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私の祝福の言葉は、静まり返ったホールに奇妙なほどくっきりと響き渡った。
「な……」
アルフォンス殿下が、何かを言いかけて絶句する。彼の青い瞳が、信じられないものを見るように私を捉えていた。隣で涙を浮かべていたはずのリリアーナ嬢に至っては、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
(あらあら、そんなにお驚きになるなんて)
私は内心でくすりと笑いながら、あくまでも完璧な淑女の微笑みを崩さない。
周囲の貴族たちも、この異常事態をどう解釈していいのか分からずに、ただただ困惑した視線を私と王太子殿下の間にさまよわせている。
「ブリーナ……貴様、これはどういうつもりだ!」
ようやく我に返ったアルフォンス殿下が、絞り出すような声で言った。その声には、怒りよりも焦りの色が濃く滲んでいる。彼が思い描いていた筋書きでは、私は泣き叫び、彼にすがりつき、見苦しく嫉妬に狂うはずだったのだろう。
「どういうつもり、と仰いますと?」
私は小首を傾げてみせる。あくまで純粋な疑問を装って。
「私は、殿下とリリアーナ様のご婚約を祝福したまでですわ。何か、お気に召さないことでもございましたか?」
「とぼけるな!私に婚約を破棄されたのだぞ!お前は……悔しくないのか!」
彼の言葉に、ホールが再びざわつく。皆、私の反応を固唾を呑んで見守っている。
私はゆっくりとアルフォンス殿下に向き直り、はっきりと告げた。
「悔しい?まさか。殿下が真実の愛を見つけられたというのに、私が悔しがる理由がございましょうか」
むしろ、と私は言葉を続ける。
「長年、殿下のお心を縛り付けていたと思うと、心苦しいばかりですわ。これからはどうぞ、リリアーナ様とお幸せに。私はようやく、肩の荷が下りました」
言いながら、私は心からの安堵のため息を一つついてみせた。嘘偽りのない、本心からのため息だ。
「なっ……き、貴様っ……!」
アルフォンス殿下は、顔を真っ赤にして震えている。彼にとって、私が彼との婚約を「荷が下りた」と表現したことは、彼のプライドをいたく傷つけたらしい。
私はそんな彼にもう一瞥もくれず、優雅に踵を返した。
「では、皆様、ごきげんよう。この後のダンスは、どうぞ新しいご婚約者であるリリアーナ様とお楽しみくださいませ、殿下」
背後でアルフォンス殿下が何か叫んでいるのが聞こえたが、私はもう振り返らない。
凛とした背筋を保ち、一歩、また一歩と、ホールの出口へと向かう。モーゼの十戒のように、私の進む道が自然と開けていく。誰もが、どう声をかけていいのか分からず、ただ呆然と私を見送るだけだった。
侍女のエマが、先回りして扉の前で待っていた。彼女は何も言わず、ただ深く一礼する。その瞳に、ほんのわずかな称賛の色が浮かんでいるのを見て、私は満足して微笑んだ。
扉が閉まる直前、ちらりとホールの中を振り返る。
そこには、主役のはずなのに所在なさげに立ち尽くす王太子と、その隣でオロオロと涙を浮かべる男爵令嬢の姿があった。
あの茶番劇の後始末は、さぞ大変だろう。
(せいぜい頑張ってくださいませ)
私は心の中でそう呟くと、二度と振り返ることなく、きらびやかな夜会の会場を後にしたのだった。
「な……」
アルフォンス殿下が、何かを言いかけて絶句する。彼の青い瞳が、信じられないものを見るように私を捉えていた。隣で涙を浮かべていたはずのリリアーナ嬢に至っては、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
(あらあら、そんなにお驚きになるなんて)
私は内心でくすりと笑いながら、あくまでも完璧な淑女の微笑みを崩さない。
周囲の貴族たちも、この異常事態をどう解釈していいのか分からずに、ただただ困惑した視線を私と王太子殿下の間にさまよわせている。
「ブリーナ……貴様、これはどういうつもりだ!」
ようやく我に返ったアルフォンス殿下が、絞り出すような声で言った。その声には、怒りよりも焦りの色が濃く滲んでいる。彼が思い描いていた筋書きでは、私は泣き叫び、彼にすがりつき、見苦しく嫉妬に狂うはずだったのだろう。
「どういうつもり、と仰いますと?」
私は小首を傾げてみせる。あくまで純粋な疑問を装って。
「私は、殿下とリリアーナ様のご婚約を祝福したまでですわ。何か、お気に召さないことでもございましたか?」
「とぼけるな!私に婚約を破棄されたのだぞ!お前は……悔しくないのか!」
彼の言葉に、ホールが再びざわつく。皆、私の反応を固唾を呑んで見守っている。
私はゆっくりとアルフォンス殿下に向き直り、はっきりと告げた。
「悔しい?まさか。殿下が真実の愛を見つけられたというのに、私が悔しがる理由がございましょうか」
むしろ、と私は言葉を続ける。
「長年、殿下のお心を縛り付けていたと思うと、心苦しいばかりですわ。これからはどうぞ、リリアーナ様とお幸せに。私はようやく、肩の荷が下りました」
言いながら、私は心からの安堵のため息を一つついてみせた。嘘偽りのない、本心からのため息だ。
「なっ……き、貴様っ……!」
アルフォンス殿下は、顔を真っ赤にして震えている。彼にとって、私が彼との婚約を「荷が下りた」と表現したことは、彼のプライドをいたく傷つけたらしい。
私はそんな彼にもう一瞥もくれず、優雅に踵を返した。
「では、皆様、ごきげんよう。この後のダンスは、どうぞ新しいご婚約者であるリリアーナ様とお楽しみくださいませ、殿下」
背後でアルフォンス殿下が何か叫んでいるのが聞こえたが、私はもう振り返らない。
凛とした背筋を保ち、一歩、また一歩と、ホールの出口へと向かう。モーゼの十戒のように、私の進む道が自然と開けていく。誰もが、どう声をかけていいのか分からず、ただ呆然と私を見送るだけだった。
侍女のエマが、先回りして扉の前で待っていた。彼女は何も言わず、ただ深く一礼する。その瞳に、ほんのわずかな称賛の色が浮かんでいるのを見て、私は満足して微笑んだ。
扉が閉まる直前、ちらりとホールの中を振り返る。
そこには、主役のはずなのに所在なさげに立ち尽くす王太子と、その隣でオロオロと涙を浮かべる男爵令嬢の姿があった。
あの茶番劇の後始末は、さぞ大変だろう。
(せいぜい頑張ってくださいませ)
私は心の中でそう呟くと、二度と振り返ることなく、きらびやかな夜会の会場を後にしたのだった。
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