婚約破棄されるまで黙っていればいいのね?

東山りえる

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両親が帰ってから一週間後、ついにその知らせは届いた。
金色の縁取りがされた、純白の招待状。
差出人は、この国の王家。
来週、執り行われる建国記念の夜会への招待状だった。

「……ついに、この日が来たのね」

侍女のアンナから招待状を受け取った私は、静かに呟いた。
指先が、微かに震えているのに気づく。
武者震い、というものだろうか。

「お嬢様……」

アンナが、心配そうな顔で私を見ている。

「大丈夫よ、アンナ。少し、興奮しているだけ」

私は彼女を安心させるように、微笑んでみせた。
この夜会が、私の長い『沈黙』の終わりを告げる舞台となる。
アイゼン様は、きっとこの場で、大勢の貴族たちの前で、私との婚約破棄を宣言するだろう。
彼は、私に最大限の恥辱を与えることで、自らの優位性を誇示するつもりに違いない。

(ええ、望むところですわ、アイゼン様)

あなたの用意してくださるその舞台で、私は最高の踊りを披露してさしあげます。
それは、ヴォルグ侯爵家の破滅へと至る、鎮魂の舞踏を。

私はクローゼットを開け、夜会で着るドレスを選ぶ。
いつもは、彼の嫌う地味な色合いのドレスばかりを選んでいた。
だが、その日だけは違う。

一番奥にかけられていた、一着のドレスに手を伸ばす。
それは、ティール辺境伯領の夜空を思わせる、深く、そして気品のある、真紅のドレス。
燃えるような赤は、決意の色。
そして、これから流されるであろう血の色を、私に予感させた。

「アンナ。このドレスの準備をお願い。それから、宝石も一番良いものを」

「……かしこまりました、お嬢様」

私の覚悟を察したのか、アンナは黙って頷いた。

招待状を、ドレッサーの上に置く。
鏡に映る私は、いつになく高揚した表情をしていた。
唇の端が、自然と吊り上がる。

(さあ、始めましょう)

婚約破棄されるまで黙っていればいいのね?
ええ、そうよ。
でも、その『沈黙』は、もうすぐ終わる。

私の言葉が、雷鳴となって王城に轟く、その時まで。
あと、七日。

私は静かに、運命の夜へのカウントダウンを開始した。
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