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第十二章

255話 妨害

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 目が覚めると、もうヒオゥネ達の姿はなく、蹲っているウォルズが目に入る。

「ウォルズ!」

 駆け寄ると、彼はかなりの重傷を負っているようだった。身体のいたるところを押さえ痛みに悶える姿を見て、近くにいた召使いに命令する。自分では運べないから……手伝ってもらい、サイオンの部屋へと案内してもらった。
 サイオンとロベスティゥは第4階層アーシュヴァルツに屋敷を持っているが、ユアの王宮での仕事が多いサイオンは部屋を与えられていた。
 ウォルズと召使いは廊下で待っていてもらい、ノックをして先に入ると、サイオンの傍にはディスゲル兄様がいた。

「…………………」

 二人の頭が合わさっていて思わず言ってしまう。

「ごめんなさい見ました」

 その声に反応したのはディスゲル兄様だ。

「違うんだヴァントリア! 仕事の資料を持ってきたら兄さんが急にしてきて!」

 やっぱりしてたのか。

「貴殿も受け入れていただろう!」
「え、二人は想い合ってるってことでOK?」
「違う!」
「違うな」

 ディスゲル兄様だけでなくサイオンも否定する。
 ただチューしたかっただけかよ。このままじゃ本当にキューピットになりそうだ。

「何か用か?」
「ウォルズが怪我したんだ、怪我を見てやってくれないか」
「医療班を呼ぼう」

 簡単に了承してしまうサイオンを見て、不安になる。

「変なことするなよ……」

 そう言うと、ディスゲル兄様が言った。

「オレが見張ってるよ」

 つまりまだこの部屋にいると?

「やっぱりそう言う関係……?」
「違うって言ってるだろ!」

 ディスゲル兄様の顔は真っ赤だ。なるほどそう言う関係になりかけているのですな。ウォルズの気持ちが今なら分かるぞ。サイディスサイディス。
 それにしても、良かった。頼れる人達がいて。この人達がいなかったらひとりぼっちになるところだったな。
 絶対に、イルエラもジノも俺が助けてみせる。それまで回復に努めてくれ、ウォルズ。
 サイオンの部屋を後にすると、ヒオゥネの姿を探した。彼がまだいるかどうかは分からなかったが、もしいなくてもウロボスの王宮にまた乗り込んでやるだけの話だ。
 廊下の奥にヒオゥネの姿を発見し、追いかけると、見たこともない扉が見えてくる。普段この辺にはあまり来ないからな。
 空の見える端っこの廊下の南側、そこにゲームでは見なかった扉があった。いや、あったかもしれない。確か入れない仕様で、ウロボスに明け渡した部屋という説明が攻略本に載っていた。ゲームでは灰色の服の人達が出入りしていた。
 部屋の中へ入ると、そこには異様な光景が広がっていた。
 血を流し続ける2匹の魔獣、肉から背骨が丸出しになり、背中側に反れた一匹と、猫背になった一匹がいた。背中側に反れた姿の魔獣は恐竜のような頭蓋骨を上下反対に向けており、目が下、口が上と異様で、猫背になった魔獣はひとまわり大きく、頭蓋骨に牛のようなツノが生えている。
 二匹とも巨大で、ずっと大きな声で悲鳴をあげている。外には全く聞こえていなかった声だ。
 そんな二匹の前に立つのはヒオゥネだった。

「そんな……まさか、イルエラなのか? ジノなのか!?」
「残念ながら違います。この二人は、テイガイアとレーライン先輩です」
「そ、んな……バカな」

 テイガイアとラルフはメルカデォに……待てよ、メルカデォ? ヒオゥネが今まで実験を行なっていたメルカデォ、そこにいたってことは、ヒオゥネが出入りさえすれば兵士達も一掃され、テイガイアもラルフも実験されると言うことになるんじゃないか。

「そ、そんな、そんな……!」
「二人とも立派でしょう」
「テイガイア……! ラルフ!」

 俺が飛び出して行こうとすると、魔獣達はそれに反応し攻撃を仕掛けようとしてくる。ヒオゥネの手がそれを制し、俺の腕も掴まれ乱暴に引き戻された。

「手は出さないでいただきたい」
「放って置けるわけないだろ!!」

 扉が開く音がして、振り向く。
 そこには黒いウサピョンがいて「コゲテル?」とその名前を呼ぶ。黒いからウロボスの王宮には連れていかず、イーハの屋敷に置いてきていた。そう言えばウォルズ達とは一緒に来ていなかったな。どうしてこんなところにいるんだろう。
 いや、どうしてって、こいつはヒオゥネの呪いで出来てるんだった。
 コゲテルはヒオゥネの近くまで来ると姿をヒオゥネの姿に変えて、転移の魔法を使う。転移させたのは黒いタンクとそこに繋がった無数のチューブだった。見るからに実験道具だ。止めようと動くとそれを最初からいたヒオゥネに止められる。
 コゲテルだったヒオゥネがそれを魔獣に取り付けている間に、最初からいたヒオゥネが話しかけてくる。

「ジノくんとイルエラさんは別の分身がウロボスの王宮へ連れて行きました」

 ジノ、イルエラ……ごめんな、俺が不信感なんて抱かせたから。
 コゲテルだったヒオゥネは準備が終わると、最初からいたヒオゥネに吸収される。
 吸収されたってことは……

「お前は本体……なのか?」
「そんなこと知ってどうするんです?」
「ヒオゥネ……」

 タンクから呪いが注ぎ込まれ、魔獣達が暴れ出す。
 そんな魔獣達を傷付けようとするヒオゥネを見て、慌てて飛び出す。ヒオゥネの前に魔獣達を庇うように立った時だった、突然腹部が痛みに襲われ、前屈みになる。

「や、り……?」

 自分の腹に突き刺さるそれを見てゾッとする。
「触手が槍に変形したのでしょう。危ないので下がっていてください」
 触手が抜けて行くと、傷口が治り、ヒオゥネに腕を引っ張られ、彼の背に隠される。ヒオゥネは分身を出し、彼に俺を任せ遠くへ追いやった。
 ヒオゥネは素手で魔獣達と戦う。力の差は歴然で、魔獣達はすぐに地面へのたうち回った。

「やめてくれ……やめてくれヒオゥネ!」

 呪いは注ぎ込まれ続けた。魔獣達はまた、立ち上がり、暴れ始める。ヒオゥネはそれにまた攻撃を仕掛ける。何度もそれを繰り返すらしい。

「やめてくれヒオゥネ! 二人もやめてくれ! 人を傷つけないでくれ!」

 長い戦いだった。ヒオゥネの分身に抑え込まれ、止めに向かうことすらできない。
 そう思った時、触手がこちらにも伸びてきて、ヒオゥネの分身が吸収された。
 それでも俺一人では二人を助けられないだろう。助けを呼ぼうと扉の外へ出ようとするが、魔法を掛けられているのか出られない。脱獄系魔法で脱出しようとすると、「逃げないでください。本気で相手をすれば二人を殺せます」とヒオゥネに伝えられ、出ることができなくなる。

「ヴァントリア様、これでも僕が好きですか」
「嫌いだ、大嫌いだ!! お前なんか!!」
「嘘ですね。嫌いなら今、僕に掴みかかって来ていますよ」

 ヒオゥネには勝てないと悟ったのか、ターゲットを俺に変える魔獣達。それを見たヒオゥネが呟いた。

「これ以上の呪いを求めるんですか。厄介なことになりましたね」

 ヒオゥネは俺を庇いながら戦い、暴走した二人はどんどん呪いを吸い上げていく。

「あのタンクから呪いが吸収されてるのか?」
「あれの中にはゼクシィル様の呪いが入っています。魔法で無限大に引き出せるので好きに使って良いとのことです」
「ヒオゥネお前……!!」
「そうです、もっと嫌ってください。僕は貴方を愛せませんから」

 今そんな状況じゃないだろ……!
 ヒオゥネが押され始め、「くっ」と彼が声を上げる。

「僕より呪いが強くなってきている、このままだと倒せません。逃げてください」
「さっきは逃げるなって!」
「万が一にも貴方が吸収されると手がつけられなくなり、僕が危険になります。いえ、もう既に僕より呪いが強くなっている。僕では勝てません」

 そんな弱気なヒオゥネが心配になって近付けば、暴走している魔獣に狙われる。

「貴方は彼らの格好の的なんです!」

 ヒオゥネは俺を逃がそうと扉へ押しのけるが、俺は逃げ出す前に触手に捕まってしまう。
 槍へ変化した無数の触手が近づく。思わず目をぎゅっと瞑ると、何かがぶつかってきて、床に倒れ込む。
 肉に刺さるような音が次々とするが、何も起きているようには感じない。
 目を開ければ、自分の上に覆いかぶさっているヒオゥネの姿があった。その身体には複数の触手が突き刺さっている。触手が抜ければ、その傷口は瞬時に塞がった。
 しかし触手からの攻撃は止まらない、大きな手に変化し、俺達を押し潰そうと降ってくるのを、ヒオゥネは背中で受け止める。何度も殴打され、徐々に骨が折れるような音がし始める。

「――っ、ぁぁあああああああああッ」
「ヒ、ヒオゥネ、ヒオゥネ」

 ヒオゥネの叫び声なんて初めて聞いて、戸惑っていると、相手は優しい声音で安心させるように伝えてくる。

「大丈夫です。僕は簡単には死にません」

 傷口は確かに塞がっていくが、攻撃は止まっていない。
 触手が大きな手から槍に変化し、腹を突き破って俺の腹まで届きそうになる、ヒオゥネがそれを手で止めようとして槍はギリギリのところで止まった。手もお腹もぐちゃぐちゃだった。
 しかしさらに追い打ちをかけるように多くの槍がヒオゥネを突き刺す。

「うぐ、ああああああああ」
「も、もういい、もういいよ!! 俺は不死身なんだから、治るから!! だからそんなことしなくたっていいんだっ!!」
「ぁぁああああああ、――あああああッ」
「ヒオゥネ!!」

 心配して顔を覗き込もうとすると、ヒオゥネは叫ばないように自分の腕に噛み付く。

「んんうう ううううう  うううううああ ああああ ああああ  ああ ああああああああああああああああああああアアアアアアアアアア、ああ、あ、ああああああ、あああああああああああああああああああああああ——————————————ッ!!」

 血液が沸騰してじゅうじゅう言っている。降ってくる血液がめちゃくちゃに熱い。焼けるような熱さだった。俺が思わず呻き声を上げれば、魔法陣が現れて、血液が俺から逸れて流れていく。

「ヒオゥネ、ヒオゥネ……っ」

 目の前が滲み、頬に熱い感触が溢れて泣いているのだと自分が気が付いた。

「もうよせ、もう、もういいんだ、もういいから……おねが……」
「うーーぐうううぅぅウウゥゥウ ぅぅウ」

 ヒオゥネが俺を睨み付ける。

「ヒオゥネ……」
「うあああああああああああああああああああああああああああああッ!! ーー!! ーーッ!!」

 痛みを受けてか、ヒオゥネの目には涙が浮かぶ。

「ーーッあ ああ     ああア ァアあああああああああアアああアあああアアアァァアアアァァアアアアアああああああああああああ……ッ!!」
「もうやめてくれ、やめてくれ、ラルフ、テイガイア! ヒオゥネを傷付けないでくれ……っ」

 ヒオゥネは確かに悪いやつだけど、こんなの、こんなの見てられない。ラルフや、テイガイアが誰かを傷つけるのだって、見てられない。

「やめて、もうやめてくれ! やめてくれ!!」
 ヒオゥネの手に頭を掴まれ、顔をヒオゥネの胸に押し付けられる。
 ――ヒオゥネ。

「ヒオゥネッ、もう――もういいから、お願いだ、俺なんか、放っておいていいから……っ」

 服を掴んだ途端、ぬるりと熱い感触が手に広がった。熱すぎて思わず飛び退こうとする。

「ひお……ね」

 ヒオゥネの手が頭からゆっくりと離れる。

「ひ、ひおぅね……」

 突然叫び声がピタリと止んで、嫌な胸騒ぎがする。
 慌ててヒオゥネの顔を覗き込む。

「あ、……やだ、いやだ」

 ヒオゥネの虚ろな瞳がじっとこちらを見つめている。呼吸はある、けれど、焦点が定まらない。目の光が消えかかっているのが分かる。
 縋るように両手でヒオゥネの頬に触る。

「ヒオゥネ……よせ、お願いだ……頼むから……お願い……」

 聞こえていないのか見つめ続けるばかりでヒオゥネは一言も話さない。
 攻撃は続いている。しかし、焦りによるものだろうか、徐々に音が聞こえなくなっていく。変な感覚だ。景色は見えているのに、ヒオゥネが目の前にいるのに、世界に自分だけ取り残されたような気する。この白い世界で、一人ぼっちになったような感覚がする。

「いやだ……」

 やめてくれ。もうやめてくれ。
 ヒオゥネと目が合わない。あの時と同じだ。
 あの時とは違って、これは数日で治るようなものじゃない。これは、止めないと。
 止めないと、もう二度と、ヒオゥネと目を合わせられなくなるような気がする。

「やめ……てくれ」

 よせ。


 トドメを刺そうと、触手が覆い、囲んでいる様子が見えた。その一瞬は長くも早くもあった、時間感覚が狂う、伸びてくる触手が感覚を狂わせる。
 ――やめろ。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――ッ!!」

 手を伸ばすと自分から黒いモヤが吹き出し、意識が飛んだ。

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