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プロローグ

再会 2

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 一通り見て回って、気づいたことがあった。
 質素な家財の並ぶ殺風景な部屋の中で、ある一室だけ異なる様式の部屋がある。
 生活感がある――生活感があった部屋というべきか。和式の家屋の中、そこだけ入り口が洋式のドアにリフォームされた部屋だった。

 8畳間の一室には、型遅れのオーディオ機器、壁には昔のロックバンドのポスター、時期外れのコタツの上には調律途中のアコギ、床には平積みされたCDや古めかしい雑誌が置き去りにされ、ロフトのパイプベッドには脱ぎっ放しのジーンズが引っ掛かっている。
 マンガが大量に突っ込まれた本棚の上には、対照的に車や戦艦の模型が整然と並び、床にはダンベルが無造作に転がっている。

 なんというか……いかにも思春期の少年の自室、といった感じだ。

「……そうか、ここは征司叔父さんの……」

 白木征司せいじは父の弟――俺の叔父に当たる人だった。そして、15年前に行方知れずとなっている。

 白木家ではタブー扱いとなっているが、失踪当時の叔父は17歳、高校2年生の冬。
 学校から早引けする姿を最後に、なんの前触れもなく家族の前から姿を消した。

 髪を金髪に染め、ヤンチャもしていた叔父は、当時から無断外泊などはよくあったが、それでも両親である祖父母に対して芯から心配をかける人物でもなかった。
 人徳もあり、周囲には常に人が集まるような人物で、たまに遊びに来る自分たち甥や姪にしてみれば、よく遊んでくれる気のいい兄貴分だった印象が強い。

 それだけに、家族の受けた衝撃は強かった。
 田舎とはいえ、事件や事故に巻き込まれた可能性は否定できなかったが、数ヶ月経ってもなんの進展もないことから、警察からは単なる家出として処理される結果となった。

 それが15年前のこと。
 そのときの家族を包んだ尋常ならざる雰囲気に、当時の俺は6歳という幼子ながらに恐怖を覚え、あれほど楽しみにしていた祖父母宅の訪問も嫌がるようになってしまった。

 最後の記憶はなんだったか。きっとあのときだ。裏山で出くわした野犬をドロップキックで撃退したとき。

「無茶苦茶だったな、あの人」

 おぼろげな記憶に笑みが浮かぶ。
 素行はともかく、成績もよかったと聞いている。運動神経も逸脱しており、仲間の中心にいて――当時の叔父の歳を大きく越えてしまったが、今の自分ではあの人に遠く及ばない。

「就職浪人しそうな俺とはね! って……たはは」

 現状を思い出し、自虐と涙が零れる。

 叔父の部屋が当時そのままに保存されているのは、祖父母の意向だろう。
 この家を売却するのに反対したのも、きっと叔父が帰ってくると信じて……

「今更しんみりしても仕方ないか……続きしよ」

 そっとドアを閉じる。ここは下手に触らないほうがいいだろう。

 その後は、散らばったゴミを集めたり、荷物を纏めたり。
 2時間もすると、予定していた作業は一段落した。

 夏の日差しはまだまだ高いが、急いで済ませる必要もない。
 問題は掃除だ。これだけの広さだと、それなりに時間を要する。
 家中を探して見つけた掃除道具は、吸引力の弱い掃除機とハタキと干からびた雑巾くらいだった。
 当方の戦力はかなり乏しい。ロボット掃除機――とまでは言わないが、せめてコロコロでもあれば助かる。

 事前に最低限の用意くらいはしておくべきだった。
 最寄のホームセンターでも片道で徒歩45分。この暑い最中、今から往復するのはだる過ぎた。

 実家からは、終わるまで何日でも寝泊りしていい許可は得ている。
 完了の様子をスマホで送れと言われている以上、妥協もできない。

(掃除道具は明日にでも暑くなる前に買ってくればいいか。あ、庭の用具はあるのかな? 除草剤は日数が掛かるし、鎌とか買うと高い? 必要経費にしてくれるかなぁ。明日のことは明日考えるとして……今日はここまでだな)

 とりあえず見切りをつけ、持参していたリュックを投げ出す。

 さすがに近所にコンビニはないだろうと、食料の類は買い込んできた。
 こんな田舎でもスマホはそれなりに通信速度が出ており問題ない。

 簡易ソファ代わりにと、押入れから布団を取り出し、床に丸めて置いた。
 仕舞いっ放しの布団は若干湿り気があったが、気になるほどではなかった。

 畳に腰を下ろし、寝転がろうとしたその瞬間――

 スパァン! と小気味よい音を立てて、閉めたばかりの押入れが開いた。しかも内側から。

「おうおう! 懐かしいなぁ! はっはっはっ!」

 豪快な笑い声と共に、押入れの暗がりから片足が飛び出してきた。
 爪先、脛、膝、太腿の順に登場した部位には、全てに無骨な金属片。次いで現れた腕にも、手甲、肘当、肩当と完備。
 下半身、上半身も同様な金属に覆われており、脇の隙間から覗くじゃらじゃら音を立てているのは、鎖帷子というやつか。

「はひぃ!?」

 喉の奥から、自分のものとは思えない空気音が聞こえた。
 見上げる姿勢と見下ろす姿勢。唯一、鎧男の剥き出しとなっている頭部がこちらに向けられる。

「おい、そこの小僧。誰? おまえ?」

 ついでに向けられたのは刃物の切っ先だった。
 その時点で、俺の頭は真っ白になった。

「…………」

「…………?」

「…………」

「……あっ、これか? わりぃわりぃ。こんなもん、突きつけられてちゃ、そりゃあ話せないよな?」

 はっはっはっ!とまた豪快に笑うと、鎧男は刃物を下ろした。
 そこで初めて全貌が見れたのだが、男が手にしていたのは、いわゆる諸刃の剣だった。剣と言われて真っ先に思い描けるあの形状の剣だ。全身金属鎧姿と非常にマッチする出で立ち。
 ファンタジー好きとしては大いに興味を抱く姿だが、この状況ではなにも嬉しくない。

「…………」

「……うん?」

 なおも返事もできない俺に、鎧男は怪訝な視線を落とすと、今度は困ったようにこめかみを掻いた。

「あー、あれ? もしかして、今は俺んちじゃなかったり?」

(……俺んち?)

 真っ白だった脳裏に、その単語が引っ掛かった。

「15年くらいは経ってるもんな。部屋の見た目はまんまだけど、その可能性もあるか……」

(……15年?)

 また引っ掛かる。

 恐怖も忘れ、鎧男の顔をまじまじと見る。
 少年ではない、金髪でもない、肌も浅黒い、目つきも鋭い、雰囲気も怖い――でも。

「征司おじちゃん……?」

 記憶に残る表情が一致する。

「たしかに俺は征司だが……おじちゃん? おじちゃん……? お? お? おお!? お前、秋人か!? もしかして!」

 15年ぶりの叔父との異質な再会だった。
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