思い出の日記

福子

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8月8日:クロの恋

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 昨日のクロの、突然過ぎる内容の質問。
 僕には、その理由に心当たりがある。
 以前から、もしかしてと思っていたけれど、昨日の質問で確信した。

「クロ、おはよう。」

 僕は、いつもの場所にクロを見つけると、明るく挨拶をした。

「ねえ、クロ。」

 そして、僕は話の主導権を握った。

「クロ、どうして昨日、『彼女はいるか』だなんて僕に聞いたの?」

 今日は、これを聞こうと決めていた。

「なんでって聞かれてもなあ。」

 クロは、激しくうろたえている。少し意地悪な気もしたけれど、僕は追い討ちをかけるように言った。

「恋をしているんでしょ?」
「なんだと!」

 冷静なクロが、怒り以外で大声を上げた。しかもその声は、裏返って震えている。

 僕の心に小さな悪魔が舞い降りた。

「『恋』してるよね?」

 もう一度繰り返すと、クロは目をつむり、耳を後ろに向けて下を向いた。真っ黒だから見えないけれど、きっと、顔も真っ赤にしているに違いない。

 クロの恋の相手が誰なのか、僕には分かっている。だからこそ僕は、ずっと内緒にしていたんだ。
 だけど、今日、僕はクロに話そうと思って、あえてこの話題に触れた。

「僕ね、クロに隠していることがあるの。」

 僕は、しっかりした口調で、はっきり言った。

 照れてうつむいていたクロが、顔と耳とヒゲを僕に向けた。

「隠していること?」

「そう。クロに言わないといけないことなんだ。」

 僕はまっすぐクロを見た。目をそらさないように、まっすぐ。

「この前、お姉ちゃんと保健所に行ったの。」

 クロの耳がピクリと動いた。

「レディはいなかった。」
「いなかった?」

 僕は、答える代わりにうつむいた。

「そんなバカな! レディが……、レディが!」

 クロは、すっかり取り乱している。

「やっぱり、レディのことが好きなんだね。」

 クロは、ふう、と息を吐くと、吹き飛ばされそうな声で話し始めた。

「シェリーに似たアイツを放っておけなくて、犬だけど大事なヤツで。一緒にいるのが楽しかったんだ。」

 うつむいたままポツポツ話すクロは、とても優しくて悲しみに満ちていた。

「レディと俺は犬と猫だ。それでも、ずっと一緒にいられるんだと、勝手に思っていた。それがまさか……。守れなかったんだ。俺が、レディを守れなかったんだ。おまけに、死なせてしまった!」

 自分を追い詰めていたんだ。自分のせいだと思っていたんだ。
 苦しさを隠して、一人で抱えていたのだ。

「ねえ、クロ、いなかった、というのは、正確じゃないんだ。」

 クロは、驚いたように顔を上げ、震える金色の瞳を僕に向けた。

「どういうことだ?」

「レディを探しに保健所に行ったとき、そこにはね、キングっていう他の犬からも慕われていた犬がいたんだけど……、」

 そこまで話し、僕はチラリとクロを見た。クロは、真剣に僕の顔を見て話を聞いている。その目は、必死だった。

「彼に聞いてみたら、『見たことはない、全く知らない』って言ったんだ。他の犬も同じように言ってたよ。だから僕、思ったの。保健所に行かなかったんじゃないかなって。きっと、幸せなんじゃないかなって。」

「本当にそう思うのか?」

 僕は、クロをしっかり見て、はっきり答えた。

「思ってる。ううん。信じてるよ。だからね、クロ、自分を追い詰めないで欲しいんだ。シェリーのことも、レディのことも、悪いのは君じゃない。少なくとも、君のせいじゃない。」

 僕は、ちょっとだけ微笑んだ。


*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*


「レディさんを愛してたんですか。」

 鳶が楽しそうに言った。

「だが、そのレディはいなくなっちまったわけだ。」

 鴉は、不思議そうに首を傾げた。

「そうですよね。誰も見ていない、誰も知らないなんて、おかしいですよね。」

 うーんと考える友を眺めながら、私は小さな幸せを感じていた。
 彼らと知り合えて、本当によかった。

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