思い出の日記

福子

文字の大きさ
5 / 33

7月23日:憎しみの理由

しおりを挟む

 僕は、いつものようにクロを待ちながら、昨日のことを考えていた。

「クロの言うとおり、人間は最低な生き物のかな。」

 昨日、クロが話してくれた保健所のことは、とてもショックだった。同時に怒りも覚えた。だけど……、

「うーん……。」

 クロから感じたのは、激しい憎しみだった。怒りと憎しみは、似ているようで大きく違う。
 人間に対する感情が憎しみへと変わったしまったのには、何か理由があるはずだ。

 僕はどうしても、クロのようには思えなかった。もちろん、中にはヒドイ人もいるだろうけれど、全員がそうだとは思えない。僕の家族がちょっと変なのだとしても、やっぱり、人間全てを否定する気持ちにはなれない。それはもしかすると、僕には信じる家族があるからではないだろうか。

「おい。」

 クロの声が聞こえ、驚いて目を開けると、窓の下にクロがいた。

「あっ、クロ。おはよう。」

 僕が挨拶をすると、クロはちょっと目を大きく見開いて、そしてあきれたように軽く笑った。

「のんきな奴だ。」

 僕とクロの間に小さな友情が芽生え始めていると、僕は勝手に思っている。生まれて初めての友だち、それも猫の友だちだ。大切にしたい。

「ねえ、クロ。」

「どうした?」

 自分から声をかけたのに、思うように言葉が出ない。これを聞いてしまうことで、せっかくの友情の芽を壊してしまうのではないかという不安がよぎる。

「煮え切らない奴だな。言いたいことがあるなら、さっさと言え。」

 クロは、少しいら立っているように見えた。……当然だ。

 クロが僕を友だちと思ってくれているなら、きっとクロは僕を嫌いになったりしない。
 それに僕は、知りたいんだ。

 心の中でクロに聞こえないようにつぶやくと、小さくうなずいた。

「ねえ、クロ。どうして人間を憎んでいるの?」

 クロは、眠たそうに細めた目をバッと大きく見開いた。そして、僕からそっと目をそらし、独り言のようにポツリとつぶやいた。

「……特に理由はない。俺は野良だから人間が嫌いなだけだ。」

「嫌い?」

 そんなの、納得できない。

「僕には、ただの人間嫌いには見えなかったよ。何かこう……、心の底から湧きあがるような、黒い塊のように思えた。」

「人間を信じるお前には、関係のない話だ。」

 クロは、動揺を隠すことができず勢いよく立ち上がると、僕に背を向け、早足で歩き出した。

「クロ、関係ないなんて言わないで! 君は僕の友だちだ! 生まれて初めての、大切な友だちなんだ!」

 僕は、力の限り叫んだ。
 他の動物たちにも聞こえたかもしれないけれど、そんなことはどうでもよかった。

 クロは、僕に背を向けたまま立ち止まった。

「そんなに大声で言わなくても、ちゃんと分かっているさ。」

 どこか寂しげで、悲しげな声だった。

「お前は人間を信じているから。世の中にはな、知らないほうがいいこともあるんだよ。」

 そしてクロは、朝靄の中に消えて行った。


*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*


「ふうん……。」

 近くの電線で翼を休めている私の友は、何やら考えているようだった。

「クロさんも、アンタのことを大切な友だと思ってたんだろうな。」

 私は、彼の言葉を聞いてにっこり笑った。

「私もそう思ったよ。私を傷つけたくないという思いが、クロにはあったのだろう。」

「素直になれない黒猫の、ささやかな愛情表現だったのかもな。」

 彼と私は、顔を見合わせて笑った。

「だが私は、クロの繊細な心を全く理解していなかったんだ。知らず知らずのうちに、彼の気持ちを踏みにじっていたんだよ。さて、次の日のことだが――、」

「ねえ、何だか楽しそうな話をしているね。ボクも仲間に入れてよお。」

 物語を続けようと呼吸を整えたとき、上空から覚えのある優しい声が聞こえた。
 見上げると、少し大きな茶色の鳥がくるくる円を描きながら飛んでいた。

「お前、何しに来たんだよ。」

 黒い翼の友は、上空の『お客さん』に向かって声を投げた。

 すると、上空を舞っていた茶色の翼を持つ鳥が、ふんわりと黒い翼の友の隣に止まった。その仕草が実に優雅で、私は思わず見入ってしまった。

「何だか、楽しそうな話をしてるみたいだから、ボクも聞きたいと思ったの。駄目かな。」

 茶色の青年は、肉食動物特有の鋭い目やくちばしを持っているが、性格はいたって温厚。彼は、私の黒い翼の友同様、最近知り合った大切な友なのだ。

「あのな。今、ものすごく真剣な話をしているところなの。何でこんな大事なときに、とんびのお前が来るんだよ。」

 黒い友は、どうやらおかんむりなご様子だ。しかし、茶色の友はとても愉快なご様子で、にこにこ笑いながら言った。

「同じ食べ物を取り合う仲じゃないの。ボクだって、健太さんの話を聞きたいもん。からすくん、ボクも仲間に入れてよ。」

「カラスとトンビは仲が悪いものなの。お前と仲良くする気は全くないね。」

 鴉は、フンッとそっぽを向いた。

「いいじゃない。ボクだって鴉くんと食べ物を取り合ってたら、山の仲間たちに『カラスと友だちだ』とか言われてさ、仲間はずれなんだ。この際だからさ、ちゃんと友だちになろうよぉ。」

「この際って、どの際だ!」

 私は、とうとう笑いをこらえることができなくなった。おかしくておかしくて、気が変になるのではないかと思うくらい、大笑いした。

 そんな私を見ていた鴉と鳶も、つられて笑った。

 ひとしきり笑った後、鴉がすがすがしい顔で鳶に言った。

「まあ、いいか。おい鳶。今までの話をお前にしてやるから、しっかり頭に入れておけよ。」

 鳶は嬉しそうに目をキラキラ輝かせて、鴉の話を聞いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...