですか?」
「え、いや、それは、あの」
「やはり貴方は、……ヴァントリア様、なのですか?」

 そう尋ねてくるヒオゥネに、なぜか胸が痛む。悪いことしてる奴だから、何かあったとしても自業自得だって思うのに。

 嘘なんじゃないかと、目を見つめるけれど、やはり目は合わない。いや、合ってはいるけれど、……視線を感じないというか。なんか、違う、気がする。

 ……ヒオゥネ、本当に目が見えないのか?

 女姿だから俺が分からないとかじゃなくて? だって舞踏会では目が見えていたのに。まさか、俺の呪いのせいでヒオゥネの目が……なんてことはないよな?

「ヒ、ヒオゥネ、目は? 治るのか?」
「一時的なものですから、平気です。数日は掛かりますが、治るものですよ。僕は空間の移動もできますから、道に迷うこともありません。特に不自由なことはないですね」
「そ、そっか」

 ほっと胸をなでおろす。

「よかった……」

 俺がそう呟くと、ヒオゥネの指先が、ちょん、と肩に触れてくる。

 ……今日は手袋付けてないんだな。

 手はゆっくりと、辿るように鎖骨にやってきて、首筋をたどる。

 ちょっとくすぐったいけれど、目が見えない相手の手を払うのは気が引ける。やりたいようにやらせとこう。

 耳の裏に触れてから、ほっぺたを撫でられる。

 ——熱い。

 相変わらず、火傷しそうなくらいの熱い体温だ。

「ヴァントリア様……」
「う、うん」

 目が見えてないなら、今の俺の姿も見えていない筈だ。名乗っても問題はないだろう。

 それに、そんな状態の相手を騙すのは悪い気がする。こういうところが甘いのかな。

「どうして貴方がここに……ああ、そうか、舞踏会で一緒に踊ったんでしたね」
「う、うん」

 ヒオゥネは目を瞑る、考えごとをしているようだ。

「……あの時は幸せでした」
「し、幸せって……まあ、俺も少しは楽しかったかな。みんなと踊れたし」
「貴方と踊れたことが幸せだという意味だったんですけど。相変わらずですね、そうやっていつも僕の精一杯の言葉を交わしていく」

 手が腰に回ってきて、急に抱き締められた。

「ちょ、あの!?」
「…………貴方の姿が見られないことが残念です」
「えっと、つまりヒオゥネは俺の女になってるところを見たかったのか?」

 まあ、俺もヒオゥネが女体化したって聞いたら見てみたいかもしれない。

「……あの、ヒオゥネ?」

 ヒオゥネは全然離してくれない。何がしたいのか分からないがずっと抱き締められたままだ。

 熱い体温が服越しにも伝わってきて、心臓がドキドキし出した。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


 ――――ほ、本当に何がしたいんだ!?


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