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本当の正体
真夏の奇妙な体験
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孝雄の実家は京都駅からタクシーで30分ほどの少し山に入った所の稲荷神社だ。
陰陽師は陰陽道に通じ、国の陰陽寮に属しているものだから、必ずしも神主である必要はないが、孝雄の実家は由緒ある神社だった。今は父親が宮司を務めている。
鳥居をくぐり、孝雄が実家に着いたのは夕方5時を少し過ぎた頃だった。まだ夏の気配が残っているとはいえ、辺りは少し暗くなり始めていた。状況はすでに携帯で父親に連絡してあるので、父親と祖父が待っているはずである。
孝雄が家に帰ると、『ただいま』を言う暇もなく、2人は孝雄を本殿に連れて行き、スマホ動画の確認を始めた。
3人が見始めてから少しして、孝雄が画面を止め、
「これの正体が何だかわからないんだ。ここなら、こいつの正体がわかるんじゃないかと思って帰ってきたんだ」
父親と祖父は一瞬頷いた後、でも何か納得いかない感じである。
「先まで全部見せてくれるか」
父親が孝雄に動画の先を促した。
すべての動画を見終えた後、父親と祖父は確認するように目を合わせ、頷き合った。
そして父親が孝雄に向かって言った。
「どうやら結界師として今のお前が試されているみたいだ…」
「どういうこと?」
「お前にはあのバケモノの本当が見えていない」
「本当…?さっき映っていたアレじゃないの?」
「最初は確かにアレが本体じゃったかもしれん。だが今は違う…」
祖父が言いさらに続けた。
「おそらくは我々みたいな者が現れた時のために、あえて実像として残しておるのじゃろう…我々の目を欺くためにな…」
「じゃぁ、本体はいったい?」
今度は父親が答える。
「すでにお前の友達の身体の中に移動している」
それは意外な答えだった。だが、言われてみれば誠一の周りが一番淀んでいた。
「じゃぁ、誠一はバケモノになってしまったってこと?」
「いや、お前の友達は間違いなく人間であって、バケモノではない。いわゆる寄生されている状態だな。だが早く退治しないと、取返しがつかなくなる…」
「じゃぁ、どうすればいいの?」
「アイツの本体が見えぬ今のお前では太刀打ちできんだろう」
父親は淡々と言った。
「そんな~」
「だからワシらが行くしかあるまい。こんなバケモノを野放しておくわけにはいかん…」
祖父が間髪を入れずに言った。祖父は確か今年で75歳になるはずである。
「だが少し調べものをしなければならん。孝雄が知っていることを教えてくれるか」
孝雄はミサキから聞いたことをそのまま話した。
「どうやら、願いを叶える代償が、その人の命というみたいじゃな…そのために対象者の身体に入り込む…」
祖父は両手を床に着き、かがむようにして、少し考え始めた。頭の中を探っているようだ。そして何かを思い出したように、
「確か江戸末期あたりの文献にそれと似たようなバケモノを退治した記述があったような気がする。調べてみるとするか…ホラ、行くぞ」
祖父はそう言うと立ち上がり、父親を促し、本殿奥の書庫へ向かった。
(よく思い出せるもんだ)
孝雄はいささか感心した。後は2人に任せるしかない。孝雄の母親が本殿前の廊下に、におにぎりを用意してくれた。孝雄に気遣ってか、声をかけたりはしない。だが孝雄はそれには手をつけないでいた。
2人が出て来たのは夜中の2時近くだった。
祖父の手には古めかしい紙縒り止めの書物が握られていた。
「孝雄、わかったぞ」
祖父は書物を床に置き、そこを開いて孝雄に見せた。だが孝雄には何がかいてあるのか全く読めない。
「バケモノの名前は書いとらんが、願いを叶える代わりに命をもらい受けるバケモノが出た。これはなんとかせねばならない…と…」
「で、退治方法は…?」
「これによると、結界後、犬式神を使って退治したと書いておる」
「犬式神か…じゃぁ、今回も同じ方法を使うの?」
祖父に尋ねた。
「いや、さっきコイツとも話したんじゃが、犬式神では効果が薄いかもしれん…ワシが思業式神を用意して、コイツには擬人式神を用意させる。結界は2人で同時に張る。ワシはもう年だが、これが最後の務めかのう…」
父親の方へ目をやると、父親は黙って頷いていた。
思業式神とは術者の能力に応じて、術者本人が変幻自在に作り出す創造の神。術者の能力値が高ければ無敵になる。
擬人式神とは草や木、蝶といった自然体を擬人化して操る。対象物の行動を阻害したり、退治に参加したりもするが、時には術者の身代わりにもなる。これには上位と下位があり、孝雄の父親はもちろん上位者だ。
孝雄は2人が退治について、こんな真剣に考えている姿を一度も見たことがなかった。それは普段、修行している姿とは全く違う。それで事の重大さが窺える。
「僕は何をしたらいい?」
「孝雄にはやってもらいたい大事な仕事がある。そして了解してくれるなら、これを撮影してくれたお嬢さんも呼んでくれるかな」
祖父が言った。
「ミサキも…?で、いつ行くの?」
「式神に術を宿さなければならないので、出発は明日の朝だな。その足でマンションの様子をこの目で確認して、勝負は明後日…」
「わかった…今電話してみる…」
孝雄は今が夜中であることを承知でミサキに電話した。ミサキも寝ずに待っていたのか、すぐに電話にでた。
「何かわかったのね」
孝雄は祖父と父親から聞いた話をそのまま伝えた。
「式神とかよくわかんないけど、とにかく私も明後日、誠一のところへ行けばいいのね」
準備は整った…か…
本当の正体 完 続く
陰陽師は陰陽道に通じ、国の陰陽寮に属しているものだから、必ずしも神主である必要はないが、孝雄の実家は由緒ある神社だった。今は父親が宮司を務めている。
鳥居をくぐり、孝雄が実家に着いたのは夕方5時を少し過ぎた頃だった。まだ夏の気配が残っているとはいえ、辺りは少し暗くなり始めていた。状況はすでに携帯で父親に連絡してあるので、父親と祖父が待っているはずである。
孝雄が家に帰ると、『ただいま』を言う暇もなく、2人は孝雄を本殿に連れて行き、スマホ動画の確認を始めた。
3人が見始めてから少しして、孝雄が画面を止め、
「これの正体が何だかわからないんだ。ここなら、こいつの正体がわかるんじゃないかと思って帰ってきたんだ」
父親と祖父は一瞬頷いた後、でも何か納得いかない感じである。
「先まで全部見せてくれるか」
父親が孝雄に動画の先を促した。
すべての動画を見終えた後、父親と祖父は確認するように目を合わせ、頷き合った。
そして父親が孝雄に向かって言った。
「どうやら結界師として今のお前が試されているみたいだ…」
「どういうこと?」
「お前にはあのバケモノの本当が見えていない」
「本当…?さっき映っていたアレじゃないの?」
「最初は確かにアレが本体じゃったかもしれん。だが今は違う…」
祖父が言いさらに続けた。
「おそらくは我々みたいな者が現れた時のために、あえて実像として残しておるのじゃろう…我々の目を欺くためにな…」
「じゃぁ、本体はいったい?」
今度は父親が答える。
「すでにお前の友達の身体の中に移動している」
それは意外な答えだった。だが、言われてみれば誠一の周りが一番淀んでいた。
「じゃぁ、誠一はバケモノになってしまったってこと?」
「いや、お前の友達は間違いなく人間であって、バケモノではない。いわゆる寄生されている状態だな。だが早く退治しないと、取返しがつかなくなる…」
「じゃぁ、どうすればいいの?」
「アイツの本体が見えぬ今のお前では太刀打ちできんだろう」
父親は淡々と言った。
「そんな~」
「だからワシらが行くしかあるまい。こんなバケモノを野放しておくわけにはいかん…」
祖父が間髪を入れずに言った。祖父は確か今年で75歳になるはずである。
「だが少し調べものをしなければならん。孝雄が知っていることを教えてくれるか」
孝雄はミサキから聞いたことをそのまま話した。
「どうやら、願いを叶える代償が、その人の命というみたいじゃな…そのために対象者の身体に入り込む…」
祖父は両手を床に着き、かがむようにして、少し考え始めた。頭の中を探っているようだ。そして何かを思い出したように、
「確か江戸末期あたりの文献にそれと似たようなバケモノを退治した記述があったような気がする。調べてみるとするか…ホラ、行くぞ」
祖父はそう言うと立ち上がり、父親を促し、本殿奥の書庫へ向かった。
(よく思い出せるもんだ)
孝雄はいささか感心した。後は2人に任せるしかない。孝雄の母親が本殿前の廊下に、におにぎりを用意してくれた。孝雄に気遣ってか、声をかけたりはしない。だが孝雄はそれには手をつけないでいた。
2人が出て来たのは夜中の2時近くだった。
祖父の手には古めかしい紙縒り止めの書物が握られていた。
「孝雄、わかったぞ」
祖父は書物を床に置き、そこを開いて孝雄に見せた。だが孝雄には何がかいてあるのか全く読めない。
「バケモノの名前は書いとらんが、願いを叶える代わりに命をもらい受けるバケモノが出た。これはなんとかせねばならない…と…」
「で、退治方法は…?」
「これによると、結界後、犬式神を使って退治したと書いておる」
「犬式神か…じゃぁ、今回も同じ方法を使うの?」
祖父に尋ねた。
「いや、さっきコイツとも話したんじゃが、犬式神では効果が薄いかもしれん…ワシが思業式神を用意して、コイツには擬人式神を用意させる。結界は2人で同時に張る。ワシはもう年だが、これが最後の務めかのう…」
父親の方へ目をやると、父親は黙って頷いていた。
思業式神とは術者の能力に応じて、術者本人が変幻自在に作り出す創造の神。術者の能力値が高ければ無敵になる。
擬人式神とは草や木、蝶といった自然体を擬人化して操る。対象物の行動を阻害したり、退治に参加したりもするが、時には術者の身代わりにもなる。これには上位と下位があり、孝雄の父親はもちろん上位者だ。
孝雄は2人が退治について、こんな真剣に考えている姿を一度も見たことがなかった。それは普段、修行している姿とは全く違う。それで事の重大さが窺える。
「僕は何をしたらいい?」
「孝雄にはやってもらいたい大事な仕事がある。そして了解してくれるなら、これを撮影してくれたお嬢さんも呼んでくれるかな」
祖父が言った。
「ミサキも…?で、いつ行くの?」
「式神に術を宿さなければならないので、出発は明日の朝だな。その足でマンションの様子をこの目で確認して、勝負は明後日…」
「わかった…今電話してみる…」
孝雄は今が夜中であることを承知でミサキに電話した。ミサキも寝ずに待っていたのか、すぐに電話にでた。
「何かわかったのね」
孝雄は祖父と父親から聞いた話をそのまま伝えた。
「式神とかよくわかんないけど、とにかく私も明後日、誠一のところへ行けばいいのね」
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