悪役令嬢は求婚しない

東山りえる

文字の大きさ
19 / 30

19

しおりを挟む
クライネルト領地の収穫祭は、領内で最も大きな祭りだ。一年間の収穫に感謝し、領民たちが身分に関係なく、一緒になって楽しむ特別な日。

その日、ウルスラは少しだけお洒落をして、ブリーナを迎えに行った。

「よう、ブリーナ。行くぞ」

「ええ、待っていたわ」

現れたブリーナは、いつもより少し華やかな、花の刺繍が施されたワンピースを着ていた。髪には、可憐な花飾りをつけている。その姿は、ハッとするほど美しく、ウルスラは思わず見とれてしまった。

祭りの会場である街の中心広場は、大変な賑わいだった。陽気な音楽が鳴り響き、あちこちの屋台から、美味しそうな匂いが漂ってくる。

「すごい人出ね!」

人の多さに、ブリーナが少し驚いたように言う。

「ああ。はぐれるなよ」

ウルスラは、ごく自然に、ブリーナの手を取った。

「!」

ブリーナの肩が、びくりと震えるのが分かった。繋がれた手から、彼女の緊張と、そして熱が伝わってくる。ウルスラの心臓も、早鐘を打っていた。

「こ、こうしないと、迷子になるだろ」

言い訳のように言うと、ブリーナは「…そうね」と小さく呟いて、俯いてしまった。その耳が、ほんのり赤く染まっているのを、ウルスラは見逃さなかった。

二人は、手を繋いだまま、祭りを回った。

焼きたてのソーセージを頬張り、甘いリンゴ飴に舌鼓を打つ。射的では、ウルスラが見事な腕前で大きなぬいぐるみを獲得し、ブリーナにプレゼントした。

「まあ、可愛い…!ありがとう、ウルスラ」

ぬいぐるみを抱きしめて、無邪気にはしゃぐブリーナ。それは、領主の令嬢でも、敏腕な事業家でもない、年頃の少女の顔だった。ウルスラは、そんな彼女の姿を、愛おしく見つめていた。

日が暮れて、広場に焚かれたかがり火が、幻想的に辺りを照らし出す頃。音楽が、ゆったりとしたワルツの曲に変わった。

広場の中央では、人々が思い思いにペアになって、楽しげに踊り始めている。

「なあ、ブリーナ」

ウルスラは、意を決して言った。

「俺と、一曲、踊ってくれないか?」

ブリーナは、少し驚いたように目を見開いた。

「でも、私…」

「大丈夫だ。俺がリードするから」

ウルスラは、ブリーナの空いている方の手をとり、優しく広場の中心へと導いた。

ぎこちなくステップを踏む二人。ウルスラは、王都の貴族のようにスマートには踊れない。だが、彼は一生懸命、ブリーナをリードした。

彼の腕の中にいる。その事実だけで、ブリーナの胸はいっぱいだった。見上げると、かがり火に照らされた彼の真剣な顔があった。その瞳が、熱っぽく自分を見つめている。

音楽が終わり、二人は見つめ合ったまま、しばらく動けなかった。

どちらからともなく、どちらかが何かを言おうとした、その時。

「ブリーナ様!」

一人の兵士が、息を切らして二人の元へ駆け寄ってきた。

「た、大変です!王都から、至急の使いが!」

その言葉に、二人の甘い時間は、唐突に終わりを告げた。何かが、また始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

貴方の幸せの為ならば

缶詰め精霊王
恋愛
主人公たちは幸せだった……あんなことが起きるまでは。 いつも通りに待ち合わせ場所にしていた所に行かなければ……彼を迎えに行ってれば。 後悔しても遅い。だって、もう過ぎたこと……

婚約破棄? 国外追放?…ええ、全部知ってました。地球の記憶で。でも、元婚約者(あなた)との恋の結末だけは、私の知らない物語でした。

aozora
恋愛
クライフォルト公爵家の令嬢エリアーナは、なぜか「地球」と呼ばれる星の記憶を持っていた。そこでは「婚約破棄モノ」の物語が流行しており、自らの婚約者である第一王子アリステアに大勢の前で婚約破棄を告げられた時も、エリアーナは「ああ、これか」と奇妙な冷静さで受け止めていた。しかし、彼女に下された罰は予想を遥かに超え、この世界での記憶、そして心の支えであった「地球」の恋人の思い出までも根こそぎ奪う「忘却の罰」だった……

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

処理中です...