異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第五章 回想編

征司、異世界へ 3

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 ただ、事態の移り変わりは、征司がのんびり考えていられるほど悠長ではなかった。

 少女は足元に薪を打ち捨て、腰に下げていたナイフを抜くと、一直線に突進してきた。
 まずその速度が尋常ではない。

 正直、征司が初撃を躱せたのは偶然だった。

 少女は一息に距離を詰めると、身体が触れるほど接近したところで身を沈め、征司の視界の外に消えた。
 死角から放たれたナイフは、征司の首筋を容易に切り裂くはずだったが――姿を見失って動揺した征司が身動ぎし、流血していた血が飛び散ったことで、わずかに少女の気を逸らした。
 その分だけ反応が間に合い、ナイフの刃は征司の首の皮一枚を切り裂くに留まっていた。

「うっわ! 危ねー! ちょい待った、タイムだ、タイム! 言葉はわかるよな!? 殺人はよろしくないぞ、人として!」

「黙れ、魔族が! 魔法を使う暇は与えん!」

 魔法とか言ってきた。なんだよ、それは。

 少女はいっさい聞く耳を持たず、仕掛けてくる。

 大熊のときと違い、体格的には征司に分がある。
 さらに征司は柔術使いの父親から、幼い頃より一通りの武術は仕込まれていたので、生来の運動能力も相まって並大抵の輩には不覚を取ることはない。が、この場合は少女の戦闘技術そのものが、圧倒的に征司を凌駕していた。

 ナイフに意識を集中していたところに、それを囮に反対方向から上段蹴りが飛んできた。
 咄嗟にガードしようと腕を上げると、蹴りの軌道が上段から中段に途中で変化した。

 それでもどうにか反応して受け止めたが、蹴りがとてつもなく重い。
 小柄な身体からどうやってこの威力を引き出しているのかが謎なほど、身体のばねを用いた強烈な蹴りは、ガードする両腕を軋ませた。
 一撃受けただけで、腕が痺れてしまうほどだ。

 驚嘆したわずかな隙に、少女はするりと懐に潜り込み、またもや死角からナイフが襲ってきた。
 勘に任せて飛び退いて事なきを得るが、それで窮地を脱するには至らない。空いた間合いはすぐに詰められ、至近距離から相次いでナイフの連撃が振るわれる。

 一撃一撃が精確で、淀みがない。
 急所を的確に狙ってくるナイフに気を取られると、今度は地を這う足払いで体勢が崩された。
 踏み留まったところで回し蹴りが鳩尾に炸裂し、胴がくの字に折り曲がって息が止まる。

 堪らず転がって逃れようとすると、即座に顎をかち上げられた。
 無防備になった心臓を目掛けてナイフが飛んできたので、腕を犠牲にして絡め捕って叩き落とす。

 しかし、それすらフェイントで、直後には反対側から眉間に貫手が迫っていた。

 攻撃に合わせて首を捻ることで直撃は避けられたが、額がぱっくりと裂けた。
 少女の手の爪は、なぜか猛禽類のそれを思わせる長さと鋭さを持っていた。

 息も吐かせぬ攻防で、ただでさえ満身創痍の征司には限界が迫っていた。
 対して少女は、あれだけの動きを見せたにもかかわらず、息ひとつ乱れていない。

 一気に決着をつけようとしないのは、翻弄させて磨耗させ、確実に止めを刺そうという腹なのだろう。

 その戦法は正しい。
 すでに征司は失神する寸前だった。
 もともとの出血に加えて、新たな出血――なによりその状態で動きすぎた。
 もはや、失血により肌は青を通り過ぎて白くなりかけているほどだ。

「これで終わりだ」

(あ、もうダメだ……意識が……)

 少女の動きは、その日見せた最速だった。
 それでも念入りにフェイントを織り交ぜ、左右の爪による時間差での必殺攻撃。

 ――結果的には、それが征司の命を救った。

 読まれるのが前提の左爪でのフェイントの後、本命の右手の爪で首を切り落とすはずが――途中で征司の意識が途切れたことにより、フェイントの左に体当たりでぶつかっていく形となった。

 少女にとっては想定外の事態で、フェイントだった左爪の攻撃は浅く身体を裂くに留まり、次いだ右手は盛大に空振りしていた。
 体勢を崩した少女は、そのまま征司に押し倒されることとなり、ふたりはもんどりうって地面に倒れ込んだ。

 微かに残る意識の中、征司は目の前に左右に揺れるピンク色の尻尾のようなものを視認し、無意識に思いっ切り握り締めていた。

「ひゃわん!」

 なんだか可愛らしい声を聞きながら、征司は完全に意識を手放した。
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