真夏の奇妙な体験

ゆきもと けい

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エピローグ

真夏の奇妙な体験

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 決行日がきた。4人は今、高円寺駅前のコーヒーショップにいた。時間は朝9:00だ。もし誠一が会社へ出勤していたら、勝負は夜ということになったが、ミサキの話では昨日から会社を休んでいるらしい。
 誠一には、孝雄の体調がすっかり回復したので、今日、改めてお見舞いに行くと伝えていた。
 もちろん、本当の趣旨は伝えていない。

「お嬢さん、お付き合いさせてすまんかったのう」

 祖父が正面に座っているミサキにちょこっと白髪交じりの頭を下げた。

「いえ、そんなことは…それより誠一は大丈夫なんでしょうか?」

 ミサキが不安そうに尋ねた。

「大丈夫…と思うしかないじゃろうな…」

「私はどんなお手伝いをしたらいいのでしょうか?」

 今初めて顔を合わせたので、ミサキは対策の内容を全くしらなかった。

「まず、彼の部屋の間取りを教えてくれるかのう」

 祖父は言った。ミサキは紙に大まかな間取りを書いた。

「すまんのう…」

「えっ、い、いえ…」

 ミサキは少し困惑気味に答えた。横に座っている孝雄の様子を窺うように覗いた。孝雄は水を半分飲んだだけで、コーピーには手つけていない。俯き加減でかなり緊張しているようだ。

「孝雄、そんなに緊張せんでも大丈夫だ」

ミサキの視線に気づいた祖父が孝雄に言った。

「でも…」

「映画やテレビドラマみたいに、バケモノと大立ち回りを演じることなどありぁせん。結界を張れば、式神を使って捕らえるだけじゃ。最も、過去には取り逃がしたことも多々あるようじゃが…。
 だが、あんなバケモノを逃がしたら又、とんでもないことになる。捕らえるのがワシらの責任じゃな。
 孝雄は昨日話したように、騙されている振りして見えている実像の相手をしてくれ。ただそれだけじゃが、大事な役目だ。お前がその実像を追いかけている間に、ワシらが部屋を結界する。すると友達に憑いている本体が逃げ出そうと現れる。ワシらがそれ捕らえる。そんな段取りじゃな…」

「私の役目は…」

 ミサキが言った。

「彼のそばにいてやってくれるかのう…そしたら安心するじゃろう…」

 祖父はテーブル下で両膝をポンと叩くと、

「さて、行くかのう…友達の部屋に着いたら、手筈通り頼むぞ」

 祖父は立ち上がった。とても75歳とは思えぬ腰の軽さだ。

 誠一の部屋は以前にも増してどす黒い気配に包まれていた。今日の孝雄は結界師としての孝雄なので、恐れたりはしない。しかし、祖父に言われていた。

「いいか孝雄、部屋に入るまでは結界師としての能力は出すな。いいな…」

 と…

 呼び鈴を押すと程なくして誠一が現れた。孝雄はその痩せこけた姿に少々戸惑った風だが、それ以上に驚いているのがミサキの方だった。

(たった数日前に会っているのに、さらにこんなにも弱弱しくなっているとは…)

「久し振りだな。体調が良くないんだってな…ベッドに横になってろよ」

 そう言って、ミサキと誠一を部屋の奥へ送った。誠一はベッドに横たわった。孝雄は玄関を閉めた。だが鍵は掛けない。合図とともに2人が入ってくる段取りだからだ。
 孝雄も部屋の奥へ入った。突然、ソファの上にいたソラが何かの気配に気づいたのかシャーと威嚇するような鳴き声を上げ、ソファ下へ潜り込んだ。

「どうしたんだ、ソラ?」

 誠一が弱弱しい声で首をソラの方に向け話しかけた。再びシャーとソラの声が聞こえる。

「誠一、よく聞けよ。こいつは猫じゃないんだ。バケモノなんだ。お前の体調不良もすべてこのバケモノのせいさ。だから結界師として俺が排除しにきた…」

「お前、何を言ってるんだ」

 誠一は弱弱しい声で起き上がろうとすると、それをミサキが制した。

「お願いします!」

 誠一は隣の部屋にも聞こえるくらい大きな声で怒鳴った。それを合図に、外でじっと身を潜めていた2人がドアをガシャと開け、部屋に飛び込んでくる。ドアを閉める。

 祖父は素早く玄関先に結界紙を置き、九字を切るような仕草で結界を張った。あっという間だ。父親は急いで部屋奥へ進むと右隅、左ベッド脇に結界紙を置き同じように結界を張った。こちらも手慣れたものだ。

 ソラは部屋の中を大きく逃げ回っている。それを孝雄が大袈裟に追いかける。ただのカモフラージュだ。結界は数秒で張れた。だがソラの動きは一向に衰えない。本体でないからだろう。

 すぐに、誠一の横たわった身体からどす黒い物体が剥がれ逃げるように現れる。父親が右手人差し指と中指を口にあて、何かを呟く。擬人式神弦でその動きを封じる。祖父も同じ行動をとると、思業式神でその物体を式神の中に取り込む。すべてが一瞬の出来事だった。

 ミサキには3人の動きは見えているが何をしていたのかはさっぱりわかない。 ただ、見えていたソラが消え、孝雄の動きが止まったのは理解できる。誠一はベッドに死んだように横たわっている。ミサキが心配そうに覗き込む。

「もう終わった…大丈夫じゃ…彼は休んでいるだけじゃ…暫くしたら目を覚ますじゃろう」

「でも、どうして誠一がこんな目に遭ったんでしょうか?」

ミサキが祖父に尋ねた。

「さてな…」

「願いを叶えて欲しいって、欲深いことですか?」

「人間はみな欲深いもんじゃ…ワシとてそうじゃ…だからそうじゃあるまい…彼の中にあのバケモノを呼び込むだけの何かがあったのじゃろうな…」

「呼び込む何かですか?」

「呼び込むというか同調するというか…文献の最後の一行が滲んでしまって読み取れんのじゃが、『このバケモノの一番怖いところは・・・が現れることだ』と書かれておる。最も、式神の中に封じ込めてしまえば、何も現れることはあるまい。彼は真面目な人物なのだろう…」

 祖父は横たわっている誠一に目をやった。

「それは、はい」

 ミサキが答える。

「だったら、その真面目さが呼び込んでしまったのかもしれんのう…さて、ワシらは帰るとするか。コイツをきちんと封じ込めなければならんのでな…孝雄はお嬢さんと友達にこの出来事をきちんと説明する責任がる…わかるな…」

「はい」

 孝雄は返事をし、祖父は大きく頷き、父親はそれを優しい目でじっと見ている。

 祖父の言葉通り、誠一はみるみるうちに元気を取り戻し、3日後には出社できるようになっていた。あの姿が嘘のように…

(ソラがまさかあんなバケモノだったとはな…)
 
 誠一はすべてを理解していた。まさに真夏の奇妙な体験だった。

 それから数日したある日、誠一は帰りが遅くなった。休んだ分の悪い印象を取り戻すべく、積極的に残業した。
 マンションの入り口脇に小さいダンボールが置かれていた。中から子猫の鳴き声が聞こえた。誠一は小箱の中を覗き込んだ。茶トラの子猫が捨てられている。

 誠一はしゃがむと、子猫の首を掴み、自分の目の高さまで持ち上げると、子猫の首をグッと絞めた。子猫は苦しそうに手足をバタバタさせている。それを見ている誠一の目は大きく見開き、口角を大きく上げ、不気味にニタニタと楽しそうに笑っている。子猫をダンボールに戻すと、立ち上がり、マンションの中へ入って行った。


『このバケモノの一番怖いところは・・・が現れることだ』


 エピローグ 完
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