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第七章

171話 まだ時間があるから

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 イベント当日、俺達は荷馬車の中にて待機していた。オーナーが魔法でテントを張り、踊り子達の控え室を用意する。

「あー……緊張してきた……ちゃんと踊れるかな」

 それに、本当にバレないか心配。

「大丈夫だよ! 頑張って練習したんだから! あとは楽しもう!」

 隣にいたヒュウヲウンが本当に嬉しそうに笑った。彼女の態度でワクワクしているのが簡単に分かる。

「ヴァントリア様、メイクちょっと落ちてる……」
「え?」

 緊張で汗が出ていたのか。ちょっとした水で落ちるなんて、メイクって大変だな。いや、拭ってしまったのがいけなかったのか?

 鏡を見ながら、どうすればいいのか唸っていたら、ヒュウヲウンが意を決したように言った。

「わ、私がなおしてあげるよ!」
「あ、ありがとう」

 向かい合わせで椅子に座って、緊張した面持ちでメイクをなおし始めるヒュウヲウン。

 メイクする必要なんて毛ほども感じないんだけどな~……どんな形であれ手を抜くのは許さないってハートさんに怒られそうだ。

 そんなことを思っていたら、テントの外から「もし、入ってもよろしいかのぅ」なんて声が聞こえてくる。

 ヒュウヲウンが「どうぞ~!」と答えると、お髭の生えたウォルズが姿を現した。眼鏡をかけて白髪のカツラも被って、服装も古めかしい。お髭のおじいさんになろうと頑張っている。違和感しかないけど。昔のヴァントリアなら騙せたな。

「きゃー♡ ヴァントリア超かわいい♡ このままお持ち帰りして結婚しちゃいたい。ヒュウヲウン、踊り子の衣装にウエディングドレスってないの?」
「あはは、流石にないかな」

 真面目に質問するんじゃない。

「仕立て屋がいてくれたら頼んだのにぃ」
「ウォルズは、お、女の子と結婚したいの?」

 いや、ほら、ヒュウヲウンって言うかわいいヒロインを連れて冒険していたわけだし。

 な、なんかストーリーで見る限りはいい感じだったし、ノーマルのカップリングだったらウォルズ×ヒュウヲウンが圧倒的に多かったわけだし、ヒュウヲウンでゲームを進めたらウォルズとのそう言うときめきシーン入れてくるし、こっちのウォルズがよく言ってる〝公式〟って奴っぽいし。

 ウォルズが何も答えないから、顔を覗き込もうと身体を横に動かしたら、ヒュウヲウンに「動かないで」と元の位置に戻される。

 ……ヒュウヲウンが一瞬ウォルズを睨んでいたような気がしたけど、気のせいかな。

 まあリーダーは手を抜くなって言ってるのにあんな変な格好でうろちょろされたらランシャとしては困るもんなぁ。

「俺は……ヴァントリアと結婚したいかな」
「だろうな」

 ウォルズは無駄に考え込んでいたみたいだったけれど、そんな姿を見ても、何となく答えは分かってた。

「女の子でも男の子でもいいけど……どっちかっていうと男の子かなぁ。だって女の子だと偽物のヴァントリアって感じするし。あ、でも中身が変わらないならこれは女体化であって女体化じゃないのか? んー、でも女の子の身体に興奮したキャラ達にあれやこれやされて、ふざけるな! 無礼者! この、変態! 的な展開を求めてしまうのがサガだよね。そして男達の手によって淫らにされていって最終的には色んな男を誘う淫乱に成り下がって通りかかったウォルズを誘って純情そうなウォルズがまあテクニシャンでしかも執着激しくて追われて犯されまくってだんだんと互いに溺れて行って、ウォルヴァンでエンドだな」
「あのさ、女の子いる前でそういう話しないでくれる?」
「いやぁ、ウォルヴァンはいいなぁ。女体化いいな、あ、でも結ばれたと思ったら男に戻っちゃって、お、お前、男だったのか、的な展開になって抱かれなくなっちゃって、嫌われたと思い込んだヴァントリアが離れていって、ウォルズが追いかけてまた強姦してくれたら最高だ。そう、ウォルズは男の抱き方を知らないから丁寧に出来るまでヴァントリアを抱かないって決めてたんだけど、ヴァントリアが下手くそでもいいからってお願いしてもう理性もクソもなくなって! かき抱くよね! そうだよ、そうそうヴァントリアは淫乱だから痛いのも気持ちよくてウォルズに触って欲しくてもうふふふふ、泣きながら縋ってねだって獣になったウォルズに掘られまくればいいよ、うん」

 ヒュウヲウンの顔が真っ赤である、いや、引くレベルで真っ青にもなりかけている。内容は分かってないようだが、たまに出てくる淫乱だの抱くだの強姦だのと言う単語で何となく察しているらしい。

 つまり、ウォルズがヴァントリアに何をしたいのか明白なのである。

「……こ、この変態め! て、て言うか何しに来たんだよ! わざわざそんなことを言いに来たのか?」

 メイクが終わって席を立つ。ウォルズの胸を押して追い出そうとするが、ビクともしない。

「いや、かわいいヴァントリアを先に見ておこうと思って」

 ウォルズにむぎゅっと抱きしめられる。

 ……すぐこう言うことする……。

「ちょ、ちょっと風に当たってくる」

 ウォルズの腕から抜け出して、荷馬車を降りる。すると、ドンっと腰に何かが当たって、何だ、と下を見れば。

「バン様! やっと会えました! さあキスしましょう!」
「……何が?」

 小さくなったテイガイアがくっ付いて離れない。よじ登ってきて口にキスしようとしてくるので必死に抵抗する。

 この数日間テイガイアは甘えに甘えてきていたと言うのに、まだ甘えるのか。いい加減にしなさい。

 そしてやはり子供の力にも敵わないのか! ヴァントリアって相変わらずザコキャラ!

 テイガイアは若返りの薬によって、初めて記憶の世界で会った時よりは多少成長してるくらいの姿になっている。アトクタで会った時よりは幼いかな?

「ち、小さい私ならキスをしてもいいと言っていたではありませんか!」
「いつ言ったんだよ、そんなこと!」

 もう心が大きいと分かっているから、言ってたとしてもやだよ!

 ……そう言えば、ラルフの手当てをしようとした時、額にキスするって約束したんだった。大きいテイガイアよりは抵抗がないから今済ませておくのも手か?

 テイガイアの柔らかい頬っぺたを両手で掴んで顔を固定した後、額にキスをしようと顔を近づけたら。下から奇声が上がった。

 嫌なら変な約束しなければいいのに。

 ……やっぱりからかっていたのだろうか、ここは躾の意味も含めてキスしておこう。

 額にちゅっと軽くキスをすれば、テイガイアの巻き付いていた腕と足が緩んで、彼は地面に落下してしまう。

「テ、テイガイア!?」
「もう死んでもいいです……」
「そ、そんなに嫌だったのか? 悪かったよ」

 これを機に今後はからかわないでくれたらありがたいんだけど。

「あれ、そう言えばイルエラとジノは?」
「ジノくんはラルフくんと一緒に客席の女性の相手をしていますよ」

 二人ともイケメンだからな。

 ラルフはの薬は髪の色を変える薬だ。ウィッグみたいに落ちることがないからいいな、ウィッグはシストがすっ飛ばすからな。

 ラルフの特徴的な薄い茶髪は黒髪に変化している。それをオールバックにして、桃色の瞳もテイガイアのグラサンを掛けて隠し、スーツを着てボディガードを装っている。

 …………イケメン関係ないかも。

 そんな格好のラルフは、美人になったジノさんの隣が似合っていたので踊り子達が「女王様のボディーガードだわ、いけるわ」と変な設定をつくって客席を楽しませようと計画していた。

 女王様って、ジノは男なのに。まあ可愛いからな。やっぱりジノが女の子になった方が良かったと思う。

「あれ、じゃあイルエラは?」
「イルエラくんは森に行きました」
「え、森? 何で?」
「踊り子さん達がかわいいと撫で回すので、恥ずかしいのか、ホンモノを持ってくるって言ってました」
「待て。本物ってまさかあのウサギじゃないだろうな?」

 テイガイアがにこりと笑う。やっぱりちっちゃいテイガイアかわいい。ずっとこのままでいい。けれど心が汚れてしまっているからな……。

「アイテムポーチも持って行きましたよ」
「人も食べちゃう獰猛なウサギを持ってきてイルエラは何をする気だ!?」
「踊り子さん達に配るんじゃないですかね」
「ダメッ!? 絶対ダメ! 俺イルエラ探しに行ってくるよ、出番までまだまだ時間あるよな?」

 イベントもまだ開かれていないし、森へ行ってイルエラを連れて帰るくらいの時間ならある。

「あ、そうだ、一応剣持って行っとくか」

 魔獣の森ではないとは言え、修行中も何度か魔獣に襲われたし。

「アイテムポーチはイルエラくんが持っていったのでないですよ」
「そうだった……装備も全部アイテムポーチに入ってるんだった」

 ウサギになると知能も低下するのか? ウサギの長になってたりしないよな? まさかウォルズみたいな奴に食べられてたりしないよな?

 急ごう、と迎おうとすれば、テイガイアが後ろについてくる。

「テイガイアは待ってろよ、今は小さいんだから」

 よしよしと頭を撫でれば、眉間に皺を寄せる。相変わらずだな。

「……やっぱりずっとこの姿でいようかな」
「はいはい、頭くらいなら大人になってからも撫でてあげるよ」

 とは言うものの、大人のテイガイアは無駄に色気ムンムンだし、背も高いから撫でにくそうだし、……何より、撫でたいとは思えないだろうな。

 考え込んでいる俺を見て、テイガイアが呟いた。

「やっぱりずっとこの姿でいようかな……」




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