転生勇者二世の苦悩

曇戸晴維

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第一章 少年は旅立つ

7.狩るものと狩られるもの2

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 「こっちだ!」

 里林を抜けた僕たちに、大きな声が掛けられた。
 その声の主は、冒険者の仲間で一際大きな体躯の人だった。
 声につられて冒険者の他の仲間たちもこちらに寄ってくる。
 総勢、四人。

 僕たちは彼らに向かって全速力で走る。

 いつの間にか日は落ちて、あたりはすっかりと暗くなっていた。
 月明かりと彼らの持つ松明を頼りにあたりを見渡すと、里林のちょうど開けたところらしい。
 ここなら里もすぐそこだ。
 きっと父さんが宿屋に迎えにきているだろうから、駆けつけてくれるのも時間の問題だろう。
 

 くるる……
 ぐるあああああああ!!!

 ほど近い茂みで、そんな声が聞こえた。
 
 間に合わない。
 僕は直感でそう感じた。
 僕か、ドリーか、それともアンか。
 強い殺意が衝撃のように発せられ、僕の足元がもつれる。

「くっ……」

 思わず、僕は足を止めて振り向いた。

「ウェダ!」
「ウェダ!?なにしてる!?」

 ドリーとアンはしっかりと手を繋ぎながら僕を追い抜いていく。
 いいぞ、二人とも。
 そのまま走れ。
 そして父さんに知らせてくれ。

「バカ!坊主もこっちにこい!」
「英雄気取りは早えぞ!くそ、でかくないか!?」
「二人は確保した!」
「お前はその二人を里まで連れて行け!」

 そんな声が次々と聞こえる。
 よかった。二人に護衛をつけてくれた。
 きっと里まで無事に辿り着ける。
 
 そして、僕は目の前の魔物を睨みつける。
 立ち止まった僕を、獲物にすると決めた魔物に。
 都合よく僕につられて立ち止まった魔物に。

「ひっ……」

 その目はらんらんと輝いて、御馳走を目の前にした飢餓者のよう。
 月明かりに輝く銀の体毛は鋼のよう。
 そして、だらだらと涎を垂らすその口はにやにやと笑っているようだった。

 なによりもその大きさ。
 ただの魔物じゃない。
 眼の前で見ると、思っていたよりはるかに大きくて、足がすくむ。

 どうする。
 どうする。
 どうする。

 ……死にたくない!

 そうして、僕はまた振り返り走る。
 僕が動き初めた途端、奴が飛びかかる仕草をしたのが見えた。
 だめだ、食われる。
 あの恐ろしく大きな口に。
 僕がウサギの足にかぶりついたように。

 嫌だ。
 ……嫌だ!

「坊主!飛べ!」

 言われて反射的に強く大地を蹴る。
 ガチンッ、と後ろで金属音にも近い何かが聞こえる。
 それが魔物が噛み付こうとして逃した音だと気付いたときの恐怖。
 そして、言われるがまま飛んだはいいがこの先の展開を考えたときの恐怖。
 怖くて、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
 飛び込んだ先には一際大きな体躯の冒険者がいて、他の人より重厚なその腕にしっかりと抱き留められる。
 胸当ての金属プレート部分に頭をぶつけ、ただでさえぐちゃぐちゃの頭がぐわんぐわんする。
 その人は、そのまま流れる動作で俺を後ろに放り投げた。
 投げられながら見たのは、再びあんぐりと口を開けた魔物とそれに対峙する冒険者。
 いつの間にか抜刀していた冒険者は、その大きな体躯で魔物と見合っていた。
 それでも魔物のほうが大きくて、僕に安堵はなかった。

「我は盾、我は壁……オラァ!かかってこい!」

 冒険者が叫ぶ。
 あれは父さんに習ったことがある。
 鉄壁の呪文。
 皮膚を硬化させる魔法。
 自信満々に出てきたのにはちゃんと理由があったんだ。
 それでも――

 「ぐっ……」

 ぞぶり、と噛まれる冒険者。
 かろうじて腕と剣を挟み込んで、首を噛まれるのは避けているようだ。
 例え、硬化させても所詮肉と皮膚。
 持ち前の肉体を生かして僕の代わりに壁になる冒険者。
 その胆力に僕は泣きそうになる。

「ぼっちゃん、もう大丈夫だぞ」

 投げられた先で別の冒険者に受け止められた僕はそう言われ、こくこくと頷く。

「なに、心配することはない。今からおっちゃんたちがあいつを退治してやる」

 また別の、ローブを着た冒険者が言う。

「ちっ……弔い合戦だ」

 僕たちだけ逃げてきたことで、それとも魔物の姿を見て何かを察したのか、その瞳は松明に照らされ煌々と燃えていた。



 
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