死なない死刑囚の恐怖

ゆきもと けい

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16章 あの事件の目撃者

死なない死刑囚の恐怖

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(さて、今回は誰を狩るか…)

 本条沙織は大手不動産会社の総務部で働いている。東京の大学に進学し、一人暮らしを始め、そのまま東京でこの会社に就職した。今年で3年目になる。その間、良い事、悪い事、いろいろあったが、会社を辞めるほどのことなかった。どちらかというと居心地のよい会社だ。最も、営業は大変そうだが…
 2年ほど前、マッチングアプリで知り合った男性と結婚するチャンスもあったが、なんとなく踏み切れず、自然と別れてしまった。だが後悔はしていない。

 実家の父親はまだ現役の証券マン。
 最近はネットでの取引が殆どで、昭和世代の父親には苦手な部分もあるらしい。

 今日は土曜日で会社も休み。半年振りに実家を訪ねてみようと実家の最寄り駅に降り立った。実家には両親が2人で住んでいる。ここまでは電車を乗り継いで片道2時間30分かかる。昔からの住宅街で、駅前もそれほど賑わってもいない。
 小さいロータリーがあるが、自分が住んでいた高校時代と殆ど変わっていない。最低限度の買い物ができる程度の商店はある。しかしここに住んでいた頃、不自由を感じたことはない。少し行けば、大手スーパーが出店しているからだ。

 駅から実家までは歩いて15分ほどの道のりだ。大きな通りもなく、交通量も決して多くない。なにの人身事故が多かったのは細かい道路が入り組んでいるせいかもしれない。
 そして実家へ帰る時はいつも思い出すことがある。

 あの日の事件のことは今でも鮮明に思えている。

 高校も夏休みに入り、私は予備校へ通っていた。講義が終了した後、自習室で勉強し、自宅の最寄り駅に着いたのは夜10時を過ぎていた。母親からは夜道は人通りもなくなるので、あまり遅くならないように注意されていた。でも竹刀さえあれば、男にだって負けない自信はある。中学から剣道を習っている。今では2段の腕前だ。最も、素手なら勝てない。

 住宅街を速足で歩いて帰る。時折、車が追い越して行ったり、正面から来たりヘッドライトが行き来する。人通りは全くない。街燈はあるが寂しい。速足なら10分ほどで家に着く。

 家までちょうど半分くらいまで戻ってきた時だった。少し大きめの十字路の交差点。私は真っすぐに進む。この左角の家は現在建て替え中で、今は木材で骨組みがくみ上げっている程度だ。そちらへ目をやると、その骨組みを通してさらに一軒隣が見える。

 家の中から漏れる明かりで、1階の庭に面した大きな窓から一人の男が出て来るのが見えた。窓を素通りしたようにも見えたが、そんなことは物理的にありえないので、開放されている窓から出て来たのだろう。

(でも、なんであんな所から出て来たんだろう…)

 私は不思議に思ったのだが、その男は慌てる様子もなく、至って普通に門から出て来た。門は街燈に照らされている。不思議に思っている私を一瞥すると、能面のような無表情のまま反対側へ歩いて行った。

 事件を知ったのは翌朝のニュースだった。

 あの家で殺人事件があったのだ。

 私はびっくりして、昨夜、見たことを母親に話した。
 母親は驚きを隠せない表情で、

「こんな閑静な住宅地で物騒な事件。早期解決の為にも、沙織ちゃん、警察に行って昨夜見たことを話さないと…」

 母親とともに警察に行き、昨夜見たことを話した。

 警察では

「今後、ご協力をお願いすることがあると思いますので、その時はご連絡致します」

 と言われた。

 それから4、5日してからだと思う。
 警察から捜査の協力願いがきた。

 会議室みたいな部屋で3枚の写真を見せられ、

「この中にその時見た人はいますか?」

 と訊かれた。

 私はすぐに1枚の写真を指さした。

「この人です」

「間違いないですか?夜で見えづらかったと思いますが…」

「明かりが十分ありましたので、間違いありません」

「そうですか。ありがとうございます」

 私のこの証言が早期解決につながったらしい…

 あの時の建築中だった家は建てられ年月を感じさせられる。そして、あの事件のあった家は現在、建築中のようだ。手前の家で陰になっているが、奇しくもあの日のように骨組みが組組み上がっている程度に見える。あんな事件のあった土地なので暫くは買い手がつかなかったのだろう…
 私はそれを横目で見ながら、少し十字路を真っすぐに進んだ。
 小さな十字路。右手の行き止まりの脇の小道に、具合が悪いのか、道路脇でうずくまっている男性の後ろ姿が見えた。
 人通りはない。

(具合が悪いのかしら…?)

 声を掛けるべく速足で近寄っていった。

 それが何なのかも知らずに…


  あの事件の目撃者 完 続く
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