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しおりを挟む伝書鳩を放った翌日、私は侍女のアンナだけを連れて、王都の商業地区を訪れていた。
表向きは、新しいドレスの生地を選ぶため。
だが、真の目的は、もう一人の協力者との接触だった。
「お嬢様、あちらのお店はいかがでしょう?素敵なレースが飾られておりますわ」
「そうね、見てみましょうか」
私たちは賑やかな通りを歩き、目的の店の前で足を止める。
そこは、異国の珍しい品々を扱う、小さな貿易商の店だった。
店に入ると、様々なスパイスの香りが鼻をつく。
店の奥のカウンターで、一人の青年が帳簿をつけていた。
「ごきげんよう」
私が声をかけると、青年は顔を上げた。
アレクシス・フォン・ヴァイス。それが彼の偽名。
柔和な笑顔と、人の良さそうな雰囲気をしているが、その瞳の奥には、鋭い知性の光が宿っている。
「これはこれは、ティール令嬢。ようこそお越しくださいました。何かお探しのものでも?」
「ええ。異国の美しい刺繍が施された布を探しているのだけど」
「それでしたら、素晴らしい品が入荷したところです。さあ、こちらへ」
アレクシスは、私とアンナを店の奥にある個室へと案内した。
そこは、商談用の部屋なのだろう。テーブルと椅子が置かれている。
「アンナ、あなたはここで待っていてちょうだい。二人でゆっくり選びたいから」
「かしこまりました」
アンナを部屋の外で待たせ、私はアレクシスと向かい合って座った。
「昨日の手紙、読みました」
アレクシスは、商人の笑顔を消し、真剣な表情で切り出した。
彼の正体は、隣国の王子。
ヴォルグ侯爵の密貿易によって、彼の国もまた、大きな被害を受けていたのだ。
「例の件、進展は?」
「ええ、順調です。あなたの集めてくださった証拠のおかげで、我が国の密偵も動きやすくなりました。ヴォルグ侯爵の尻尾は、もうすぐ掴めます」
「そう。それは良かったわ」
「しかし、ローズ嬢。あなたは本当に大した方だ。一人の令嬢が、ここまでやるとは」
アレクシスの声には、純粋な感嘆がこもっていた。
「私は、私の家族と領地を守りたいだけ。そのために、できることをしているに過ぎません」
「その『できること』が、常人には到底真似のできないことなのですよ」
アレクシスは、私をまっすぐに見つめる。
その真摯な瞳に、少しだけ気恥ずかしさを感じた。
「……それで、今後のことですが」
私は話を逸らすように、本題に入る。
「近々、王家主催の夜会が開かれます。おそらく、そこでアイゼン様は、私との婚約破棄を宣言するでしょう」
「その時が決戦の時、というわけですね」
「ええ。あなたには、その場で証人になっていただきたい。隣国の王子として、ヴォルグ侯爵の罪を告発してほしいのです」
「承知いたしました。全ては、あなたと共に」
アレクシスは、私の手をとり、その甲に恭しく口づけをした。
「この戦いが終わったら……改めて、お話ししたいことがあります」
そう言って微笑む彼の顔を、私はなぜか、まともに見ることができなかった。
店を出る時、私の胸は少しだけ、いつもとは違う鼓動を刻んでいた。
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