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転職
真夏の奇妙な体験
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数日経ったある日、誠一は2人掛けソファに、ちょこんと座っているソラの頭をなでながら話しかけた。
「もう少し待遇の良い会社に転職出来たらい良いんだけどね…最近はなぜか早く帰れるようになったけど、これもいつまで続くかわからないし…まぁ、お前にこんなことグチっても仕方ないけどな~」
ソラは誠一の方を見上げると、ニャーと可愛らしく鳴いた。
8月に入って、連日暑い日が続く中、別の印刷会社への転職が突然に決まった。
(やっぱりソラは幸運をもたらす猫なのかな…)
誠一はそう感じ始めた。
それは取引先の担当者との他愛もない会話からだった。取引先は精密機器の製造会社で、担当者は50歳くらいの、いかにも技術者というイメージがぴったりの感じがする男だった。
会議室でのカタログの打ち合わせが終わると、
「いや~参りましたよ。昨日、車で納品中に横断歩行者妨害で捕まってしまって…」
担当者は残念がるように言った。
「横断歩道での歩行者妨害は、最近は結構、取り締まりの対象になっていますからね」
「だけどさ、歩行者用信号が青なのに、男子高校生がスマホをいじっていて渡る気配がなかったんだよね。渡らないのかと思って横断歩道に進入したら、突然渡り始めて、それでこっちの違反だって警察官が言うんだよ。ありゃーないだろう…」
担当者は何か訴えかけるような目で誠一の方を見た。
「道路交通法38条に歩行者の横断を妨げてはならない旨が記載されているんですが、あいまいな表現部分もあって、現場の警察官の判断に任されることが多いんです。納得いかなければ青キップのサインを拒否する方法もあります。暫くすると反則金支払い命令書が送られてきます。それを無視すると、最終的には検察への出頭命令書が届きます。さすがにそれは無視できませんので、そこでなぜ自分が払わないのか、主張を通す方法もあります。」
「へぇ~ そうなんだ。でも加藤さん、意外と詳しいんだね」
「一応、法学部出身ですからね。大学4年の時には冗談半分で司法試験まで受けているんですよ。もちろん、落ちましたけどね…」
誠一は苦笑いを浮かべた。
「へぇ~ なかなかなんですね…」
担当者は一呼吸置いた後、何かを思い出したように、
「そうだ加藤さん、転職する気はないですか?」
真面目な顔で唐突に切り出してきた。
「転職…?」
担当者の話の内容はこうだ。担当者の知り合いに法律関係の書籍の編集や印刷を行っている会社があって、営業社員を募集している。できれば、印刷に詳しくて、校正をすることも多いので、法律の知識も持っている人材を探しているそうだ。
誠一はその会社の名前を知っていた。法律関係の書物を専門に扱っているので、有給休暇の消化率や残業代の支払い等、かなりホワイトな企業だとの評判だった。そこへの転職が可能なら願ったり叶ったりである。
担当者が紹介してくれたお陰か、転職話は簡単に決まった。今度の会社の最寄り駅は東京駅なので、若干、通勤時間は短くなる。
「やっぱり、お前は幸運をもたらす猫なのかもしれないな」
誠一は転職が決まった日にソファの上に座っているソラの頭をなでながら話しかけた。
ソラはニャーと鳴いた。
「そういえば、お前、成長したのかな?茶色が少し、濃くなってないか?」
誠一はソラの毛並みを軽く逆撫でてみた。確かに色は濃くなっているようだ。だがその時、ソラは鳴かなかった。逆撫でられて嫌がったのかもしれない。
転職 完 続く
「もう少し待遇の良い会社に転職出来たらい良いんだけどね…最近はなぜか早く帰れるようになったけど、これもいつまで続くかわからないし…まぁ、お前にこんなことグチっても仕方ないけどな~」
ソラは誠一の方を見上げると、ニャーと可愛らしく鳴いた。
8月に入って、連日暑い日が続く中、別の印刷会社への転職が突然に決まった。
(やっぱりソラは幸運をもたらす猫なのかな…)
誠一はそう感じ始めた。
それは取引先の担当者との他愛もない会話からだった。取引先は精密機器の製造会社で、担当者は50歳くらいの、いかにも技術者というイメージがぴったりの感じがする男だった。
会議室でのカタログの打ち合わせが終わると、
「いや~参りましたよ。昨日、車で納品中に横断歩行者妨害で捕まってしまって…」
担当者は残念がるように言った。
「横断歩道での歩行者妨害は、最近は結構、取り締まりの対象になっていますからね」
「だけどさ、歩行者用信号が青なのに、男子高校生がスマホをいじっていて渡る気配がなかったんだよね。渡らないのかと思って横断歩道に進入したら、突然渡り始めて、それでこっちの違反だって警察官が言うんだよ。ありゃーないだろう…」
担当者は何か訴えかけるような目で誠一の方を見た。
「道路交通法38条に歩行者の横断を妨げてはならない旨が記載されているんですが、あいまいな表現部分もあって、現場の警察官の判断に任されることが多いんです。納得いかなければ青キップのサインを拒否する方法もあります。暫くすると反則金支払い命令書が送られてきます。それを無視すると、最終的には検察への出頭命令書が届きます。さすがにそれは無視できませんので、そこでなぜ自分が払わないのか、主張を通す方法もあります。」
「へぇ~ そうなんだ。でも加藤さん、意外と詳しいんだね」
「一応、法学部出身ですからね。大学4年の時には冗談半分で司法試験まで受けているんですよ。もちろん、落ちましたけどね…」
誠一は苦笑いを浮かべた。
「へぇ~ なかなかなんですね…」
担当者は一呼吸置いた後、何かを思い出したように、
「そうだ加藤さん、転職する気はないですか?」
真面目な顔で唐突に切り出してきた。
「転職…?」
担当者の話の内容はこうだ。担当者の知り合いに法律関係の書籍の編集や印刷を行っている会社があって、営業社員を募集している。できれば、印刷に詳しくて、校正をすることも多いので、法律の知識も持っている人材を探しているそうだ。
誠一はその会社の名前を知っていた。法律関係の書物を専門に扱っているので、有給休暇の消化率や残業代の支払い等、かなりホワイトな企業だとの評判だった。そこへの転職が可能なら願ったり叶ったりである。
担当者が紹介してくれたお陰か、転職話は簡単に決まった。今度の会社の最寄り駅は東京駅なので、若干、通勤時間は短くなる。
「やっぱり、お前は幸運をもたらす猫なのかもしれないな」
誠一は転職が決まった日にソファの上に座っているソラの頭をなでながら話しかけた。
ソラはニャーと鳴いた。
「そういえば、お前、成長したのかな?茶色が少し、濃くなってないか?」
誠一はソラの毛並みを軽く逆撫でてみた。確かに色は濃くなっているようだ。だがその時、ソラは鳴かなかった。逆撫でられて嫌がったのかもしれない。
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