リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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リョウゲ

36

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 白馬は黄泉の刀を爪で弾きあげる。
 黄泉はすぐに刀を戻し、白馬めがけて刀を突き出そうと思った。狙いを定めていたら。
 スッと、音もなく。黄泉と白馬の距離が近づいた。
 白馬はキラキラと輝くような笑みを浮かべて、自ら黄泉の手へ向かって来たのだ。そうしてから、額を重ねてくる。

 黄泉の膝がガクガクと尋常でないほどに震えた。

 手に汗をかいて握っていた刀の柄に、生暖かい感触が触れている。


 鉄の匂いが、立ち込めている。


 化け物特有の生臭い匂いと一緒に、傍に寄った白馬の香水の香りがしている。

「白馬」
 白馬は瞬きひとつしない。
 しかし、その瞳はじっと黄泉を見つめていた。
 黒の網膜でも赤の瞳孔でもない細められた白眼が、黄泉を、見ているのだ。
「はく……ば……」
 白馬は呼吸をしている。
 微かな呼吸だ。
 それが、瞼とともに閉ざされそうになっている。
 黄泉はそれを知ってから、やっと状況を理解し始めた。しかし、その状況を理解することを拒絶するように、ゆっくりと、首を振った。あまりにも突然で、あまりにも巧妙で。
「…………い、やだ……」
 白馬の瞳が閉じる前に、既に離れかけていた刀の柄から手を離す。白馬の頰を掴んで無理矢理顔を上げさせる。頬っぺたを引っ張ったり、叩いたりする。
 白馬は笑う。幸せそうに笑う。
 白馬の目が完全に閉じ切った時、黄泉の眼球は、悲鳴を上げた。
「いやだあああああ………ああ……あああああああああッ」
 膝は崩れ、彼を支える身体も、彼の顔を掴む手も、何もかもが悲鳴を上げて、地面へと落ちていった。
 黄泉は白馬に額を重ねて、その瞳を見ようとする。
 しかし、いくら呼び掛けても白馬の瞼が開くことはなかった。
 黄泉の身体に相手の重みがのしかかる。
 ボロボロと黄泉の頰を涙が伝っていく。
「白馬……。はくば」
 まだ温かい身体が温かい血液が、黄泉を押し潰そうとする。
 白馬の熱をその身で感じられる。まだ。まだ。まだ。白馬を感じている。
「いやだ、いやだ……いかないで。おねがい……死なないで、おねがい。死んでなんかない。まだ生きてる。まだ救える……殺してなんかない……殺してなんか……」
 白馬は、黄泉が追いかけてくることを知っていた。そうでなければ彼はこんな場所までやってこない。二人きりになれる場所に、そして、環境に変化する自身の肉体を少しでも人間に近づけて、無力化するために。
「どうして」
 彼は力を求めた、何のために力を求めたのか、問われれば当主になる為だと答えるだろう。ならば、なぜ当主になりたいのかと問おう、今度は何と答えるのだろう。
 我々は、生まれた頃からそう言う風に育てられてきた。親から、一族から、私達の世代は一心に一族の未来を託されてきた。
 無理やりだったか、強引だったか、いや、そうではない。人を守るために力を求めた種族の本能と言えよう。
「どうしてだ……っ」
 私はそれが、ただ嫌だった。
「なぜだあああああああぁぁ――ッ……!!」
 力を求めると言うことは、いいことなのかもしれない。何かを守るために、力と言うものは必須なのだ。だからこそ力のない黄泉は諦めていた。向き合わずにいた。しかし、しかし。
 自分達リョウゲの、力を求めて破滅していく姿は、向き合わなくてもどこかしらで見せつけられてしまう。その姿を、キョウダイを通して見てきた。
「あ、ああ。ああああああああああ―――――」
 だからこそ許せない。自分も、化け物であるリョウゲも。
 そう言う風に私たちを生み出した世界も。
 しかし抗えないことが分かっていた、分かっていたから地獄の中で、唯一の、絶対的な光を見つけることができた。
 例え力がなかろうと、抗うことができなかろうと、黄泉にはそれが、笑っていてくれるだけで幸せだった。
「ふぁ――っぁ、ぁ――……―――   ―――  ―――」
 喉に杭を何本も打ち付けられたような痛みが生じていた。声は枯れ、目は腫れ、指先がどんどん熱を失っていく。
 黄泉は自分を抱き込むように倒れ掛かってくる相手を、震える足で必死に支え続けた。
「だめだ。よせ、白馬」
 白馬が地面に這いつくばった時、それは彼ではなくなるからだ。
「白馬!」
 白馬は偶に我々を上から見下ろしていなければならない、そして常に彼の目指す方である上を向かなければならない。
 落ちてしまえばいい。高見になんかいかなくていい。偶には私達の隣を同じ歩幅で歩いてくれればいいと。ずっと思ってきた。
 けれど間違いだったのだろう。降りてきたと思ったら、こんなことになってしまった。
「…………っ、ぅ」
 白馬の身体を支えきれなくなり、遂には黄泉ごと地面へ倒れ込んでしまう。
 ずっとこうして欲しいと、したいと思っていたのに。死んでからするとは。なんと面倒過ぎる奴だろう。
 黄泉は白馬の背中に手を回して彼の胸に顔を埋める。
 倒れてはダメだと、己の足で立ってくれと。願いを込めていた。そうすれば、認めずに済むと思った。しかし、もうその身体は自らを支えることはできない。
「どうして」
 どんな化け物に成り果てようと、どんな姿になろうと、白馬なら愛した。しかしこれは、抜け殻だ。もう、これは白馬ではない。
「化け物でもいい、お前が生きていてくれるなら……。だから目を開けてくれ。誰もいないところに行こう、虫なら私が倒してやる。誰にも感染なんかさせない…………返事をしてくれ。そうしようって言ってくれ」
 乾いている。呼吸をする度に身体中に痛みが染みわたる。渇きと痛みでぐしゃぐしゃになった喉で必死に息を吸って声を絞り出す。

「白馬ぁぁ……」

 後悔とは、1番厄介な面倒だ。

 頭の中から足のつま先まで、くまなく、虫が這っているような感覚が起こる。

 もっとはやく。
 止めておけば。

 もっとはやく。
 止められていれば……。

 もっとはやく、
 タフィリィを、抜き取ることが出来ていれば。
 行動を、起こしていれば。

 もっと、はやく。

 そうだ。
 あの時。ちゃんと。

 向き合っていれば。
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