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第一章 少年は旅立つ
23.正気と狂気6
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まさに狂気だった。
興奮が人々を包み込み、それに呼応するかのように魔法によって身体能力が向上する。
貴族でもなんでもない人たちが怪力を出し、脱兎の如く駆け回る。
農具を武器に荒れ狂い、力任せに魔物を殺す。
一人でダメなら二人で、二人でダメなら三人で。
そこに兵士たちが加勢する。
力に呑まれた人々は指示など聞かない。
ただ、恨みと恐れを狂気に変えて、死にものぐるいで突き進む。
たったひとつ、生き延びるということだけを目標に。
狂気は長く続かない。
人は死ぬ。
魔物は強い。
それだけのことだ。
力に呑まれていたものは再び恐怖に呑まれる。
そして、死ぬ。
阿鼻叫喚の地獄絵図だけがそこにあった。
僕はいまだに魔力が抜けきっていて、ふらふらと立って歩くのがやっとだった。
護衛に付いてくれていた兵士たちは、次々と迫る魔物への対処に負われ一人もいなかった。
「くそっ、限界かあ。いやあ、まいったなあ」
いつの間に立っていたのか、僕の横にいたレヴィさんは僕の頭をぽんぽんと二度撫でた。
ついさっきまで、魔物に向かって魔法を撃っては逃げ、人々を助けては逃げ、と忙しなく動いていたのに。
レヴィさんは肩で息をしている。
さすがに魔力が付きかけているのか、それとも体力が限界なのか、どこからか拾ってきた剣を杖代わりに立っていた。
「いい案だと思ったんだけどなあ。ウェダ、君の名前を使ってしまってごめんよ」
「いいです。きっと、生き残るためだったんですよね」
「物分りがいいねえ。賢い子は好きだよ」
僕の名前と立場。
それは思ったより人に影響を与えるものなのだろう。
勇者の息子がいて、そいつは実はすごい能力を持っている。
そう言って、そいつが使ったように見せかけてみんなに魔法をかける。
士気を高揚させて戦力を上げる。
それは効果的だったのだろう。
狂気を纏うほどに。
こんなのイカサマだ。
嘘に近いやり方だ。
でも、そうでもしないと全滅するくらいジリ貧だった。
そうでもしないと、一人残らず食われる未来だった。
レヴィさん――レヴィ・マティウスは冷静でそういうことを考えられる人だと、なんとなく思った。
「賢い子は好きだけど、君はもっとわがままを言っていいと思うんだよねえ」
よっこいしょ、と近くに転がっていた小ぶりな樽を椅子代わりに腰掛けるレヴィさん。
「わがまま……でも、僕が好き勝手したから」
「ん?」
「僕が好き勝手したから、こうなったんだ」
僕は俯いて、言ってしまった。
「どういうことだい?」
「戦えたのに戦わなかったから」
「うーん?どういうことかわからないけど、それは誰に言われたんだ?」
心底不思議そうな――わざとらしいとも取れるような顔でレヴィさんは首をかしげる。
「友達に……戦えるのに戦わなかったから犠牲がでたんだって」
「ああ……そりゃあまあ……そういうことを言いたくなるやつもいるかあ」
レヴィさんはそう言って、やりづらそうに頭をガシガシと掻いていた。
「それに、父さんも」
「……ジェダが?」
「なぜ、戦わなかった、って」
その瞬間、空気が変わった。
「ジェダは、君の父親はそう言ったのか」
興奮が人々を包み込み、それに呼応するかのように魔法によって身体能力が向上する。
貴族でもなんでもない人たちが怪力を出し、脱兎の如く駆け回る。
農具を武器に荒れ狂い、力任せに魔物を殺す。
一人でダメなら二人で、二人でダメなら三人で。
そこに兵士たちが加勢する。
力に呑まれた人々は指示など聞かない。
ただ、恨みと恐れを狂気に変えて、死にものぐるいで突き進む。
たったひとつ、生き延びるということだけを目標に。
狂気は長く続かない。
人は死ぬ。
魔物は強い。
それだけのことだ。
力に呑まれていたものは再び恐怖に呑まれる。
そして、死ぬ。
阿鼻叫喚の地獄絵図だけがそこにあった。
僕はいまだに魔力が抜けきっていて、ふらふらと立って歩くのがやっとだった。
護衛に付いてくれていた兵士たちは、次々と迫る魔物への対処に負われ一人もいなかった。
「くそっ、限界かあ。いやあ、まいったなあ」
いつの間に立っていたのか、僕の横にいたレヴィさんは僕の頭をぽんぽんと二度撫でた。
ついさっきまで、魔物に向かって魔法を撃っては逃げ、人々を助けては逃げ、と忙しなく動いていたのに。
レヴィさんは肩で息をしている。
さすがに魔力が付きかけているのか、それとも体力が限界なのか、どこからか拾ってきた剣を杖代わりに立っていた。
「いい案だと思ったんだけどなあ。ウェダ、君の名前を使ってしまってごめんよ」
「いいです。きっと、生き残るためだったんですよね」
「物分りがいいねえ。賢い子は好きだよ」
僕の名前と立場。
それは思ったより人に影響を与えるものなのだろう。
勇者の息子がいて、そいつは実はすごい能力を持っている。
そう言って、そいつが使ったように見せかけてみんなに魔法をかける。
士気を高揚させて戦力を上げる。
それは効果的だったのだろう。
狂気を纏うほどに。
こんなのイカサマだ。
嘘に近いやり方だ。
でも、そうでもしないと全滅するくらいジリ貧だった。
そうでもしないと、一人残らず食われる未来だった。
レヴィさん――レヴィ・マティウスは冷静でそういうことを考えられる人だと、なんとなく思った。
「賢い子は好きだけど、君はもっとわがままを言っていいと思うんだよねえ」
よっこいしょ、と近くに転がっていた小ぶりな樽を椅子代わりに腰掛けるレヴィさん。
「わがまま……でも、僕が好き勝手したから」
「ん?」
「僕が好き勝手したから、こうなったんだ」
僕は俯いて、言ってしまった。
「どういうことだい?」
「戦えたのに戦わなかったから」
「うーん?どういうことかわからないけど、それは誰に言われたんだ?」
心底不思議そうな――わざとらしいとも取れるような顔でレヴィさんは首をかしげる。
「友達に……戦えるのに戦わなかったから犠牲がでたんだって」
「ああ……そりゃあまあ……そういうことを言いたくなるやつもいるかあ」
レヴィさんはそう言って、やりづらそうに頭をガシガシと掻いていた。
「それに、父さんも」
「……ジェダが?」
「なぜ、戦わなかった、って」
その瞬間、空気が変わった。
「ジェダは、君の父親はそう言ったのか」
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