真夏の奇妙な体験

ゆきもと けい

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禁断の箱

真夏の奇妙な体験

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 翌朝、誠一は子猫に話しかけた。

「餌飼って、8時くらいまでには帰ってくるからな」

 子猫はニャーと鳴いた。クーラーをつけたままにして、今は猫の餌がないので、平皿に牛乳と小皿にご飯と鰹節を混ぜて入れ、会社へ向かった。

 8時に家に帰ってくる・・・それは所詮ムリな話かもしれない。8時に帰ってくる為には会社を7時に退社しなければならない。かなり難しい状況だった。

 営業職なので、1日の大半は外まわりだ。夕方帰社してその日の事務処理や、校正原稿に目を通したりと、何かと作業が多い。だからどうしても帰りが遅くなってしまう。外出先から直帰することも可能だが、翌日の事務処理が大変になるので、なるべく帰社するようにしていた。ただ良い点もある。今日みたいに猫の餌を買うのであれば、仕事中いくらでも買うチャンスはある。

 今日の最後の訪問先は誠一の一番のお得意様だ。この会社の受注処理が一番大変な作業になっていた。2時過ぎ、その会社の担当者から携帯に連絡が入った。

「加藤さん、申し訳ないけど、今日の打ち合わせはキャンセルにさせて下さい」

 先方の担当者の声が心なしか弱っている気がした。

「どうかされたんですか?」

 今まであまりドタキャンされた記憶がない。

「この暑さのせいなのか、午後からあまり体調がすぐれないんだ。熱中症気味なのかもしれない。そんなわけだから、今日は早く帰る。打ち合わせを明日の午前中に変更させてもらえないかな…」

「ええ、かしこまりました。打ち合わせは明日の朝一で良いですか?」

「それでお願いします」

 誠一は内心嬉しかった。とすると、今日の外回りはすべて終了したことになる。

(この時間から会社へ戻って受注処理や事務処理を行えば、7時前には帰れる…まさに奇跡だ…)

 誠一は会社へ戻ると、素早く事務処理を行い、7時少し前に今日の仕事はすべて終わった。明るい内に退社できるのは珍しい。マンションには8時少し過ぎに帰れた。

 子猫はおとなしく待っていた様だ。お皿に餌入れ、

「お腹空いただろう…お前のお陰かな?早く帰れたよ…」

 誠一は餌を食べている子猫の頭を撫でた。子猫はニャーと鳴いた。

「明日も、明後日も、早く帰れるといいけどな…」

 再び、子猫は顔を上げ、ニャーと鳴いた。

 その日以来、誠一は不思議と7時過ぎには退社できるようになった。仕事の量が減ったわけではない。すべてがあまりにも段取り良く進むからだ。

 同僚からは、
「お前、最近帰るの早いけど、どうしたんだ?」
 と声を掛けられる始末だ。

「それが自分でもよくわかないけど、不思議と仕事が早く片付くんだ」

「まぁ、仕事に支障がなく、早く帰れるなら、それが一番いいけどな…」

 早く帰れるようになったのも不思議だが、子猫の飼い主が現れないのも不思議だった。住人の飼い猫なら、『猫を探しています』くらいの張り紙があってもよさそうなものだ。だが、数日たってもその気配がまるでない。

(飼い猫じゃなかったのかな…だったらあんな夜中にどこから4階まで入ってきたんだろう…)

 そんな疑問が誠一の頭をよぎる。部屋に帰り、子猫の頭をなでながら、

「まぁいいさ、お前を飼うようになってから、なぜか早く帰れるようになったよ…もしかしたらお前は俺に幸運をもたらす猫なのかもな…名前もつけてやらないとな…」

 誠一は子猫に【ソラ】と名付けた。子猫はメスのようだから我ながら良い名前を付けたと思った。

 そして誠一とソラの生活が始まった。

 しかしこの時、誠一は開けてはいけない禁断の箱を開けてしまった自分に気付いてはいなかった。

 禁断の箱 完 続く
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