142 / 184
第九章
ベルデン騎士 1
しおりを挟む
ただならぬ雰囲気を察して、店内の客はそそくさと逃げ出してしまった。
相手の狙いはあくまで俺だけらしく、悠然と流し目で見送っている。
(ナツメは――)
と、来店者用のテーブルを盗み見ると、さっきの弾みで倒れた椅子が転がるばかりで、すでにナツメの姿はない。
……素早い。
「人違い……ってわけじゃありませんよね?」
「まさか。この状況でそんな酔狂な真似はしまいよ。貴殿はアキト殿で相違あるまい?」
ダナンと名乗った騎士は、深い皺の刻まれた相貌を歪めた。
笑ったのだと、少し遅れて気づいた。
「のう、勇者殿の甥御のアキト殿……?」
「……なんのことでしょう、と言っても無駄なんですよね、多分」
身構えたまま、じりっ……と後ずさりすると、包囲網も同じだけ動いた。
3者共に寸分違わぬ身のこなしからして、やはり只者ではない。
「同行って、どこへ? 理由を訊いても?」
「……ほう。一般人に毛の生えた程度と聞いてはいたが、なかなかに肝が据わっておる。なに、手荒な真似はするつもりはない。あくまで素直に従った場合ではあるが。我らを勇者殿のところまで案内して頂きたい。簡単なことであろう?」
狙いは叔父か。
先手を打たれた気分だった。
決行は明日と、悠長に構えすぎたのかもしれない。
あちらから動いてくるとは、正直、考えてはいなかった。
いずれにしても、この状況は非常にまずい。
相手の意図がわからないまま、調査に出ている叔父の所在を明かすわけにもいかない。
このまま家に連れて行くのも論外だ。
リィズさんはともかくリオちゃんがいる。危険に晒すわけにはいかない。
まして、このまま人質扱いともなれば、叔父との計画の前提が崩れる。
個人的な心情からも、それはご免被りたい。
どうにかして逃げ出す。
もしくはやり過ごすしかないだろう。
「ベルデン騎士団の副団長とうかがいましたが、それは本当ですか? 俺の知る限り、副団長はマドルクっていう人だったと記憶してるんですが」
マドルクの名を耳にすると、ダナンは若干不愉快そうに目を細めた。
癖なのか、しきりに顎髭をさすっている。
「副団長は2席ある。わしのほうが先任となる。疑っておるなら、この胸のエンブレムを見るとよい。これこそ、栄えあるベルデン騎士団の副団長の証よ」
白い盾の意匠のエンブレム。
たしかに以前にフェブの部屋で見かけたのと同じ物だ。
「問答はもうよかろう? 時間稼ぎのつもりなら、これ以上は遺憾ながら力尽くで協力を仰ぐことになるが?」
力尽くだったら、協力じゃなくて強要でしょうに。
胸中でツッコミつつも、隙を窺う。
3人は街中だけあってかさすがに非武装で、無手ならば攻撃を受けても即致命傷とはならないだろう。掴まれさえしなければ、組み敷かれることもない。
ただ、それが一番難しそうだ。
相手は戦闘のプロ。非武装だが、身に纏う重石がない分、身軽そうだ。
先ほどの洗練された身のこなしから、スピードでは確実に劣る。腕力も、腕の太さや体躯を比べただけで一目瞭然。しかも、相手のほうが人数が多く、包囲済み。有利な点が一切ない。
強いて言うなら、その圧倒的優位で、こうして話に応じてくれるくらいの余裕というか油断がある。
それだけだろう。
炎の魔法石は懐にある。
あるにはあるが、この状況で大人しく使わせてくれるだろうか。
「じゃあ、最後にふたつだけ質問。これはフェブの指示ですか? それと、騎士団の到着は明日だと思ってましたが、ずいぶん早かったですね?」
「ふむ。若さまを愛称で呼ぶ不敬は見逃そう。此度のことは、若さまはご存じない。わしの独断と言っていい。後者については、ずいぶんと耳聡いようだが……我ら騎士団の騎馬隊の騎士数名で先行したまで。これで満足かな?」
なるほど。騎馬だったら、この日数でもお釣りがくる。
団だけに、常にひとまとめで行動するものだと固定観念に捉われすぎていた。
「そうですね。フェブとは約束があるので別ですが、そういうことでしたら残念ですけどお断りします」
きっぱりと拒絶する。
「……ほほう? では、やはり。力尽くがお望みか?」
ダナンを始めとして、3人の気配が剣呑なものに変わった。
断固とした態度で言い切ったものの、正直、服の下では全身冷や汗だらだらだ。
完全なノープラン。なんとかできそうな予感の欠片もない。
地竜の口の中を覗いたときよりはマシだろうと、自棄っぱち染みた気持ちだけだ。
(うわー、どーしよー!)
相手が判断を下す前に、とりあえずダメ元で突っ込んでみようかと身構えると――
ごんっ!
鈍い音と共に、カウンター側の通路を押さえていた騎士のひとりが頭頂部を抱えて蹲った。
見れば、騎士の足元の床にたまごろーが転がっている。
状況的に、棚の上に鎮座していたはずのたまごろーが、棚からぼた餅ならぬ棚から卵で、落っこちて奇跡的に脳天を直撃したのだろう。
たまごろーは、重量としてはボウリングの球くらいはある。
意識外からの脳天への不意の一撃――あれはかなり強烈に痛いはず。
なんにせよ。
(これはチャーンス! 炎よ!)
相手の狙いはあくまで俺だけらしく、悠然と流し目で見送っている。
(ナツメは――)
と、来店者用のテーブルを盗み見ると、さっきの弾みで倒れた椅子が転がるばかりで、すでにナツメの姿はない。
……素早い。
「人違い……ってわけじゃありませんよね?」
「まさか。この状況でそんな酔狂な真似はしまいよ。貴殿はアキト殿で相違あるまい?」
ダナンと名乗った騎士は、深い皺の刻まれた相貌を歪めた。
笑ったのだと、少し遅れて気づいた。
「のう、勇者殿の甥御のアキト殿……?」
「……なんのことでしょう、と言っても無駄なんですよね、多分」
身構えたまま、じりっ……と後ずさりすると、包囲網も同じだけ動いた。
3者共に寸分違わぬ身のこなしからして、やはり只者ではない。
「同行って、どこへ? 理由を訊いても?」
「……ほう。一般人に毛の生えた程度と聞いてはいたが、なかなかに肝が据わっておる。なに、手荒な真似はするつもりはない。あくまで素直に従った場合ではあるが。我らを勇者殿のところまで案内して頂きたい。簡単なことであろう?」
狙いは叔父か。
先手を打たれた気分だった。
決行は明日と、悠長に構えすぎたのかもしれない。
あちらから動いてくるとは、正直、考えてはいなかった。
いずれにしても、この状況は非常にまずい。
相手の意図がわからないまま、調査に出ている叔父の所在を明かすわけにもいかない。
このまま家に連れて行くのも論外だ。
リィズさんはともかくリオちゃんがいる。危険に晒すわけにはいかない。
まして、このまま人質扱いともなれば、叔父との計画の前提が崩れる。
個人的な心情からも、それはご免被りたい。
どうにかして逃げ出す。
もしくはやり過ごすしかないだろう。
「ベルデン騎士団の副団長とうかがいましたが、それは本当ですか? 俺の知る限り、副団長はマドルクっていう人だったと記憶してるんですが」
マドルクの名を耳にすると、ダナンは若干不愉快そうに目を細めた。
癖なのか、しきりに顎髭をさすっている。
「副団長は2席ある。わしのほうが先任となる。疑っておるなら、この胸のエンブレムを見るとよい。これこそ、栄えあるベルデン騎士団の副団長の証よ」
白い盾の意匠のエンブレム。
たしかに以前にフェブの部屋で見かけたのと同じ物だ。
「問答はもうよかろう? 時間稼ぎのつもりなら、これ以上は遺憾ながら力尽くで協力を仰ぐことになるが?」
力尽くだったら、協力じゃなくて強要でしょうに。
胸中でツッコミつつも、隙を窺う。
3人は街中だけあってかさすがに非武装で、無手ならば攻撃を受けても即致命傷とはならないだろう。掴まれさえしなければ、組み敷かれることもない。
ただ、それが一番難しそうだ。
相手は戦闘のプロ。非武装だが、身に纏う重石がない分、身軽そうだ。
先ほどの洗練された身のこなしから、スピードでは確実に劣る。腕力も、腕の太さや体躯を比べただけで一目瞭然。しかも、相手のほうが人数が多く、包囲済み。有利な点が一切ない。
強いて言うなら、その圧倒的優位で、こうして話に応じてくれるくらいの余裕というか油断がある。
それだけだろう。
炎の魔法石は懐にある。
あるにはあるが、この状況で大人しく使わせてくれるだろうか。
「じゃあ、最後にふたつだけ質問。これはフェブの指示ですか? それと、騎士団の到着は明日だと思ってましたが、ずいぶん早かったですね?」
「ふむ。若さまを愛称で呼ぶ不敬は見逃そう。此度のことは、若さまはご存じない。わしの独断と言っていい。後者については、ずいぶんと耳聡いようだが……我ら騎士団の騎馬隊の騎士数名で先行したまで。これで満足かな?」
なるほど。騎馬だったら、この日数でもお釣りがくる。
団だけに、常にひとまとめで行動するものだと固定観念に捉われすぎていた。
「そうですね。フェブとは約束があるので別ですが、そういうことでしたら残念ですけどお断りします」
きっぱりと拒絶する。
「……ほほう? では、やはり。力尽くがお望みか?」
ダナンを始めとして、3人の気配が剣呑なものに変わった。
断固とした態度で言い切ったものの、正直、服の下では全身冷や汗だらだらだ。
完全なノープラン。なんとかできそうな予感の欠片もない。
地竜の口の中を覗いたときよりはマシだろうと、自棄っぱち染みた気持ちだけだ。
(うわー、どーしよー!)
相手が判断を下す前に、とりあえずダメ元で突っ込んでみようかと身構えると――
ごんっ!
鈍い音と共に、カウンター側の通路を押さえていた騎士のひとりが頭頂部を抱えて蹲った。
見れば、騎士の足元の床にたまごろーが転がっている。
状況的に、棚の上に鎮座していたはずのたまごろーが、棚からぼた餅ならぬ棚から卵で、落っこちて奇跡的に脳天を直撃したのだろう。
たまごろーは、重量としてはボウリングの球くらいはある。
意識外からの脳天への不意の一撃――あれはかなり強烈に痛いはず。
なんにせよ。
(これはチャーンス! 炎よ!)
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。
黄玉八重
ファンタジー
水無月宗八は意識を取り戻した。
そこは誰もいない大きい部屋で、どうやら異世界召喚に遭ったようだ。
しかし姫様が「ようこそ!」って出迎えてくれないわ、不審者扱いされるわ、勇者は1ヶ月前に旅立ってらしいし、じゃあ俺は何で召喚されたの?
優しい水の国アスペラルダの方々に触れながら、
冒険者家業で地力を付けながら、
訪れた異世界に潜む問題に自分で飛び込んでいく。
勇者ではありません。
召喚されたのかも迷い込んだのかもわかりません。
でも、優しい異世界への恩返しになれば・・・。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
優の異世界ごはん日記
風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。
ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。
未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。
彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。
モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。
人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる