喫茶 時間旅行

曇戸晴維

文字の大きさ
6 / 9

いちごカフェ③

しおりを挟む



 思いに目を瞑り、はっと目を開ける。
 すると、映ったのは、あの不思議な喫茶店だった。

「お客様、なにか思い出せましたか」

 横にいたウェイトレスが顔を覗き込んできた。
 赤い髪飾りがしゃらん、と音を立てる。
 懐かしい思い出と熱い感情が押し寄せてきて、涙腺が緩むが、口を結んで耐えた。

「忘れていた情熱を……思い出しました」
「それは良いことです」

 笑顔で頷くウェイトレス。
 そのたびに赤い髪飾りはしゃりんしゃりんと鳴っていた。

 俺は無言でスプーンを握り直す。
 そして、溢れ出そうになる感情を飲み込むように、ばくばくとパフェを食べる。
 
 甘酸っぱい。
 けれど甘い甘いそれは、あの頃の若い俺と生徒たちのようで。
 コーヒーで流し込めば、そのほろ苦さが今の俺のようで。

  
「……ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした」

 最後の一口を食べきり、コーヒーをゆっくりと飲む。
 この苦味は、今受け持っている生徒たちの苦悩なのかもしれない、と思いながら。
 
「すいません。お会計を」
「うーん、今回はサービスということで」

 にこりと笑いながら言うウェイトレス。

「いえ、そう言うわけには……」

 食い下がる俺に、ウェイトレスは困ったなあとでも言いたげな表情をする。
 腕組みをして数秒悩む仕草をしてから、彼女はこう言った。

「では、こうしましょう。困っている生徒さんがいたらパフェを食べさせてあげてください!」

 いたずらっぽく言う彼女に呆気に取られる。
 それと同時に、なんとなく理解した。
 ああ、ここはそういうところなんだな、と。

「わかりました。必ず。では、失礼します」
「ふふふ」
「……なにか?」
「立派な教師の顔をしています。では、お気をつけて」

 慈愛に満ちた顔だった。
 そうして、俺は店を後にして家路についた。







 
 翌日の放課後
 俺は一人の生徒に声をかける。

「昨日は、先生の失言で気分を悪くさせてしまってごめん」
「いや、いいんですけど……俺も相談に乗ってもらったのに棘があったし」
「考えたんだ。先生の……俺の感覚は時代遅れなのかもしれない。
 でも、君のように教えてくれる子がいる。ぶつかってくれる子がいる
 それは俺にとって、教師をやっていて、生きていて良かったとさえ思えることなんだ」
「そんな大袈裟な」
「本気でそう思ったんだ。思い出させてもらった。ありがとう」

 頭を下げて、礼を言う。
 生徒は、目を見開いて驚いていた。
 
「……先生みたいに話を聞いてくれる大人もいるんですね」

 そう言った彼は、困ったような笑顔だった。
 そして、つらつらと思いの丈を話し始めてくれた。




 






 ――――カウンター前の椅子にふんぞりかえり、宙を見つめる女性。
 着物にフリルのエプロンを付け、艶々とした黒髪には紅い髪飾りがよく映えている。
 銀色のお盆を器用にくるくる回しては、その度に髪飾りが、しゃらん、しゃらん、と音を立てる。
 
「マスター、人って、めんどうくさいですね」
「君だって人だろうに」
 
 カウンター内に立つ男性が答える。
 白いシャツに蝶ネクタイ。ギャルソンエプロンをつけたその姿は、いかにも昔ながらの喫茶店のマスター、といった感じだった。

「そうでしたねえ。私、人でした」

 銀色のお盆はどういうカラクリか、彼女の指先で踊り続けていた。
 
「人には、色々な思い出がある。
 とても大切な思い出だ。
 でも、時に人は、その大切な思い出を忘れてしまう」
 
「大事な想いと共に、でしょう」

 その通り、と男性が答えると同時に、女性の指先にあったお盆は、ぽーん、と高く空中に投げ出される。
 すっ、と立ち上がった女性は、それをなんでもないかのように片手でキャッチした。

「さて、次はどんなお客様がいらっしゃるんでしょうか」

 そう言った彼女の目は爛々と輝き、真っ赤な唇を桜色の舌で舐めた。

 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...