思い出の日記

福子

文字の大きさ
13 / 33

7月31日:広い世界

しおりを挟む

 クロが来る時間だ。きっと今日も、あの茂みをかき分けてここに来る。

 この数日、色々ありすぎた。心と頭の整理をする時間が欲しい。でも、クロに会わなくては。

 ずり落ちるようにベッドから降りると、居間の窓の下に座って、いつもの席を見上げた。

 僕の、特等席。

 この角度から窓を見上げると、空が綺麗に見える。まるで絵画のようだ。

 今日は、晴れだ。
 僕は思いきり伸びをして、窓に飛び乗った。

「おう。」

 クロはもう来ていた。クロより遅いなんて初めてだ。

「おはよ。」

 クロと向き合うと、ほっとする。さっきまでの不安や疲労感は、どこかへ消えてしまった。

「昨日は、悪かったな。」

「ううん、気にしないで。知ってよかったって思ってるよ。」

 本心からの言葉だけれど、僕の中には別の感情もあった。

「でもね、知らないほうが良かったのかなって、ちょっとだけ思っちゃった。」

 クロは、独特の刺すような眼差しを僕に向けた。

「知らないほうがいいことなんて、何一つないんだ。お前が、俺にそう教えてくれた。」

 僕は目を丸くした。

「僕が?」

「ああ。お前と話して、それを感じたんだ。俺の世界をお前が知り、お前の世界を俺が知る。そこにはきっと闇もある。でも、俺らは全てを知るべきなんだ。お前の全てを理解できないとしても、知らない世界を知ろうとする心が大切なんだと思ったよ。」

 クロの目は、まっすぐ僕を見ている。

「それを教えてくれたのが、お前なんだ。」

 少し照れくさそうな顔が、なんとも似合わない。僕は、そんなクロが大好きなのだ。

「そうだよね。僕らは知るべきなんだよね」

 僕は、クロと出会ってから、たくさんの現実ことを知った。

 僕が猫であること。
 狩りの方法。
 保健所のこと。
 ユズのこと。
 クロの過去。
 シェリーのこと。
 レディのこと。
 家族の大切さ。
 そして何より、自分は幸せだってこと。

 知りたくない話もたくさんあったけれど、その中から、僕は自分だけの答えを見つけた。やっぱり知って良かった。

「家族か……。」

 クロの声は、日を増すごとに優しくなっていく。

「家の中は、やっぱり、狭いよな。」

 思ってもみなかった質問に驚いたけれど、クロが感じたことを否定しないで、一つずつ丁寧に答えようと、僕は首を傾げて考えた。

「狭いかな? 外に出たことはあるけど、ここが狭いかどうか僕にはわからないな。少なくとも狭いと思ったことは一度もないよ。」

「そうか。」

 クロは、小さくため息をついた。

「クロの世界がどのくらい広いのか分からないけれど、狭いか広いかじゃなくて、心から『ここにいたい』って思うかどうかが大事なんだと思うよ。」

 クロは、何か迷っている。
 僕は、それを感じ取っていた。


*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*


 私は、ふたりの友に苦笑いして言った。

「君たちの世界の広さは、いまだに、よく分からないんだ。」

「広いよ。」

 鳶は、翼を大きく広げ、空を見上げて明るく言った。


「すっご――――く広い。」


 鴉はあきれたように鳶を見たけれど、目を閉じ、一つ一つの言葉が宝物であるかのように続けた。

「確かにな。飛んでも飛んでも終わりはない。どこまでもどこまでも行ける。」

「そうなのか。」

 私は、ふたりがうらやましくなった。それに比べたら、家の中は確かに狭い。


「でもね、健太さん。」


 鴉の言葉を受けた鳶の声は、優しく鋭かった。

「守ってくれる誰かはいない。いつ、どこで、どうなるか。明日は生きているのかどうかも分からない。」

 彼は、肉食動物の瞳で続けた。

「それが、ボクらの世界なんだ。」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...