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第1章 アバター:シノヤ
第7話 伝説の神人
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見事な張り手だったが、実体にまで影響を及ぼしかねない過度な刺激――すなわち痛覚は、触覚リミッターにより極限まで制限されている。
普通であれば頬に手形の痣が残ること確実な一撃だったが、ダメージ自体はほとんどなく、ぺちんと軽く頬を叩かれた程度の衝撃だった。
しかし、異性からの出し抜けの平手打ちは、精神的なダメージのほうがでかかった。しかも相手が見目麗しい少女となると、それだけでなんというか……凹む。
「だ、誰ですか! あなたはっ!?」
完全覚醒したエリシアは、鎧ごと左手で胸元を押さえると、すざざざーと座ったまま後退り、シノヤから距離を取った。
無意識だろうが、残った右手で地面を手探りしているのは、武器を探しているのだろうか。
A.W.Oは古いゲームといえども、現段階でのNPCの人格形成はプレイヤーと変わりない、と自分で納得したばかりだったのに、思わず不用意な行動を取ってしまったことに、シノヤは苦笑した。
目覚めでいきなり見知らぬ男が覆い被さってたら、そりゃあ年頃の娘さんとしたら怒るよね。
「ああ、ごめんごめん。信じてもらえるとありがたいんだけど、怪しい者じゃないから」
人生で、この台詞を口にすることになるとは思わなかった。
まず平凡に暮らす一般人であれば、自分が怪しくない者などと弁明する機会には遭遇しないものだ。
「信じられるわけないでしょう!? 気を失っていた私になにをしようと!? ま、まさかすでに――」
途端にエリシアの顔が青くなる。元の色素が薄いだけに、青というより白く色を失っている。
「してない、してないって! そんな頑丈そうな鎧をがっちり着込んどいて、なにかできるわけないだろ?」
「た、たしかに」
エリシアは自分の鎧を見下ろして、安堵していた。
留め具とか、やたら念入りに確認していたことに、ちょっと傷つく。あと、後ろ手に武器を握るのは止めてほしい。
俺って、そんなに寝ている少女に悪戯しそうに見えるのだろーか……いや、アバターだから、メイキングした容姿なんだけどね。
アバターであるシノヤの見た目は独特の設定もあって、はっきり言うと他人に友好的ではない。
黒髪黒目の日本人では、ゲーム内で同じ容姿を避けるものだが、あえて黒で統一した。長い前髪は目元を覆い、冷たく昏い目元を隠している。表情には愛想のひとつもなく、物事を諦観した態度と、内に秘めた煮え滾る憎悪がギャップを演出し――と。
訳あり設定のダークな印象を醸し出そうとしたのが、10年も経ったのちに裏目に出るとは。
さすがに設定に沿った演技でもしなければ、単に根暗扱いでそこまで不審者っぽくはないだろうが、それでも外観での人柄の良し悪しというものはある。
「しかし、だからといって、初対面のあなたを安易に信じろとか言われても……」
不審そうな半目の眼差しをじっと向けられる。
そして、その顔が次第に耳まで真っ赤になった。
(あ)
思い出した。
それもありましたねー。
初対面で異性にモロダシとか、さすがにそれはないよねー。同性だったらいいとかでもないんだけど。
できれば忘れたままでいたかった。
こんな未成年女子に下半身を露出など、故意ではなく過失であろうと、現実世界では行政機関のご厄介になってしまう。
「とにかく! 俺は怪しい者じゃない。俺はシノヤ。プレイ――ではなく、キミたちからすると”神人”になるのかな?」
「……え?」
神人。その単語を口にした直後、エリシアから表情が消えた。
彼女は四つん這いでおそるおそる近づいてくると、シノヤの頬にそっと手を添える。
「嘘……あの石像と同じ顔……そんな、まさか本当に……?」
エリシアに胸倉を掴まれ、ぐっと手繰り寄せられた。
鼻先が触れ合いそうな先ほどよりよっぽど至近距離で、見詰め合うことになる。
もともとエリシアは美形なだけに、純白の鎧姿も相まって、真摯な表情では凛々しいほどだ。
相手がNPCで8つも年下とはいえ、この距離ではさすがにどぎまぎしてしまう。
なんて、深い色を携えた瞳だろう――
深緑玉の瞳に自分の顔が映っている。
NPCの造形など、自動作成プログラムにより作られたイミテーションだとは理解している。しかし、声が出ない。思わず、惹き込まれそうになってしまう。
「う……」
呻き声と共に、にわかにエリシアの瞳の色が曇った。
(……はい?)
「うう……うぐうぅうぅ……」
凛々しかった表情がくしゃりと歪み、瞳の表面が潤う。
(……はいぃ!?)
大きな眼から、大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちてくる。
エリシアは、予期せぬ事態に硬直してしまったシノヤの胸に顔を埋め、しばらくの間、声を殺して泣き続けたのであった。
普通であれば頬に手形の痣が残ること確実な一撃だったが、ダメージ自体はほとんどなく、ぺちんと軽く頬を叩かれた程度の衝撃だった。
しかし、異性からの出し抜けの平手打ちは、精神的なダメージのほうがでかかった。しかも相手が見目麗しい少女となると、それだけでなんというか……凹む。
「だ、誰ですか! あなたはっ!?」
完全覚醒したエリシアは、鎧ごと左手で胸元を押さえると、すざざざーと座ったまま後退り、シノヤから距離を取った。
無意識だろうが、残った右手で地面を手探りしているのは、武器を探しているのだろうか。
A.W.Oは古いゲームといえども、現段階でのNPCの人格形成はプレイヤーと変わりない、と自分で納得したばかりだったのに、思わず不用意な行動を取ってしまったことに、シノヤは苦笑した。
目覚めでいきなり見知らぬ男が覆い被さってたら、そりゃあ年頃の娘さんとしたら怒るよね。
「ああ、ごめんごめん。信じてもらえるとありがたいんだけど、怪しい者じゃないから」
人生で、この台詞を口にすることになるとは思わなかった。
まず平凡に暮らす一般人であれば、自分が怪しくない者などと弁明する機会には遭遇しないものだ。
「信じられるわけないでしょう!? 気を失っていた私になにをしようと!? ま、まさかすでに――」
途端にエリシアの顔が青くなる。元の色素が薄いだけに、青というより白く色を失っている。
「してない、してないって! そんな頑丈そうな鎧をがっちり着込んどいて、なにかできるわけないだろ?」
「た、たしかに」
エリシアは自分の鎧を見下ろして、安堵していた。
留め具とか、やたら念入りに確認していたことに、ちょっと傷つく。あと、後ろ手に武器を握るのは止めてほしい。
俺って、そんなに寝ている少女に悪戯しそうに見えるのだろーか……いや、アバターだから、メイキングした容姿なんだけどね。
アバターであるシノヤの見た目は独特の設定もあって、はっきり言うと他人に友好的ではない。
黒髪黒目の日本人では、ゲーム内で同じ容姿を避けるものだが、あえて黒で統一した。長い前髪は目元を覆い、冷たく昏い目元を隠している。表情には愛想のひとつもなく、物事を諦観した態度と、内に秘めた煮え滾る憎悪がギャップを演出し――と。
訳あり設定のダークな印象を醸し出そうとしたのが、10年も経ったのちに裏目に出るとは。
さすがに設定に沿った演技でもしなければ、単に根暗扱いでそこまで不審者っぽくはないだろうが、それでも外観での人柄の良し悪しというものはある。
「しかし、だからといって、初対面のあなたを安易に信じろとか言われても……」
不審そうな半目の眼差しをじっと向けられる。
そして、その顔が次第に耳まで真っ赤になった。
(あ)
思い出した。
それもありましたねー。
初対面で異性にモロダシとか、さすがにそれはないよねー。同性だったらいいとかでもないんだけど。
できれば忘れたままでいたかった。
こんな未成年女子に下半身を露出など、故意ではなく過失であろうと、現実世界では行政機関のご厄介になってしまう。
「とにかく! 俺は怪しい者じゃない。俺はシノヤ。プレイ――ではなく、キミたちからすると”神人”になるのかな?」
「……え?」
神人。その単語を口にした直後、エリシアから表情が消えた。
彼女は四つん這いでおそるおそる近づいてくると、シノヤの頬にそっと手を添える。
「嘘……あの石像と同じ顔……そんな、まさか本当に……?」
エリシアに胸倉を掴まれ、ぐっと手繰り寄せられた。
鼻先が触れ合いそうな先ほどよりよっぽど至近距離で、見詰め合うことになる。
もともとエリシアは美形なだけに、純白の鎧姿も相まって、真摯な表情では凛々しいほどだ。
相手がNPCで8つも年下とはいえ、この距離ではさすがにどぎまぎしてしまう。
なんて、深い色を携えた瞳だろう――
深緑玉の瞳に自分の顔が映っている。
NPCの造形など、自動作成プログラムにより作られたイミテーションだとは理解している。しかし、声が出ない。思わず、惹き込まれそうになってしまう。
「う……」
呻き声と共に、にわかにエリシアの瞳の色が曇った。
(……はい?)
「うう……うぐうぅうぅ……」
凛々しかった表情がくしゃりと歪み、瞳の表面が潤う。
(……はいぃ!?)
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