転生勇者二世の苦悩

曇戸晴維

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第一章 少年は旅立つ

8.狩るものと狩られるもの3

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「小さき灯火よ。我が心のままに燃え盛れ」

 ローブの冒険者が呟くと持っていた松明から一回りほど大きな炎が広がる。
 松明に見えたのは杖だったらしい。
 こういった自然に干渉する魔法は貴族にしか使えない。
 彼は貴族の血を引いているのだろう。
 何故そんな人がここにいて、しかも冒険者をやっているのかわからないが僥倖だった。

 魔法。
 魔物と同じく『魔』の冠を持つ言葉。
 強くイメージすることで体内の魔力を何かに干渉する力。
 遥か昔、神々の大戦の後、魔物の跋扈する時代があった。
 神々の尖兵として戦った人間はただでさえ疲弊していた。
 そこへ現れた魔物に、人間は対処する余地がなかった。
 そこで滅びの危機を迎えた人間に神々から与えられた力。
 当時、この力が顕現した人間は各地を平定し、強い魔法を使える者同士で繋がった。それが貴族の始まり。
 貴族はその強い血を濃く保ち、だからこそ自然に干渉できる。
 貴族でなくても魔法は使うことができる。
 内在する血に宿る魔力をコントロールし、さっきの僕を庇ってくれた冒険者のように肉体を強化する。
 それが魔法。
 神々から与えられた、人の力。
 魔物を倒すための、人の力。
 それが魔法。

 父から受けた授業を思い出す。
 そうだ。
 そう習ったじゃないか。

「ぼっちゃん、いいか。立てるな?」
「う、うん」
「絶対に俺から離れるな。もう大丈夫だから、な?」

 僕を受け止めてくれた冒険者は、そう言って僕を立たせると頭を二度、ぽんぽんと優しく叩いた。
 その手は力強くて、温かで優しい。
 おかげでしっかりと大地に立つことができた。

「よし」

 冒険者は僕の顔を見て、にかっと笑うと背負っていた弓を構える。
 その目はつがえた矢に負けず劣らず鋭い。
 若い冒険者だった。
 短髪で顔に引っかかれたような古傷がある。
 こんな状況だというのに僕は、兄がいたらこんな感じなのだろうか、などと考えていた。

 引き絞った弓が軋む。
 
「いくぞ!」

 その声を合図に魔物へ対峙していた冒険者が雄叫びを上げた。

「う、おおおおおおおお!」

 噛まれた腕と剣をそのままに、鼓舞するかの如く叫ぶ。
 その咆哮は僕の肌を叩き、びりびりと痺れさせた。
 そして、あろうことか、彼は自分よりも大きな魔物を持ち上げようとしているのだ。
 魔物に噛まれた腕はテコの原理でより負担がかかっているのだろう、冒険者の血と魔物の涎がぼたぼたと垂れる音が聞こえ、時折、つっかえになっている剣が軋む音がする。
 そして、ついぞ魔物を持ち上げる冒険者。
 彼の決意と勇姿に、息を呑む。
 
 だってそうじゃないか。
 僕たちを救うために自分より大きな獣に噛まれ、そのまま腕も――命さえも失おうというときに、彼はまだ闘志を失っていない!
 これが冒険者なんだ。
 すごい、と単純な感想しか出てこない。
 興奮で体が熱い。
 
 冒険者は持ち上げたそのまま二、三歩よろめいて、ぐるりと半歩回転。
 それを合図に他の仲間が攻撃を仕掛ける。

 ローブを着た冒険者が火球を飛ばす。
 僕を受け止めてくれた冒険者が次々と矢を射る。

 これには魔物もたまったものではなかったのだろう。
 身じろぎをして抵抗するも、それを逃す冒険者たちではない。

「へへ、まあもうちょっと俺の血でも味わってけよ。それ以上にてめえの血がなくなるけどな」

 獰猛な笑みと共に、噛まれた腕をさらに奥に差し込む冒険者。
 舌根っこでも掴んでいるのか魔物は逃げられず、ふしゅるるると空気の抜けるような鳴き声を出した。
 さらに迫る、火球と矢。

 何かがおかしい。
 何かが腑に落ちない。
 このまま、終わるはずなのに。

 魔物をよく見る。
 恐ろしく
 そんな状況であるにも関わらず、魔物は身を捩るばかり。
 
 そして、思い出す。

 そうだ。

 だめだ。

 一匹ではない。
 

 
 
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